第5話 平民の天才


 リオネッタを見つけたはいいが、特に話しかけることもないんだよなぁ。


 試合を観ようとぴょんぴょんを継続する彼女をぼんやりと眺める。


「…………ご主人様」

「ん?」

「あの方を見ておられるようですが…………一体どういったご関係で?」

「会ったことはないよ。あれが1回戦の相手の人」

「そうなのですか…………あまり凄い方には見えないのですが…………」


 まぁ、今も群衆に押されて尻餅ついてるしな。


 諦めたのか、すごすご下がってくるリオネッタ。


 声をかけようか迷ったが、相手として礼儀は尽くすべきだろうと考え、ベンチから立ち上がり声をかける。


「やぁ、リオネッタ」

「…………ん? …………誰?」


 長い前髪の隙間から覗いてくる2つの大きな目。


「やぁ、初めまして。俺は君の1回戦の相手、ロサリア・フォン・アスファルトだ」

「…………残虐侯爵?」

「泣くぞ」

「…………ごめんなさい。…………打たれ弱いのは…………想定外」


 しゅん、と下を向くリオネッタに俺まで申し訳なくなってくる。


「いやまぁいいけど。…………っつーかそこまで凹まれたら俺まで申し訳なくなってくるじゃん」

「…………じゃあやめる」


 あまりに切り替えの早い態度に思わず吹き出しそうになったが、それを堪えて話を続ける。


「ところでだけど、君は3属性持ちって本当?」


 3属性持ちであることは知っていたが、話題づくりのため、それから反応が結構気になっていたため、そう問いかけると、リオネッタはコクリと頷いた。


「そう…………私は3つの属性を扱える…………


 何の迷いもなくそう答えるリオネッタに、顔に少し、ピキッと青筋が浮かびそうになったが、なんとか笑顔を保ちながらリオネッタと接する。


「それはすごいね。戦う時は是非お手柔らかに頼むよ」

「それは無理。私…………手加減…………無理」

「それなら俺も頑張る必要がありそうだ。…………さて、それじゃあ俺はそろそろ失礼しようかな。じゃあ、また後で」


 コクリと頷くリオネッタを見てから、俺は準備のため、控え室に向かった。



『続いての試験者、ロサリア・フォン・アスファルトとリオネッタは入場せよ!』


 アナウンスが聞こえたので、控え室のベンチから腰を上げ、試験会場に向かう。


 審判を中心として、円形上に切り取られている試験会場の内部には、既にリオネッタがいた。


 彼女の手まで覆ってしまうほどサイズの合ってないローブを羽織り、彼女の半分ほどの大きさがある巨大な木杖を腰にぶら下げている。


 対する俺は、動きやすく、簡素なシャツとズボンに、柄の長い木造の短剣が2本、腰にぶら下がっている。


 試験の待機室には、多くの武器や衣装が取り揃えられており、独自にオーダーすることも可能だ。ちょっとした作業ならすぐに済むが、かなりの改良をするならば事前予約が必要。俺の剣は先ほど削ってもらったもので、おそらくリオネッタのは事前予約していたものだろう。


「魔王の子と3属性持ちの天才が勝負するぞ…………!」

「今日1番の見物だな……」

「残虐侯爵はどれほどの実力を持っているんだ?」

「平民の子に勝ってほしいわね…………」


 俺の味方ゼロ?


 いやまぁ、今までしてきたことを考えればそれが妥当なんだけど。


 後、魔王の子はやめろよ、そろそろ泣くぞ。


「両者、力の限りを尽くすといい。…………始めッ!」


 審判の合図と共に、一瞬でリオネッタが消え…………


 気がついたときには、俺の目の前で、を放ってくるリオネッタがいた。


 そんな彼女の腕を両手で掴んで、柔道の背負い投げの要領で彼女を投げ飛ばす。


 受け身を取りながら地面と衝突したリオネッタはその勢いを殺さず、バックステップで距離を取る。


「…………驚いた」


 目を軽く見開きながらそう言うリオネッタ。


 そんな彼女に、俺は笑みを浮かべながら彼女を投げ飛ばした方の手をプラプラ振ってみせる。


「おいおい、さっき教えてくれたのと違うじゃねぇか。魔法使いなんじゃねぇのかよ?」

「嘘は…………ついていない。魔法も使うけど…………メインはこっち」


 そう言いながら、杖を持っていない方の手でファイティングポーズを取るリオネッタ。


 ファイティングポーズを取ったせいで袖の長いロープがはらりと肘まで落ち…………


「やっぱりか。受け止めたら手が逝ってたな」


 小さく可愛らしい手には全く似合わないメリケンサックが現れた。


「正直…………意外。あなたがどんなにすごい魔法を持ってても…………この一撃で勝てると思ってた」

「意外なのはこっちだ。魔法の天才が物理で殴ってくるとは誰も思わんだろ、普通」


 そう、リオネッタが自分のことを魔術士と自己紹介をした時に、俺が額に青筋を浮かべそうになった原因はコレだ。


 ゲームでもそうだったんだがコイツ物理型アタッカーなんだよな。


 それを知らずに魔法型で育てて、世間が言うほど火力が出ずに悩んでたのを思い出す。


 なんでこんなウィッチみたいな見た目してて物理なんだよ。


 威力が低くなるように作られたメリケンサックをしているが、許可が出るならガントレットをしていたと思う。


「常識に囚われすぎ。それに…………騙したのはそっち」


 さっきまでの強気の態度とは違って、捨てられた子犬のようにシュンとしょげ始めたリオネッタ。


「え…………は? 騙した?」

「ぐすっ…………さっきはいい人だと思ってたのに…………急に乱暴な言業違いするから…………怖い」


 メリケンサックを嵌めてる手で涙を拭きながらそう言うリオネッタ。


「え、急に…………何言って?」

「うわっ、さすが残虐侯爵だ。 上げてから落とすなんてな…………」

「何も分からない平民の子を…………」

「悪魔だ…………悪魔の所業だ!」

「ごめんな! 全部お兄さんが悪かった! 許してくれ!」


 訳が分からなかったが、ひっく、えっぐ、としゃくりをあげて泣くリオネッタに全力で謝罪をする俺。


「ほ、ほらさっきは初対面だったろ? 緊張させたら可哀想だと思って紳士な同級生を演じてだな…………」

「演技…………やっぱり。…………この学校で初めてのお友達になれると思ってたのは私だけだったんだ…………」

「ごめんなさい! お友達になってください!」


 偉い人に向かってするお辞儀のように、90度の直角に身体を折って謝罪をする俺。


「…………私とお友達になりたい?」

「とてもなりた____ブフォッ!?」


 何か大きな衝撃と、 身体が宙を浮く感覚。


 何が起こっている?


 何故かクルクル回る俺の視界に映ったのは、振り抜いたかのように足を上げているりオネッタの姿。


 …………。


 蹴り飛ばされたのか!?


 遅れてそう理解した俺は、 追撃がないことを確認すると、受け身を取りながら地面に衝突し、ゆっくりと起き上がる。


 …………ふふ…………ハハッ!


 それがお前のやり口か!


「私とお友達になりたい? …………う〜ん…………無理かなぁ。だってあなた、女の子の嘘泣きでさえ騙されちゃうもんね。それってつまり…………」


 そこで一旦区切り、ニヤリと笑って俺を見下しながら…………


「童貞でしょ?」

「…………ぶっ潰す!!!!!!」



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