第8話 露店


「勝者、ロサリア・フォン・アスファルト!」


 おぉぉぉっ、と盛り上がる観衆に目もくれず、俺は試験会場を去る。


 これで全部終わりか。割と長かったな。


 リオネッタとの初戦を終えてからこれで3試合目。勝ち残りのトーナメントシステムを採用しているこの入学試験は、勝てば勝つほど拘束時間が長くなる。


 朝早くに来たにも関わらず、今ではもうカラスが鳴き始める時間だ。


 主人公とは俺と別のブロックだったから対戦することはなかったが、シナリオ通りならば全勝しているはずだ。


「全勝、おめでとうございます。ご主人様」

「うおっ!? ……ラミィか。ありがとう。医務室寄ってリオネッタの様子見てから帰りたかったんだけど、どう?」

「かしこまりました」


 この試験に授賞式などあるはずもなく、そのまま解散となったので、いつの間にか音もたてずに背後いたラミィと共に医務室へ向かう。リオネッタの様子を見ておきたいからな。


 医務室のドアを軽くノックし、それからドアを開けると、中では医務の先生がなぜか困ったようにウロウロしていた。


「どうかしたんですか?」

「あっ、君たちね! ……え〜と、 何から話せばいいか分からないんだけど…………私が目を離した隙に……あの子には逃げられちゃって…………」


 そう困り顔で言う先生。


 アイツは野生動物なの?


 まぁでも、回復したならそれでいいか。


「あなたたちには書き置きがあったわ。ちょっと待っててね。…………はい!」

「ありがとうございます」


 小さく折り畳まれた紙を貰い、それを広げてみると予想外にも綺麗な字で「楽しかった。また戦ろ」と書かれていた。戦闘狂過ぎないか?


「いないなら帰りますね。ありがとうございました」

「その……ごめんなさいね。私の不手際で」

「いえ、多分一瞬で逃げたと思うんで仕方ないです」


 医務室を後にして、ラミィと帰路につく。


 ラミィに「終わったらパフェ食べよう」と言っていたが、正直早く家に帰って休みたい。パフェは明日にしよう。


「…………りんごだけ買って帰っていい?」

「かしこまりました」


 ラミィに美味しいりんごが売っているというマーケットまで案内してもらう。


 街を歩けばギョッとした顔をされたり、ヒソヒソ話をされたりする悪目立ちっぷりにため息を吐きつつ、ラミィの後をついていく。


 ラミィは一切気にしてないんだよなぁ。これも慣れだろうか。慣れたいけど慣れたら慣れたでいけない気がする。


「…………む?」

「ご主人様? どうされました?」


 突然立ち止まった俺を、訝しげに見るラミィ。


「なんか…………妙な胸騒ぎがするんだよなぁ」

「敵襲ですか?」

「いや、そういうのじゃ無さそうなんだけど…………このままのんびりしていたらヤバいような…………ッ!! まさかッ!? ラミィ! 件のフルーツ屋さんまで最短距離で! この感じ、多分…………りんごが売り切れ間近だ!」

「…………かしこまりました」


 貴族の名に恥じないよう、道を走ることはしないが、全力の早歩きを敢行してフルーツ屋さんを目指す。


 いくつか角を曲がり、多くの客が行き交って、活気のあるマーケット通りに到着する。すぐに見えたフルーツ屋さんに駆け込むようにして…………


「「りんご一つ!」」


 そう、屋台のおっちゃんに言ったが、俺と同タイミングで同じことを言った人物がいた。


 横を見ると、フードを被った小柄の少女が、フードの下から俺を覗いていた。


「って、え? リオネッタ?」

「え…………なんで?」


 フードから覗く大きな目。


 今日、俺がボコボコにしたはずのリオネッタがそこにいた。


「すまねぇな、りんごはついさっき貴族様から買い付けがあってな。今日、店に残っているのはこの1個だけなんだ。2人で話し合って決めてくれや」


 リオネッタに気を取られていたところに、屋台のおっちゃんが申し訳なさそうにそう言ってくる。


 やはり俺のりんごレーダーは間違っていなかったか。ってかどこの貴族だよりんご買い占めてったのは。潰すぞ。


「店主、りんごはこの子にあげてくれ」

「お、紳士だな、兄ちゃん。お詫びとして兄ちゃんにはこのオレンジをやるぜ」

「ありがたく頂こう」

「む……子供扱い…………でもありがとう。おじさん。はい、お代」


 一瞬むっ、と俺を睨んできたリオネッタだったが、おっちゃんにお代を手渡し、りんごを受け取ると、ほっと一息を吐いた。


「そんなに好きなのか? りんご」

「私はそこまで…………でも、弟たちが好き」

「きっといい弟さんなんだろう。りんご好きに悪い人間はいない」

「結構…………やんちゃ」


 俺たちが露店から離れ、話していると、後ろからトトトッとラミィが走ってきた。


「ご主人様…………おや? リオネッタ様?」

「あ、メイドさんだ。やっほー」


 手を振るリオネッタに、ラミィもぎこちなく手を振り返す。


「それより……なんでこんなところにいるの? あなたみたいな大貴族が自分で買い物するなんて…………想像もしてなかった」


 首をコテッと傾げながらそう言うリオネッタ。


 戦っていた時とはかなり雰囲気が違うな。なんていうか柔らかい感じ。後、言葉が辿々しくなっている。試合中はかなり饒舌だったのにな。


「寝る前にりんごを喰おうと思ってな。そのりんごを買いに来た」

「え、じゃあこれいいよ。私は……そこまで必要だったわけじゃないから」

「いや、弟さんたちにあげてくれ。子供なんだから沢山美味しいものを食べるべきだ」

「じゃあ…………貰う。ありがと」

「気にすんな。ってか、そんなに動いて平気か? 脱走したって聞いたけど」

「弟たちが家で待ってるから。シスターは教会に泊まり込みの日で、大人がいないから……心配」

「シスター?」


 俺がそう聞くと、リオネッタがパンと手を叩いた。


「あ、言ってなかった。私、孤児院に住んでるの」


 あ、そういえばそうだったわ。


 リオネッタって、小さい頃から両親がいなくて、孤児院で暮らしてきたんだよな。


「そうか。それは心配になるな」

「うん、だから起きたらすぐ抜け出し…………わっ?」


 俺と話していたリオネッタに、突然小さい何かがぶつかり、彼女がフラッと倒れそうになる。


 倒れこんでくる彼女を両手で抱き止めると、リオネッタにぶつかった小さい子供が、リオネッタを抱える俺と、俺に全身を預けるリオネッタを見て、両手で口を隠してこう言った。


「リオお姉ちゃんが…………彼氏作ってる!?」


 …………今の子供ってませてるんだな。


【あとがき】


 最近、何の曲をオススメしたのか分かんなくなってきたストレート果汁100%りんごジュースです。


 その内ダブりそうで怖い。


 今日おすすめするのはこちら、YOASOBIさんで『もう少しだけ』。


 YOASOBIさんは、僕の「生涯推していくアーティスト」の中の1つで、どの曲もイントロが流れた瞬間に歌詞が浮かぶレベルで好きなんですが、特にこの曲が好きです。


 日々の生活の中で小さな幸せを見つける喜びが伝わってくるいい曲です。


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