第18話 ガチ恋距離

「お疲れ様でした、ご主人様」


 シスターとリオネッタを見送った後、俺とラミィは俺の部屋でゆっくり休んでいた。


「今回のMVPはラミィだよ。超助かった。ありがとう」

「いえ、私は何も…………」

「お礼は素直に受け取っておきなさい」

「…………はい。ありがとうございます」


 恥ずかしそうにお礼を受け取るラミィを見て、俺は椅子に全身を預けた。


「流石に急ぎすぎた気もするが…………まぁ、無事終わったしいいか」

「かなりスピーディーに動かれていましたね」

「まぁな。俺がリオネッタの家に行ったことはいずれ噂として広まるだろうし。そうなったら、何かしら対策を取られる可能性があるからな。なる早で決着つけたかった。…………流石に早すぎたけど」


 席につかせるまで何の話か悟らせないことに成功したから、こんなすんなりと丸めこめたんだよな。


「親父たちは…………流石にまだ帰ってこないか」

「どこへ行かれたのかご存知なのですか?」

「リオネッタたちの孤児院に行かせた。家の増築と、家具のDIYを頼んだんだよ」

「増築…………? 半日でですか?」

「剣聖だから」

「いくら当主様でも…………半日では」

「剣聖だからできます」

「な、なるほど……」


 俺の有無を言わさない圧に押された様子でコクコク頷くラミィ。


「ご主人様。一つお聞きしたいことがございます」

「何?」

「その…………孤児院を経営する際のタロット様のメリットを上に伝えない、と言ったのはなぜですか? 言った方がいいかと思ったのですが」


 そう聞いてくるラミィに、俺はなるほどと軽く頷いた。


「別に大したことじゃない。国の管轄下に置かれるとなったら、まず始めに実態を調査するだろ? 今は絶賛魔改造中だが、その前の様子は母上に頼んで記録してもらってるからな。俺らと同じだけの情報材料があれば、国も気づくだろ。俺が言わなくてもな」

「確かに…………」


 納得したように唸るラミィから目を外し、俺は水魔法でサッカーボールほどの大きさの水球を作った。その中に、氷魔法で作った氷塊を入れ、魔力で押し込んで水の中に沈める。


 ベッド脇にあるりんごを一つ手に取り、氷の入った水球にそれを放り込む。


 しばらくしてからりんごを取り出し、タオルで拭きながら水球を外に投げる。


 庭あたりで魔力を抜くと、力を失ったようにパシャッと地面に落ちた。


 シャリシャリと冷え冷えのりんごを食べていると、いつからかラミィがすぅすぅと可愛らしい寝息を立てながら立ったまま寝ていた。


 無理もない。


 昨日は俺がお願いしたせいで徹夜してもらったからな。


 今度纏まった休暇を出さなきゃ。


 フラフラ揺れていたラミィだったが、フラッと大きく揺れたかと思えば、その身体は地面に向かって倒れそうになっていた。


「ふーが(セーフ)」


 りんごを咥えながらラミィをキャッチし、そのまま両手で持ち上げる。


 かっる!?


 え、ちゃんと食べてんの!? 軽すぎない!?


「ふがふがふがが(取り敢えずベッドで寝かすか)」


 アカン、喋ってたら涎垂れてきそう。


 慌ててラミィを俺のベッドに寝かせ、咥えていたりんごを食べきる。


 布団をかけてから椅子に座り直し、穏やかに眠るラミィの横顔をぼーっと眺める。…………見れば見るほど可愛いんだよな、ラミィって。


 なんでこんな可愛い子が若干s気味になっちゃうんだろう。興奮するけど。


 寝返りを打ったラミィの顔に、 髪が垂れていたのでそっとそれを払う。


「ご主人……様…………おまんじゅう」

「そうだなーご主人様はおまんじゅうだぞー」

「えへへ……」


 夢を見ているのか分からないが、幸せそうなのでヨシとするか。幸せ確認ヨシ!


 そんなことを考えていたら、俺はとある事実に気づいてしまった。


 可愛い女の子が自分のベッドで寝ているということに!


 はやく寝かせてあげなきゃ、という思いが強かったせいか、気づくのが遅れてしまったが、これはかなりの一大事なのではなかろうか。


 俺は意味もなく立ち上がると、熊のように自室をウロウロし始める。


 何か…………何かこの機会にできることはないか!?


