インシュウムラ
武江成緒
一、インシュウムラ
その場所には、学校の裏手にひろがる雑木林をつかうことにした。
ガサガサしたクヌギやコナラに囲まれて、カラスウリやツタが伸びほうだいに伸びて、いやにツヤツヤ緑にひかるアオキやら気味のわりぃ手みたいなヤツデのやぶをかき分けて進むと。
アスファルトの道路をはなれてまだ三十分も歩いてないのに、人里はなれた昔ばなしの山のなかまで来たような気分になって、みんな自然と口が重くなる。
「ここでいいだろ」
やっとそう言ったのは一体、誰だったか。
ぽっかりと空いたその空間は、雑草もあまり生えてなくて、落ち葉もほとんど見当たらなくて。
緑の草木のただ中に、土がむき出しになってるそこは、すっげぇブキミで、みんなまた、だまりこんだ。
だまりながら、ランドセルやかばんを空き地のすみに置いて。
それからみんなで手をつなぎ合って輪をつくる。
小せぇ部屋くらいありそうな輪ができる。
輪ができたら、手をつないだまま、ぐるぐる回る。
回りながら、足をどんとふみしめたり、クツの先で土をほって、地面の上に輪を
「ここがインシュウムラの
「これがインシュウムラの境」
「ここより
「この内側がインシュウムラ」
「インシュウすべて、境のうちにわだかまる」
「インシュウすべて、この内側に
そんなことを
誰がともなく、唱えるのをやめ、足をとめる。
「インシュウ、って一体なんだ」
右手をつないでいた奴が、小声でそう聞いてくる。
「だから、ほら、その、悪いことだよ」
「悪いことがインシュウなんか」
「あと、なんていうか、古いことだったはず」
「悪くて古いことなのか」
「そうそう大体そんな感じ」
うろ覚えのこと説明してると、誰かが一本、枝をひろって持ってきた。
――― よく都合よく落ちてたなぁ。
そう思うくらい、いやに長くてまっすぐで、丈夫そうな枝だった。
ヤリか、刀か、魔法の杖みたいにも見えて、ぞくっとする。白くとんがったその先から目が離せなくなっていた。
枝をひろってきたそいつは、地面にきざまれた輪の、真んなかっつうか、
中心を囲むみてぇに、枝の先で四角を描いた。
ランドセルがすっぽり入るくらいのその
――― ごくり。
誰かがつばを飲みこむ音が、はっきり聞こえる。
「ここがインシュウムラのヤシロ」
四角を描いたやつが大声でそう言うと、描くのにつかった枝をべきばきとへし折って。
なんか、汚いもんみてぇに、やぶに向かって投げ捨てた。
別のやつが、空き地のすみに置いてあったカバンのなかから小さなスコップをとり出す。
他のだれかに手渡そうとしてきたけど、だれも受け取ろうとしねぇ。
仕方なさそうに、自分でスコップを持ったまま、輪に入って、四角へと近づいてく。
恐るおそる、って感じで、地面に書かれた
四角の線のギリギリに、けっこう深い穴が掘れた。
「インシュウムラの奥ザシキ。
インシュウムラの奥ヒトヤ。
ワカミヤ様のマシマスところ」
そう大声で唱えると、さっきの奴が木の枝をそうしたように、スコップをやぶの中へ捨てようとして。
さすがにスコップを捨てるのはもったいねぇって思ったのか、しばらく迷って、カバンの横にそっと置いて、そそくさと戻って来た。
「ヒトヤ、ってなんだよ」
「牢屋のことだよ。むかしの言葉で」
さっき“インシュウ”のことを聞いてきたやつが、別のやつとそんなことを話してる。
「じゃあ“ワカミヤ様”って
「いや、神様みたいなもんらしいぜ」
「神様を、牢屋に入れていいのかよ。バチ当たらねえ?」
「いや、そういうんじゃなくてさ。イケニエみたいなもんだって、兄ちゃんはそう言ってた」
「イケニエって、神様が食うもんじゃねえの」
「なんかイケニエになった人が神様になるんだとか、そういうのもあるって聞いたぜ」
一人、二人と、話にはいって、けっこうな人数でワイワイ話しているところに。
また別のやつがカバンから、こんどはビンを出してきた。
小さいけど、ジャムが入ってそうな太くて口のひろいビンだ。てゆうかビンのフタはスーパーやコンビニでよく見るジャムのビンのフタだった。
もちろん中身はジャムじゃない。
ちょっとラベルの残りカスが貼りついたままのガラスのビンには、三分の一くらいに水がたまって。
小さな茶色い土ガエルが、一匹、なかに入ってる。
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