第17話 お詫び

「つっかれた…………もうやだ…………りんご食べて寝たい」


 タロットの馬車が屋敷を離れたのを見届けると、俺はそれまで張り詰めさせていた緊張の糸を解き、ソファの上でグデッと横になる。


「お疲れ様でした、ご主人様」


 そう言いながらどこからともなく取り出した毛布を俺にかけてくれるラミィ。いや、嬉しいけどね。まだお客さんがいるんですわ。


「ありがとう…………ロサリア」

「上手くいってよかったな。これでもう大丈夫だろ」

「うん」


 嬉しそうに笑うリオネッタ。疲労に見合った報酬だな。


 まぁ、今回のMVPは俺ではないんだが。


「シスターも、わざわざ来てもらった上にろくに説明もしないでこんなことしちゃってすまんな。本当は伝えてからアイツと話そうと思ってたのにアイツ来るの早いからなぁ…………」

「い、いえ。私にはまだ何がなんやら」

「簡単に言えば、これからはもっと厚い支援が受けられるさ」

「はい…………ありがとうございます」

「気にすんな」

「はい。あ、あの、アスファルト様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 シスターが顔を伏せながら俺にそう問いかけてくる。


「ん? いいぞ」

「その…………どうしてここまでしてくださったのですか」

「生活が苦しいことに子供は関係ないだろ? 大人の悪巧みで子供が泣くのは可哀想だから」


 俺がそう答えると、シスターはしばらく放心していたが、やがて時間が再び動き出したかのようにコクコク頷き始めた。少しはシスターに信用されただろうか。


「そうだ、シスター。あんた、昨日は夜勤だったんだろ? 部屋貸すから寝てから帰れ」

「いえいえ! そんなお気遣いせずとも結構です!」

「いいやダメだ。クマが酷い。万全の状態で子どもたちの元へ帰った方がアイツらも喜ぶぞ。ラミィ」

「かしこまりました。それではシスター様。こちらへお越しください」

「いえっ! そんな…………私如きが!」


 ラミィに移動させられようとしてバタバタするシスター。埒が明かない気がしてきたので、俺は指をパチンと鳴らす。


「リオネッタ」

「がってん承知の助」

「どこで覚えたそんな言葉…………」


  言葉を交わさずとも意味は伝わったが、少々クセの強い返事をしてくるリオネッタ。


 抵抗する様子を見せるシスターを問答無用で引きずっていく。さすがは戦闘民族。


 先導するラミィと抵抗するシスター、そしてそんなシスターを無力化しつつ引き摺っていくリオネッタを見て、なんだか戯れてるようにしか見えなくなってきた俺だった。



 ロサリアが「外も暗くなってきたんだから乗ってけ。遠慮すんな」と言ってくれたお陰で、私は生まれて初めて馬車に乗った。しかもかなり豪華なやつ。


 よく通る道がいつもとは違う高さで目に映る。


 カラカラと馬車が動いていく中で、私はシスターと2人っきりだった。


 シスターは、ボーッと窓の外の街を眺めている。


 みんなで無理やり寝かせたせいか、ロサリアの家を離れたせいか、さっきよりも随分顔色がいいシスターの横顔。


「私は…………」

「ん?」

「私は…………とんでもないことをしてしまいました」


 そう、街を見ながらシスターがポツリと呟く。


「…………人の家で6時間も寝ちゃったこと?」


 私がそう聞くと、今までの黄昏モードが一転、シスターは手で顔を抑え、バタバタし始めた。


「あれは本当に失態です! あぁ、どうしてあんなに寝てしまったのでしょうか!?」

「日頃の睡眠不足」

「気をつけなければ…………ってそのことじゃなくてですね!」


 シスターは再び窓の外に目を移す。


「私は神に身を捧けている存在です。神からどの人間でも平等に愛せと仰せつかっているにも関わらず、私はアスファルト様のことを噂だけで判断していました」

「噂とはかなりの齟齬があるから…………しゃーない」

「はい…………噂と違って素晴らしい方でしたね」

「えっへん」

「なんでリオネッタが得意気なんですか…………あなた、アスファルト様のこと好きですか?」


 突拍子もないことを聞いてきたシスターに目を含わせる。


「うん。また戦いたい」

「戦闘民族ですか…………そうではなくてですね、アスファルト様と結婚したいとか、そういうことです」


 結婚?


