二、ワカミヤ様




 だべりモードに入りかけてた連中も、また、だまって。

 輪っかや四角を地面に描いたり穴を掘ったときなんかとは比べ物になんないくれぇ、やばいもん見る目になって、じっと、カエルの入ったビンを見つめた。


「し、死んでんじゃね」

 ふるえる声で、誰かが聞いた。


「死んでねえよ。昨日つかまえてきたばっかだし」

 あんまり自信なさそうな声が返された。




 水のなかに浮かんでいるようなカエルは、手足をだらん、とさせていて。

 なんだか小さなヒトが閉じこめられているみたいな、そんな気分になってくる。


 カエルの王子様。


 そんな言葉がいやにはっきり、頭の中に浮かんできた。

“ワカミヤ様”って名前のせいかもしれねえな。


 頭をぶんぶん振りかぶって、ヤな考えを追っぱらう。

 ビンのなかに、小さな小さな、若いおとなの男が入ってるような、そんな想像ソーゾーしちまいそうで。


「カエルかぁ。大丈夫なん?」

「いいんじゃねえの。カナブンやカタツムリでやったセンパイもいるらしいし」

「イヌでやった人もいたって聞いたけど」

「さすがにウソだろ。どんだけでっけぇ穴ほるんだよ」

「足のおれたスズメつかまえてそれ使ったっていう話はマジらしいな」


 第二回のだべりモードは、話の中身のえぐい割には、最初のやつに比べたらどこか勢いがなかった。

 しゃべりながらも、みんなチラチラ、ビンのほうに目をむけてる。




 そのビンを持ったやつが、また、恐る恐るって感じで、輪のなかに足をそっと入れて。

 穴のなかにビンを投げこもうとして。

 思い出したように両手でもちなおして、そっと穴の底に置いて。

 逃げるように輪の外へと飛び出してきて、手をごしごしと、近くのクヌギのザラザラした幹になすりつける。

 なすりつけながら、さっき穴をほった奴をにらみつけた。


 にらまれた方は、俺かよ、といわんばかりに目をきょろきょろさせたけど、にらんでるのが全員だってのに気づいて。

 見るからにしぶしぶって、スコップひろうと、前よりびくびくしながら輪のなかに入って。

 穴に土をかき入れて、ぎゅっと目をつぶり、スコップでもう、なぐるみたいに上からバンバン叩きつぶす。


 土はすぐにぺたんこになって、穴は跡もわからなくなった。ビンは輪のまんなかに、ちょっとつぶれた“ヤシロ”の四角のなかに消えた。


 ――― 中にカエルをとじこめたまま。




 また誰からともなく、となえはじめる。


「インシュウムラの奥ザシキ。

 インシュウムラの奥ヒトヤ。

 ワカミヤ様をオムカエし」


 穴、埋めたやつが、はじき出されたみたいに輪からとび出して、今度はスコップをやぶの中へと放り捨てて、カバンから消毒スプレーをだすと、手にふりかけ腕にまぶし、頭から背中から全身にシューシューやってた。


 誰もいなくなった輪のなかの地面は。

 ちょっとつぶれた四角が描かれているだけの、何もない場所のハズなのに。

“なにか”がそこにあるみたいな、そこが“なにか”になったみたいな。

 言葉にもうまくできなくても、その輪のなかはもう“なにか”で。

 そのに口をふさがれたみたいに、全員、黙りこくってた。


よりうちがインシュウムラ!」


 でかい声でいったのは誰だったか。

 とにかくその声にケツを叩かれたみたいに、みんなあわてて自分のカバンやランドセルをひろいあげて、元きた道があった方へと走り出した。




 全員が、空き地の出口にかたまったカタチになると、また誰かが、あたふたと石をひろって、とこっちを区切るみたいに、シャッ、と線を地面にひいた。


 不思議なもんで。

 線がひかれたその途端に、みんなあの得体の知れない“なにか”から守られた気になったみたいで。


 あの輪とその内側に、まるで動物園でオリのむこうの動物でも見るみたいな目をなげていた。


 その線をひいたやつが、石をもった右手をおおきく振りかぶって、そのまま石を輪のなかへと投げこんだ。

 いや、ちがう。

 輪のなかの地面にむかってぶつけたんだ。

 それを合図に、みんないっせいに石をひろって、おんなじように輪のなかの地面にむかってぶつけてゆく。

 石がないなら枝をひろって、枝もないならそこらの葉っぱをちぎり取って。なにかをこめてぶつけるように、輪のなかの地面につぎつぎ傷がついてゆく。




「“ワカミヤ様”を捕らえ籠めた、インシュウムラはサカイのかなた」

「“ワカミヤ様”をしばり封じたインシュウムラは境のうち」


「インシュウすべてインシュウムラのうちにあり!」

シキはすべて、インシュウムラのうちにのみ!」

フルキはすべて、インシュウムラのうちにのみ!」




 わぁっ、と声をあげたのは誰か。

 学校でイジり倒したやつを、いっせいに捨ててみんなで駆けだすのとおんなじノリで。

 雑木林のほそい道を、わぁわぁ叫んで走ってく。


 後ろには、地面にひかれた線がある。

 その向こうには、まるく区切られたインシュウムラが。

 そしてその真んなかには、ビンに閉じ込められたまま、“ワカミヤ様”が土のなかに埋められて。


 でもこうやってハイになって、いつの間にか笑いながら走っている誰一人、もうそんなコトは気になんかしてそうにない。




 ――― ふいにいきなり、頭のなかに映像みたいなモノが浮かんだ。

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