第9話 ジャガイモ
「リオお姉ちゃんが…………彼氏作ってる!?」
小学校低学年くらいの女の子が俺に倒れ込むリオネッタと、それを抱き抱える俺を見ながらそう叫ぶ。
「ミキ、違うよ」
リオネッタが俺の腕の中から起き上がって、何故か一番顔を紅くしている少女にそう言う。
「え〜? でも、ぎゅーってしてたじゃん!」
「ミキが……押したからでしょ?」
「うっ! …………そうかもしれない」
慌てて走ってきて、ぶつかった自覚があるのだろう、バツが悪そうにそっぽを向く、ミキと呼ばれた少女。
「早く帰ろうよ! 今日はデザートがあるんでしょ?」
「そうだね。よかったらあなたたちも……あ、いや、ごめんなさい。何でも……ない」
何かを言いかけて、それから思い出したように口をつぐんだリオネッタ。夕飯に誘おうと思ったけど、俺たちの身分を思い出した、ってところか。
リオネッタがどういう生活をしているのか気にならないって訳ではないが、間違いなく気を遣わせる羽目になるよなぁ。ましてや俺は評判悪いし。
それに、アスファルト家が関わっていないであろう孤児院に行けば、ゆくゆくその貴族との対立の火種になる恐れがあるしな。
「カッコいいお兄ちゃんと綺麗なお姉ちゃん、お客さんなの!? やったー!」
断るつもりで俺が口を開こうとした時、ミキちゃんが両手を上げて喜びながら勘違いをしているのが目に入った。
「ミキ、違うよ」
「え~? やだ!」
リオネッタがやんわりと否定するがミキちゃんはその場で地団駄を踏み、抵抗する。
「この人たちに…………迷惑だから……やめなさい」
「まぁまぁ、いいじゃないか」
駄々を捏ね始めたミキちゃんを叱るように、リオネッタが声音を低くするが、そんなリオネッタの肩をポンポンと叩き、ミキちゃんに笑いかける。
「カッコいいお兄ちゃんは、ミキちゃんのお家に行きたいな」
「ほんと? やった〜!」
「…………はぁ」
後ろではリオネッタがため息をついているが、なんたってカッコいいお兄ちゃんだからな! 小さな女の子の願いを叶えてあげるべきだろう。カッコいいお兄ちゃんだからな!
…………前世では1回も言われたことなかったからすげぇ嬉しい。
「メイドさんは…………いいの?」
今の今まで気配を消していたラミィに問いかけるリオネッタ。
「ご主人様が望むのであれば」
「…………大変な仕事」
ノータイムで返答したラミィを見ながらしみじみとそう呟くリオネッタの横で、駄々を捏ねていたのが嘘のように、ミキちゃんが元気よく手を上げる。
「じゃあミキが2人を案内するね!」
確かな足取りで歩き始めるミキちゃんの跡を追う。
「急に…………ぎゅってされた。…………びっくりした」
「リオネッタ? どうかしたか?」
「…………なんも」
♢
「そういえば、このお兄ちゃんは誰?」
家まで案内してもらっている最中に、ミキちゃんが突然、俺の方を振り返ってそう聞いてきた。
「この人は…………私が今日、試験で戦った人」
少し悩んでからリオネッタがそう答えると、
「え〜、かわいそ〜」
そう、俺を憐れんだ目で見ながらミキちゃんがそう言った。
「リオお姉ちゃんが強いだけだから、気にしなくていーよ」
俺の肩をポンポンと叩きながら言うミキちゃん。
あ、俺が負けたと思われてんのか。まぁ、リオネッタくらいの実力を超える人なんてほとんどいないんだけど。
リオネッタは大きくため息を吐いてからしゃがみ込んで目線を合わせ、ミキちゃんに語りかける。
「ミキ、負けたのは…………お姉ちゃん」
「え? 嘘だ! だってお姉ちゃんは怒ったら誰よりも怖いもん!」
「このお兄ちゃんは…………私より怒ってた」
お前が童貞弄りしてきたからだろうが。
「それならリオお姉ちゃんが負けても仕方ないか!」
「…………怒りで強さが決まる世界?」
子供ならではのよくわからない理論。
そんな話をしながら、商店街を通り抜けて、平民が住んでいるであろう一般住宅街に入った。
簡素な家が立ち並んでおり、俺が今住んでいる家とは全く違う。
予想はしていたが、日本以上に富裕層と貧民層の差が大きいな。
衛生観念とかも貴族とはまるで別物だろう。
なんとかしたいけど、あまりにも情報が少なすぎる。
もう少しこの街に慣れてから考えるか。
「今さらだけど…………本当に大丈夫?」
「問題ない」
心配そうに聞いてくるリオネッタに頷いて答える。
「貴族の人からしたら信じられないくらい…………アレだけど」
「あんま自分らを卑下すんな。住んでるところでソイツの価値を測ったりしないし、潔癖って訳でもないよ」
「そうなんだ…………」
驚いたように目を見開いてそう言うリオネッタ。んな驚くことでもないじゃん。
「あ、リオお姉ちゃんに言わなきゃいけないこと忘れてた…………」
前を歩くミキちゃんが急に立ち止まって、リオネッタを振り返りながらそう言う。
「言わなきゃ…………いけないこと?」
「うん……あのね、またあのおじさんが来て…………」
さっきまでの元気が嘘のように、萎れた様子でそう言うミキちゃん。
「…………また来たの?」
リオネッタもゲンナリした様子でそう返す。そんなに嫌な相手なのか?
「うん……それでいつもみたいに沢山置いてったんだけど…………」
「はぁ。お姉ちゃんが食べるから…………ミキたちは心配しなくていいよ」
「そんな! この前もそれでリオお姉ちゃん寝込んだじゃん!」
「大丈夫だから。ミキは毒のあるものを食べたらダメだよ」
見上げるミキちゃんの頭を優しく撫でながら言うリオネッタだったが、堪えきれずに俺は声を上げてしまう。
「ちょっと待て。毒って言ったか? それは食べて大丈夫なのか? っつーか毒入ってるもの置いてくとかヤバくないか?」
「私は特別身体が強いから。それに、食べ物をくれるだけでありがたい」
「毒入ってたら食べ物にならんだろ……」
その毒の入った食べ物を置いていく人間に軽く怒りを覚えていると、俺の後ろでラミィが一歩前に出てくるのが分かった。
「ご主人様。リオネッタ様が仰っているのはおそらくジャガイモのことかと。毒入りのものがありますが、毒の入っていないものは大変美味であると噂です」
え、ジャガイモのこと?
あ? あ〜、ジャガイモって芽に毒あるしな。
ん? でも、ジャガイモなら芽を取り除けばいいだけなんじゃね?
…………まさか。
俺はとある仮説に辿り着き、ラミィに恐る恐る聞いてみる。
「もしかしてだけどさ…………ジャガイモの毒の取り除き方ってみんな知らないの?」
俺がそう聞くと、ラミィは当たり前のように頷いた。
「それは当然ですよ? どこにあるかが分かれば毒で苦しむ人もいなくなりますし。育てるのも簡単で、繁殖力も充分あるジャガイモの唯一の欠点が毒があることなのです」
やはりか。
この世界の人間は、ジャガイモの毒が芽にあることを知らないんだな。
「ミキちゃん、ジャガイモって沢山あるの?」
「うん……すっごいたくさんあるよ」
「そっか、ありがとう。ラミィ。今から言うものを用意してもらえる?」
「かしこまりました」
俺の行動になんの疑いも持たずに頷くラミィ。
そんな彼女に、俺は幾つかのものを持ってくるように頼んだ。
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