 想像してみる。


 ロサリアと結婚か。


 ……………………いまいち分かんない。あんまり実感湧かないし。


「よく分かんない。…………けど」

「けど?」

「多分…………そうなったらすごく嬉しい」


 そう言うと、シスターはコクコクと鎮いて、急に私の頭を撫で始めた。


 なんで突然。


 シスターの撫で方は優しいから好きだけど。


「学院の入学式はいつでしたっけ?」

「確か…………来週?」

「じゃあ、それまでにメイクの練習を沢山しないとですね。私は仕事柄、ほとんど使わないのでリオネッタにあげます。可愛くできるように練習しましょうね」

「そんなものより今日の夕食のおかず一品ちょうだい」

「台無しですよっ!」


 そんな話をしていると、急に馬車が止まった。


「到着いたしました」


 そう、運転手の人がドアを開けて言ってくれる。


 シスターと2人でお礼を言って、家に入ろうとすると、家の前の空き地には、たくさんの人がいた。


「…………なにこれ」


 シスターと2人でポカーンと口を聞ける。


「あなた! ラストスパートですよ! 終わったら特別にご褒美として、ぎゅーしてあげます! べっ、別に私がしたい訳じゃありませんけど!」

「むっ? ガハハハ! 力が沸いてきた! 任せろ!」


 簡素ながらも、一目で高級品だとわかるドレスに身を包んだ小柄で綺な女の人が、すっごい大柄で筋肉バッキバキの男の人を応援している。多分だけど、あの人めっちゃ強い。私くらいじゃ手も足も出ない気がする。


 応援された男の人はタンス2個をそれぞれの手で持つと、大きく開け放たれた窓からひょいっと家の中に入っていった。


 もう1回言う。


 なにこれ。


 混乱した私とシスターが何もできずに突っ立っていると、家を見ていた綺麗な女の人が私たちに気づいた。


「あらっ? あなたが息子のご友人かしら? 可愛いわ! さすが私のロサリアね!」

「え、息子? もしかして…………ロサリアのお母さん?」


 私がそう言うと、女の人はニッコリ頷いた。


「ロサリアがお世話になっております。母のクルシュ・フォン・アスファルトです。今後とも、うちの息子をよろしくね」


 貴族らしく、優雅に挨拶をしたロサリアのお母さん。


 驚きながらも、私が挨拶を返そうとするよりも早く、シスターが頭を下げた。


「申し訳ございません! ご挨拶が遅れました! リオネッタの方こそお世話になっております!」


 ロサリアを相手にしてる時よりも怯えている様子で挨拶するシスター。


「そんな畏まらなくていいわ。非公式の場ですもの。それよりごめんなさいね、昨日は息子がご迷惑をおかけしたようで」

「いえいえ滅相もございません! むしろおもてなしができず申し訳ありませんでした!」

「もうっ。畏まらないでって言ったのに……」


 やっぱり、シスターじゃ話が進まないから代わりに私がロサリアのお母さんに聞くことにした。


「なんで……ここにいらっしゃるんですか?」

「そうそう! それはね、ロサリアにお願いされたの!」


 ロサリアに?


「『今日、孤児院にお詫びの品を送るから、その搬入を手伝ってほしい』って言われてね? そういうのは自分でやりなさい、って怒るつもりだったんだけど、『引越しデートみたいでいいと思うけどな。多分、誰もしたことないと思うけど』って言われて。前代未聞のデートだからしておかなきゃ、って思ってね? それで今、色々家の中に運んでたのよ〜!」


 チョロい。


「ガハハハ! ママ! 終わったぞ!」

「すごいわっ! さすがあなた! 大好き♡ って違うわ!? べ、別に大好きとかじゃないんだから!」


 どっち?


 抱き合っている2人についていけない私とシスター。


 この体格差なら夫婦じゃなくて仲のいい親子にしか見えない。


 というか、ロサリアの親ならこの男の人はもしかして…………剣聖?


 初めて見た…………。


「そうだっ! こどもたちも手伝ってくれたのよ! さぁっ、入ってみて!」


 ロサリアのお母さんに背中を押され、家の中に入ると、そこは朝までの家とはまるで別物だった。


 玄関に下駄箱があり、見覚えのない子供用の綺麗な靴が並んでいる。


 玄関を上がってすぐのところに、何故か2階に続く階段があり、その奥には見覚えのない部屋がある。


 ここ、平家だったよね?


「あの…………」

「どうかしたのかしら?」

「これ…………階段ですか?」

「そうよっ!」


 ニッコニコで答えるロサリアのお母さん。


「いつ…………増築したんですか?」

「さっきね!」

「半日で…………増築?」

「だってここに剣聖がいるんですもの!」


 剣聖って半日で家を増築できるのか…………すごい。


「ガハハ! 2時間くらいだな!」


 2時間で作ったのか…………剣聖ってすごい。


 すごすぎて声の出ない私と、気を失ったシスターを連れて、ロサリアのお母さんはキッチンへ向かう。


「帰ってきたー!」

「シスターとリオ姉ちゃん帰ってきた一!」

「おそーい!」


 そこには、子供たち全員がメイドさんに見守られがら見慣れない大きな机の上で料理をしていた。


「もうできたー!」

「もうすぐできるー!」

「ポテトサラダー!」

「ただいま、みんな」


 子供たちが我先にと水道に行き、手を洗ってから私に飛びついてきた。


 水道がある…………? 水が出てる…………?


「すごいんだよお姉ちゃん!」

「いっぱいもらった!」

「本とか教科書とかー!」

「お洋服もー!」

「そっ…………か。うん、じゃあ、お礼を言わないとね」

「「「おにいさんおねえさんありがとうございます!」」」


 みんなが、ロサリアの両親にお礼を言っている中、私はどうにかしてロサリアにテレパシーを送ろうとした。


 やり過ぎだ、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る