第16話 経営権

「はるばるお越し頂きありがとうございます、タロット伯爵。ラミイ、お茶を」


 リオネッタたちの向かいにドスっと腰を下ろしたタロット伯爵の前に、ラミィが紅茶を出すと、タロットは一息にそれを飲み干した。


「美味しいですなぁ。さすがアスファルト侯爵、いい茶葉をお使いのようで。それに従者も…………素晴らしいですなぁ」


 紅茶を運んだラミィを舐め回すような目で見るタロットに、一瞬殺意が湧いたが、なんとか抑える。 ラミィは一瞬、ピクリと眉を動かしたが、無表情で後ろに下がった。少し怖かったかもな。


 後でケアをしておこう。


「…………私の従者をそのような目で見ないで頂きたい」

「これは失敬。単なるジョークのつもりでしたが…………不快にさせたのなら謝罪させて頂きます。…………ところでですが、本日はクルシュ様はいらっしゃらないので?」

「母上なら外出しましたが…………どうかしましたか?」

「いえね。いつもお世話になっているのでお礼を言いたかったのですが…………いないのなら残念。ロサリア殿の方からよろしくお伝えください」


 ちっとも残念そうに言わないタロット。政治的発言力の強い母上がいない方が都合がいいのだろう。俺だけならどうとでもなると踏んでいるのか。…………舐めやがって。


 こういうこともあろうかと思い、母上を家に引き留めようとも思ったのだが、今日は親父とのデートの日だ。このクソジジイのためにデートを邪魔する訳にはいかない。


 タロットはソファに深く座り直すと、ちょび髪を撫でながら俺の方を見てきた。


「それで急を要するご用件とは一体何のことですかな? どうやら先客もいるようで…………む? 誰かと思えば、アザリエにリオネッタではないか」


 対面に座るシスターとリオネッタに気がつき、驚いたようにそう言うタロット。


「……い、いつもお世話になっております、タロット伯爵」

「…………お世話になってます」


「礼儀のなってないお前に言われることではないと思うが」

「クッ…………この七光りめ」


 やはりか。 この部屋に入ってきてすぐの時にも俺ではなく母上のことを気にしており、そんでもってこの発言。


 コイツは俺を低く見ているのだろう。


 まぁ、ロサリアの評判を考えれば何一つおかしなことはないし、妥当な判断と言える。…………おかげで油断してくれて大助かりだが。


 正直、このセリフだけでとっとと処刑したくなってきたが、アスファルト家当主ではない俺に処刑する権利はないし、如何に相手が自分より身分の低い貴族であったとしても、処刑することは許されない。平民であれば、その限りではないがな。


「話を本題に戻そうか、タロット伯爵。あなたが管理する孤児院の経済状況が良くないようで、シスターが私に相談を持ちかけてきてな。何か心当たりはあるか?」


 俺が率直に聞くと、タロット伯爵は大きく笑い始めた。


「何を言うかと思えば私は自ら進んで、この孤児院の経営に乗り出したのですぞ? よい扱いこそすれど、悪く扱うなどするはずもないでしょう。大体、孤児院を経営することにメリットなどありません。私はただ、この国の未来を思って、孤児院の運営をしているのです」


 …………よくもまぁペラペラと。


 しかも、本当にそうなんじゃないかと思わせてくるあたりなかなかに口が上手いな。


 まぁ実際、普通に考えれば孤児院の経営なんて損失はあれど利益は滅多にないからな。普通の場合に限るが。


「なるほど。しかしタロット伯爵、不満が出ているのも事実だ」

「そう言われましてもなぁ…………私は適正な金を毎月渡し、住む家を与えていますので。これ以上要求されても困るのです」


 あんなオンボロ屋敷のどこが適正だよ。


「そうか。では、あなた以上の金額をアスファルト家が出すとしたらどうだろうか? 私に、この孤児院を譲る気はないか?」


 俺がそう聞くと、タロットはご自慢のちょび髭を撫でながら笑う。


「それは無理な相談ですなぁ」

「なぜ?」

「先ほどのアスファルト侯爵の言葉をお借りすれば…………あまりいい噂を聞かないからです。貴殿は巷でなんと呼ばれているかご存知で?」


 グイグイ攻めてくるな。コイツ、俺の方が立場が上なのを知ってんのか?


 所詮、名誉侯爵だから、とかでも思ってそうだな。


 母上がいないとは言え、ここまで攻撃的になるのは想像していなかった。


「残虐侯爵…………だろう?」

「ご存知でしたか。私たち貴族はあなたが慈悲深く素晴らしいお方であることを知っているのですが、こういう汚名が広がってしまうのは、多かれ少なかれそういう風に見られてしまう振る舞いをしたからでしょう? となると、私としても可愛いこの子達をあなたに任せるのは不安になってしまうのです」

