後編

 たった一泊のために着替えを用意するのは余計な荷物になる。

 お互い着衣を汚すと面倒だが、だからといって二人そろって下半身だけ脱ぐというのも間抜けな光景だ。

 なので、結局二人して全部脱ぐ羽目になってしまった。完全に目的だけを重視している。


「ダグラスっつったっけ、あいつとは最近どうなんだ?」


 アキラが服を脱ぎながら、以前剣を習った近衛師団の男の名前を挙げた。フェレナードは昔から精神の安定を情事に頼ることがあり、その面倒をダグラスが見ていると、以前フェレナード自身から聞いたことがあるからだ。護衛であるインティスとは去年顔を合わせたが、さすがにそいつに夜を任せるのは頼りなさすぎると思っていた。


「全然……忙しくてそれどころじゃない」


 どうせ後で着直すんだからと、その辺に脱ぎ散らかしたままフェレナードがベッドに入る。綺麗な顔して粗雑なところは相変わらずだ。


「マジで?」


 アキラは普通に驚いた。快楽に流されやすい彼としてはあり得ないくらいの禁欲生活ではないだろうか。


「カーリアンがずっといなくて……連絡が取れないことの方が多いから、呪いの調査でわからないことがあっても聞けないんだ」

「なるほどな、全部自力でやってるから忙しいってわけか」


 さすがに灯りを最大限につけっぱなしでは雰囲気が出ないので、照明は枕元のみにとどめ、アキラもベッドに上がる。

 ランプの薄い光に浮かぶフェレナードの体は、骨と皮までとはいかないまでも、最後に会った一年前に比べてはっきりとわかるほど痩せていた。ダグラスから護身用に体術を習っていたと言うが、この体格では相手になぎ倒されるのがオチだ。

 ちゃんと食ってるのか、と言おうと思ったが、それができないからこうなっているという現実に気付き、アキラは口をつぐんだ。


「……いいや、生活指導は終わってからだな」

「何が?」

「こっちの話」


 その言葉を最後に、アキラはフェレナードの唇を塞いだ。



    ◇



「お前のそういうとこ……相変わらずだな」


 彼が乱暴にされればされるだけ感度が増す体質、というのは、アキラも体を重ねるうちに何となく理解するようになっていた。まあ世の中色んなやつがいる。綺麗な顔してMというなら、それはそれで虐め甲斐があるというものだ。

 ひとしきりやり切った時には、薄暗い部屋に乾いた呼吸ばかりが残るだけだった。


「……腰が痛い……」


 起き上がる気力はなく、顔に乱雑にかかる髪を大雑把にかき上げてフェレナードが呟いた。


「うるせぇよ。俺まだ一回しか出してないのに」


 アキラが不満そうに口を尖らせるのを見て、フェレナードが懐かしそうに眼を細めるた。アキラが南に移る前までは頻繁に交わされた会話だ。

 そうして、フェレナードが大きく息を吐く。

 それはまるで、抱えているものを一緒にどこかにやってしまいたそうな溜息だった。仕事の虫すぎるんだよ。


「……元に戻ったか?」

「何の話」

「は、お前マジで言ってんの」


 自覚のないやつが一番面倒だ。


「ていうか、お前ちゃんとメシ食ってないだろ。前会った時より劇的に痩せてんじゃん」

「……そんなに?」


 驚いたようにフェレナードがアキラを見上げた。久し振りに見ると明らかに全体的にほっそりしているのに、本人はそんなつもりはないのかもしれない。


「今日はここに泊めてやっから、明日帰ったら朝メシからちゃんと食え、わかったな」

「でも……」


 出たよお決まりの言い訳、と思いながら、アキラは彼の言葉を遮る。


「呪いの話か? 時間がないって? 焦るのはわかるけど、体壊して使い物にならなくなる方がまずいんじゃねぇの」

「…………」


 フェレナードは黙ったが、その表情には不満しかない。体調を崩せば当然調査にも差し障りがあるだろうに、彼は時間ばかり気にしてこちらの言いたいことを理解していないようにも見えた。これは今いくら言っても徒労に終わるだけだ。

 説得を諦めた時、彼の護衛の顔が頭に浮かんだ。あいつが終始世界の終わりみたいな顔をしているのも、こいつのメンタルが影響しているはずだ。


「あとな、インティスも心配してる」

「え……?」

「そこも気付いてねぇのかよ、視野狭すぎだろ。護衛ったってまだ子供なんだから、お前が面倒見てやんなきゃだめだろ」

「…………」

「あいつに余計な心配させんな。わかったか」

「……わかった」


 フェレナードが頷くと、薄い皮膚の汚れた部分に銀の髪がこぼれ、ついついその様子に目が行ってしまう。

 綺麗なものが汚れる様は、この状況下においては終わりのない甘美な誘惑でしかない。彼が自分の言うことを理解したかも、ついついどうでもよくなってしまう。

 手をついて顔を近づけ、薄い上唇を吸い上げた。


「……っ、アキラ!」

「一泊すんならいいだろ?」

「〜〜……」


 その後も、アキラが先をねだるようにちょっかいをかけてくるので、フェレナードは諦めて彼の首に腕を回すしかなくなってしまった。



    ◇



 翌朝、念のため薬屋までフェレナードを送り届けると、インティスもちょうど迎えに来たところだった。


「よぉ、一晩借りちまって悪いな」

「ううん」

「んじゃ、俺は残りの用事片付けて帰るわ。達者でやれよ」


 ばしっとフェレナードの背中を叩くと睨まれたが、その表情でようやくこれまでの時間に追われて死にそうな感じがなくなったような気がした。これでしばらくは大丈夫だろう。

 残りの半分の買い物を片付けるために、アキラは手をひらっと振って露店通りへ向かった。

 後ろ姿が人混みに紛れ、見えなくなっていく。


「……全く」


 久し振りすぎた情事のせいで痛む下半身。それを悟られないように、フェレナードが呟く。


「……大丈夫?」


 インティスが心配そうに尋ねた。

 目が合うと確かに、その新緑の瞳がこちらを気遣っているように見えた。


「……大丈夫だよ、ありがとう」


 その言葉で、インティスの表情が見ていてわかるほど和らいだ。

 フェレナードが目を細める。

 確かに、護衛とは言えまだ十七歳だ。自分が彼の歳の頃には既に快楽に縋って生きていたが、彼にとってはそれはまだ知らない世界。

 アキラによって取り戻されたばかりの彼を思いやる気持ちと、王子の呪いの調査の重みを秤にかけ、何とか水平に保ちながら、フェレナードは護衛を伴い、帰路につくのだった。

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南からやってきた俺 リエ馨 @BNdarkestdays

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