五、影




――― ここよりうち因習村インシュウムラ

――― この内側が因習村インシュウムラ


 あの唱えごとがそっくりそのまま、耳にわんわん響いてる。




 ウソだ。

 インシュウムラだなんて、まじないのための作りもの。

 コックリさんの鳥居とか、そんな感じの架空カクウのもん。

“ムラ”だなんて名前だけの、なんにもない地面にひいたただの丸い輪だったはずなんだ。


 でも、たしかにいま目の前にあるながめは、どこか少しおかしくても確かに“村”そのもので。

 その“村”のなかに、俺はいるんだ。




――― 因習インシュウすべて、境のうちにわだかまる

――― 因習インシュウすべて、この内側にくい


――― 悪シキはすべて、因習村インシュウムラのうちにのみ

――― 古キはすべて、因習村インシュウムラのうちにのみ


 頭の奥から耳のなかへとわきでるみたいに、唱えごとがどんどん響く。


 インシュウムラはサカイのかなた、インシュウムラは境のうち。


 だったら。

 いま、その“境”のなかにいるってことは。




 影絵みたいな家のならぶ向こうには、もっとうすぼんやりとした、でも、ほかの家の何倍もある、でっかいでっかい家があった。




――― ここが因習村インシュウムラヤシロ


――― 因習村インシュウムラおく座敷ザシキ

――― 因習村インシュウムラおく囚獄ヒトヤ


 だったら。

 あのでっかい家のなかには。




……… がらがらがら。


 でかい扉がひらくような、何かがくずれ落ちるみたいな。

 そんな音が遠くからひびいてきて。


 どろどろどろどろ。去年の一学期のおわり、大雨のあと学校のうらのドブにあふれた汚ったねえ水みたいに、なにかがこっちへ押し寄せてくる。

 あのときは、『スメル君』ってアダ名ついてたクラスの須原をダイブさせて、これで臭くなくなるだろ、って笑ってたけど、よく見てみるとあのときドブでもがいてた須原みたいに、手やら足やらジタバタしてるみたいだった。


 それがハッキリ見えたとき、ぞーっと背中が寒くなった。




 みんなだ。

 みんなが手足をジタバタさせて、捕まってた。


 虫だとか、ウサギとか、学校でイジってやったやつらみたいに。逃げようとして必死に手足をうごかして、でも逃げられない。離されない。


 それにもし、逃げられたってムダなんだ。

 みんながジタバタさせてる手足は、ひん曲がったり、折れてブラブラゆれてたり。

 あんなんじゃ、逃げても走ることもできずにすぐ捕まって元どおり。

 首が曲がったりブラブラしてるやつ見たときは、俺の足まで力がぬけて。




 そうして、みんなを捕まえているやつらの姿が目にはいって、そのまま地面にへたりこんだ。

 腰ってほんとに抜けるんだな、って、バカなことを考えながら。


 捕まえてるやつらはみんな人間だ。

 でも、それは体だけ。葬式のときジジイが着てた、白い死人の着物を着こんだ首から下だけ。


 首から上は、カナブンだった。カタツムリだった。金魚だった。

 スズメの頭をしたやつもいて、片足がブラブラしてて、あぁ、あいつの足も折れてるんだって ―― それなのに、平気なかんじで歩いてくる。

 イヌの頭したやつもいた。

 あぁ、マジでやったんだ。イヌを使ったセンパイって。


 そうだった、みんなを捕まえ、手足を折ったり首折ったり、そうしてこっちへ向かってくる死人の着物のやつらはみんな“ワカミヤ様”だってわかった。

 これまでの“ワカミヤ送り”で使われた“ワカミヤ様”が、なんでか大人の男になって、俺のほうへと向かってくる。




 逃げなきゃ。

 動かない足をひきずって、腕だけでなんとか這いずろうとしたとき、どすん、って音がして、バスケのボールくらいの黒くて丸いもんが、目のまえに落ちてきた。


 頭、だった。

 人間の頭、それが目のまえに落っこちてきて、ごろり転がる。

 白目むいて、涙みたいに血ぃながして、がぱって開いた口のなかはふくれた舌でパンパンのそいつの顔は、だけど確かに見覚えがあった。

 あぁ、そうだ。最初に俺らに“ワカミヤ送り”を教えてくれた、仲間の一人のアニキだった。


 何なんだよ。

 何でこんなことになるんだよ。


 気がつくと涙がでてた。鼻水もでてた。ヨダレまで。

 顔だけじゃなくて、チンコとケツもなんかグチャグチャぬれてるぽかった。

 何人か、学校でオモラシさせてやったけど、自分でやるのは幼稚園のとき以来だな。

 何でかそんな余計なこと考えはじめた頭を自分でぶん殴って、アニキの首をよけながら逃げようとしたそのときに。




 ぐい、って今度は、俺の首がひねられた。

 痛い。痛い……そんなことを考えるヒマは一瞬でふっとんだ。

 左手で俺のエリつかんで、右手で髪をひっつかんで、首をひねっているそいつは、やっぱり死人の着物きて。


 首から上は、土ガエルの顔だった。

 気のせいかな。さっき見たばっかりの、ビンに入った、土にうまった、あのカエルの顔にそっくりだった。


 ウソだろ。

 お前、ビンに入ってたじゃん。

 土にうめてやったじゃん。

 ヤシロだか、牢屋だかにちゃんと入れてやったんじゃん。

 そんでもう、そんなことも俺らと関係ないんじゃん。ないはずじゃん。

 何でだよ。

 俺たち、なんか悪いことでもしたってのかよ。




 そんなことを叫んだ気がした、そうしたら。

 また、目の前が真っ暗になって。

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