「ロサリアは…………悪い人じゃない」

「む? ……リオネッタ。この方は侯爵様であらせられるぞ! そのような言葉遣いは不敬ではないか!」


 憤ったようにタロットを睨んでそう言うリオネッタに、タロットは慌てて罵声を浴びせる。


「構わん。リオネッタ、ありがとな」

「むぅ……まぁ、ロサリアがいいならいいけど」


 納得したのかしていないのか分からないような返事をするリオネッタから目を離し、タロットの方を見る。


 言い返しにくい内容で攻めてきたな。


 タロットは勝ちを確信したのか、自慢のちょび髭を撫でているが…………コイツ、勘違いしてんだよなぁ。



こいつは、俺の勝利条件を「アスファルト家が孤児院の経営権を獲得すること」と考えているが、それは的外れだ。


 俺の狙いは、「タロットから経営権を剥奪すること」。


 似たように聞こえるかもしれないが、前者と後者では、全くの別物だ。前者にはない最強の手札が、後者には存在する。


「なるほど、一理あるな」

「お分かりいただけましたか! ……いやぁ、アスファルト侯爵が聡明で助かり……」

「では、一歩引いてみるとしたらどうだろうか?」

「……引いてみる?」


 ホッとした様子から一転、再び頭を働かせ始めたタロットに、俺は最強の手札を出し惜しみせず解き放つ。


「国に任せよう。あなたの孤児院の経営権をアスファルト王国に譲るとしたらどうだろうか?」


 俺が持つ最強の手札、それは国任せだ。これなら、俺個人がどうのこうのという理由で拒否ってきたタロットは何も言えなくなる。


「い、いや、それは……」


 焦り始めたのか、あちこちに目を動かすタロット。


「おや? 何か不都合でも?」

「ひ……一つの孤児院のことを王国に任せるのはいささかやり過ぎでは?」

「その点なら心配いらない。先ほど、母上がいないと申したが、実は今日、母上は王城に行っていてな。 国王にこのことを進言しに行ってくださったのだ。陛下は快く承諾してくださった」


 大嘘である。


 母上は今頃、どっかの孤児院で父上とイチャイチャしてるに決まってる。


 絶対王城なんかに行っていない。


 だが、そんなことをタロットは知る由もない。


「で、ですが」

「私の想像より歯切れの悪い返答だな、タロット伯爵。…………もしや、経営権を手放すことで何かデメリットがあるのでは?」

「ま、まさか! そんなことあるわけないでしょう!」


 慌てて首を横に振るタロット。


「じゃあ、いいな?」

「い、いや……しかし」


 尚も歯切れの悪い返事をし、脂汗をかくタロットに俺は大きくため息を吐く。


 できることなら、こっから先は言わないで終わりたかったんだけどな。


 シスターは薄々気づいていたかもしれないが、リオネッタは悲しむかもしれないから。


「お前が孤児院を経営するメリットは2つだろ?」


 俺がそう言うと、タロットはビクッと震えた。


「1つ。お前の父が財政大臣に抜擢されたのは、彼のセンスのお陰だ。


大臣になる前の彼は露店商だったらしいが、彼の店で売れ残り商品が出たことはないそうじゃないか。完璧な値段設定ができたんだろう。


だが、お前にそのセンスはなかった。だから、孤児院に鮮度が低くなった食材を贈るのだろう? お前の店の商品は、父親のように毎日完売していると見せかけるために」


 これは昨晩、ラミィが調べてくれたことだ。


 タロットの父が物凄い経営手腕を持っていたこと、タロットの店でも異様な完売アピールをしていること。


「そして2つ。成人した孤児たちはお前のところにいるな?」


 侯爵や公爵など、デカい貴族はお抱えの冒険者がいることが多い。


 本来であれば、冒険者ギルドに所属している冒険者に依頼を出すのが普通なのだが、彼らに依頼を出すと、達成報酬の3割が手数料としてギルドに持っていかれる。


 だから、大貴族は冒険者登録をしていない冒険者を雇ってその手数料を浮かすのだ。


 伯爵でしかないタロットには、お抱え冒険者を雇える地位がないが、彼の孤児院で育った者ならその限りではない。


 彼らを半強制的に雇い、冒険者として活動させている。


 冒険者になる素質がないような者は、侍従だったり、メイドとして雇っているんだろう。


 当然、薄給で。


  不当な扱いに彼らがタロットの家を抜け出そうとしても、抜け出した後に雇ってもらえる場所がない。


 だから、不満を持ちながらもタロットのところで働き続ける他ない。


 よく考えたものだ。


「今、国に経営権を渡すことを明言すれば、お前の黒いメリットについては伏せてやる。タロット伯爵、あなたも商人なら分かるだろう? どうするべきか」


 顔からいくつも汗を流し、視線をあちこちに彷徨わせてから、タロットは諦めたように小さく頷いた。



【あとがき】


  ちゃっちゃと入学試験終わらせてラミィと街ブラデートの話を第5話くらいで書こうと思っていたのに、一向にその時がこないまま20話まで行きそうなストレート果汁100%りんごジュースです。ゲーム内の主人公すら出てきてないって何事?


 ちなみにですが、孤児院経営はタロットが当主になってから始めたことです。


 家がオンボロなのも取り壊し前の家を格安で譲り受けたからですね。


 そして、ロサリアが言っていた「伯爵はお抱え冒険者を雇えない」ということですが、雇う権利がないのではなく、雇おうと募集しても冒険者が嫌がるので基本誰も来ないという意味です。


 伯爵と侯爵じゃ、給金が全然違うので。


 今日のおすすめソングは2日連続でラップですが……こちら、舐達麻さんで「100MILLIONS」です。囁くような感じで歌う舐達麻さんの曲大好きです。


 あとがきのおまけになりますが、今話には僕の大好きなゲーム…………っていうかRPGはこれしかやっていないんですが、「原神」というゲームの中で僕が1番好きなセリフがたまたま登場しちゃったのでこのゲームをやっている人はぜひ探してみてください。


 書いてる途中に「どっかで見たことあんな」ってなって気づいた時に発狂しました。


「召使」美しスンギ&フリーナ&胡桃可愛スンギ


 めっちゃ長くてごめんなさい。


 最後になりますが、星やフォローで応援してくれると嬉しいです! 誤字も(絶対)めちゃめちゃあるので報告していただけると助かります。


 これからもよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る