 写真を撮る?


 無理だ。写真なんてものはまだこの世に存在しない。ちくしょう何が魔法だ科学の進歩こそ大事だろうが!


 頬をぷにぷに触ってみる?


 いや、よくない。それをやったら起きちゃうかもしれない。寝不足なのに睡眠の邪魔をするのは可哀想だ。


 何か…………何かないか!?


 必死に頭を働かせるも、前世でも大して頭のよくなかった俺が考えたところで、名案が浮かぶわけもなかった。


 仕方ないので、寝顔を脳内メモリに保存することにする。


 スゥスゥ寝るラミィをじーっと見つめる俺。


 そ、添い寝とかしたい人生でした…………!


 いるかも分からない女性読者の皆さん!


 意中の相手には添い寝をしてあげてください!


 堕とせます!


 …………ってそんなことじゃなくて。


 1人でブンブン首を振って、机の上にある本を取りに行く。


 特にすることも無くなった俺は、ぐっすりと眠るラミィの横で本を読み始めた。



 目を覚ますと、外は真っ暗闇でした。


 どれくらい寝ていたのでしょうか。


 起き上がって布団から抜け出そうと…………ん? 布団?


 何かが引っ掛かり、もう一度ベッドを見下ろすと、普段私が使っているのとは全く違う、フカフカのベッドがありました。


 これは…………ご主人様のベッド!?


 なんという失態! もしや、睡魔に耐えきれずに眠ってしまった私をご主人様が寝かせてくださったのでしょうか?


 ともかく、早くここを抜け出してベッドを整えないと!


 べッドから降りようとすると、ベッドのすぐそばでご主人様が椅子に座ったまま、俯いて眠られていました。床には本が落ちています。


 ご主人様のベッドを占領したばかりでなく、ご主人様を椅子で寝かせてしまうなんて…………侍従失格です。


 慌ててべッドを離れて最速でベッドメイキングを整えます。


 ぐっすりと眠っておられるご主人様を全身を使って抱き抱えます。


 華奢に見えるご主人様ですが、洋服の下にはしっかりと筋肉がついておられるのでかなり重いです。


 ご主人様のガッシリとした身体に触れている事実に鼓動が少し早くなり、顔が紅くなっていくのが自分で分かりますが、必死に別のことを考え、なんとかご主人様をベッドに寝かせます。


 布団を肩までかけて差しあげようと、ゆっくり布団を引っ張っていると、何かに躓いて、ご主人様に倒れ込みそうになってしまいました。


 ギリギリで止まれたので、ご主人様に触れてはいません。それでも、目と鼻の先にご主人様がいらっしゃいます。頭の奥で誰かが「ガチ恋距離」といていますが、それが誰の声かを考える余裕もないほど私は焦っていました。


 まだ大丈夫です。


 今からでも起き上がれば誰にもバレません。


 自分にそう言い聞かせ、ゆっくり起きあがろうと、ギリギリで床についている足に力を入れたところで…………ご主人様と目があってしまいました。


 理解できないように何度かパチパチと瞬きをするご主人様。


「えーっと…………ラミィ?」

「申し訳ございません! 決して口づけをしようなどとは考えておりませんでした! たまたま躓いてしまった次第でして!」

「あ、あぁ、うん」


 苦笑いをするご主人様に私は顔を見られないよう頭を下げ、必死で謝罪をしました。


 うぅ…………顔が赤くなっていたの、バレていないでしょうか。



【あとがき】


 何故かマッマが1番ヒロインしてた現状を覆すために書きました。


 ご存知の方がいらっしゃるかどうかは分かりませんが、僕は普段ラブコメを書く人間なので、時たまラブコメ回があります。隙あらばラブコメ。というか今こうしてファンタジーを書いてるのが割と奇跡です。


 ファンタジーは初めてなので、何もかも新鮮ですが、かなり難しいです。これからも頑張ります。


 今日のおすすめはこちら、back numberさんで『高嶺の花子さん』です。


 好きな相手に彼氏がいた、という悲報を聞いた時から2ヶ月くらい、backnumberさんの失恋ソングばかり聞いていました。


 最後になりますが…………添い寝をしたい人生でした。

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