第3話 お風呂

[まえがき]


今話長めです。すみません。




 生まれて初めてテーブルマナーが重要視される食事を終えた後、俺はクタクタになりながら自室で休んでいた。


 転生前は、お嬢様学校に通っていた妹の宿泊研修であったマナー講習を笑っていた俺だったが、まさか俺に必要になるとは思わなかった。


 スマホ触りてぇ〜、と思いながら椅子に座って、意味もなくステータスウィンドウを開いたり閉じたりしていた俺だったが、コンコンと控えめに響くノックに顔をドアの方に向ける。


「ご主人様、お風呂の用意ができました」

「風呂あんの!?」


 驚きのあまりそう声を上げてしまう俺。


 それも仕方ないだろう。


 ゲームの中で、主人公が初めて風呂に入るのは確か王族に招待された時。それまでは水浴びだったり、魔法学校の寮内では湯浴みをしている描写がされている。だから、風呂なんて賛沢なものは諦めていたのだが…………


「…………ご主人様がいつも入られているお風呂ですよ?」

「あ、そっか。そうだったわ。ごめん、忘れて」

「…………はい?」


 不審そうにこちらを見てくるラミィの視続から逃げながら、俺はいそいそと風呂の準備を始める。準備と言っても、着替えなりバスタオルなりはラミィが持ってくれているので、この身一つで脱衣所まで行けばいいのだが。


 ノリノリで部屋から出て、スキップをしながら脱衣所まで向かう。


「ご主人様、脱衣所は反対です」


 違ったっぽい。


 ラミィに先導してもらいながら、風呂場まで向かい、ラミィから着替えを受け取って、脱衣所でスッポンポンになる。鏡に写るロサリアの姿。


 転生前からは考えられないようなバキバキの腹筋に、引き締まった二の腕。かなり鍛えられており、無駄な贅肉が一つもない。


 漢の肉体美がそこにはあった。


 思わず自分に見惚れていたが、わずかに残っていた理性で風呂に向かう。


 風呂場に入ると、モクモクとした湯気さんが肌に触れる。


 マジの風呂に感動しながら備えつけられている椅子に座り、桶で湯船からお湯を掬って頭にかける。


「むひょ〜」


 変な声が出た。


 風呂にこんなにも癒されるってことは、俺は俺が思っていた以上に転生後の世界に疲弊していたのかもしれない。


 辺りを見渡して、シャンプーがなかったので、石鹸を擦ってモコモコの泡にし、シャンプーの代用とする。


 目を瞑って頭をゴシゴシ洗っていると、後ろの方でガラガラッと風呂場のドアが開けられる音がした。


 俺と一緒のこの時間に風呂に入るということは、執事とかじゃないよな。さっき、夕食の席でテーブルマナーがなってないと俺のマッマに怒られて、シュンとしょげていたパッパだろうか。


 そう思って、 半目を開いて振り返ると、そこには何故か、裸にバスタオルを巻いただけのラミィがいた。


「…………なした?」

「お背中を流しに来ました」

「…………なんて?」

「お背中を流しに来ました」

「なんで!?」

「なんでと言われましても…………ご主人様の命ですので」


 俺そんなことお願いしたっけ?


 欲望が知らず知らずのうちに口に出ていたのかと疑ったが、すぐにそれを否定する。


 これはきっとアレだ。転生前のロサリアがそう命じていたんだ。あ、ロサリアは思考を乗っ取られていたんだっけ。じゃあ、エロトカゲのせいか。


 何が古代龍だよ! ジジイの癖して盛りやがって!


 俺が心中で、古代龍にブチ切れてるのを知らないラミィは、遠くから1つ椅子を持ってきて、俺の後ろに腰を下ろす。


 その際、バスタオルの先の方が重力にしたがってはらりと下の方に落ち、見えたらアウトの先端が見えそうになり、俺はバッと顔を逸らす。


「ちょ、見えちゃうって! 隠しなさい!」

「申し訳ありません。お見苦しいものをお見せしました」

「見苦しくないよ! 素晴らしかったよ!」

「ありがとうございます…………お背中を流してもよろしいですか?」


 後ろから聞いてくるラミィに俺はごくりと生睡を飲み込む。


 とんでもない美少女に青中を流してもらえる。


 男なら一度は経験したいシチュエーションではあるが、今のこれはエロトカゲのせいで半強制的にやってもらっているにすぎない。


 欲望に正直になりたい自分がいるが、権力をちらつかせてやるのは人としてよくない。


 それに、今のロサリアは紳士な男。


 ラミィのためにも、ここはキッパリと断ろうと大きく息を吸い込んで…………


「それじゃあお言葉に甘えようかな!」


 俺は迷いなくそう言った。



 ラミィに背中を流してもらい、風呂に入った後、俺は自室でくつろいでいた。部屋の後方には立ったままピクリとも動かないラミィがいる。


 早く休ませてあげたかったが、そう言っても「まだご主人様がお休みになっていませんので」と断られてしまった。


「あ〜…………ラミィ?」

「はい。なんでしょうか?」


 即座に返ってくる返事に、俺は言葉を選びながら慎重に話す。


「う〜んとさ…………今日の俺を見て、なんか普段と違うところとかない」

「違うところ…………ですか?」

「そうそう」


 首を軽く傾げながら聞いてくるラミィに、俺は頷きながら返事をする。ほんといちいち仕草がかわいいな。


「人が変わったかのように雰囲気が変わったかと」


 しばらく考えてから、ラミィはそう答えた。


「実はさ」

「はい」

「俺、呪いにかかってるんだよね」

「…………呪い? …………ご主人様は呪いにかかっておられるのですか?」

「そう」

「すぐに解呪師を手配してまいります。ご主人様は横になってくださいませ。何かご要望などがございましたら、私の代わりにメイドを待機させますのでなんでもお申しつけください!」


 そう言うや否や、ドアを開けて出て行こうとするラミィを、俺は全力で部屋の中に連れ戻す。


「ご主人様! お離しください! 一刻を争う事態です!」

「違うって! いいから一回俺の話を聞いて!」


 バタバタと暴れるラミィを全力で押さえつけ…………力強いなこの子!? 基礎レベルの低い俺は気を抜いたら吹っ飛ばされてしまいそうだ。


「落ち着いて! ご主人様命令!」


 俺がそう声を出すと、今までの暴走っぷりが嘘のようにピタリと動きを停止させた。そんなラミィを部屋に連れ込んで、俺は元の位置に戻る。


「大丈夫だから…………ほら、ドア閉めて」

「…………かしこまりました」


 外に声が漏れない状況になったところで、俺はラミィに切り出す。


「古代龍って知ってる?」

「もちろんでございます。最古の魔王の眷属である12の龍のことですよね?」

「それ。実は俺、昔に奴らに呪われてさ。思考だったり、記憶や精神を乗っ取られていたんだけど、その呪いが今朝、解けたんだよね」

「古代龍に…………呪われる?」


 まだ理解が追いつかないのだろう、視点が定まっていいままぼんやりとそう呟くラミィ。


 そんな彼女に、俺は神の窓の【四風亡者】を見せる。当然、他のスキルレベルだったり、【四風亡者】のエラー欄は見せないように隠したが。


 文章を目で追い、それから確かめるように何度か口に出してから、ラミィは俺に視線を合わせた。


「こんな…………聞いたこともないような恐ろしい呪いに…………ご主人様が?」

「そう。だから謝りたくて。俺は記憶が朧げなんだけど、ラミィや、他の人たちにすっごい嫌なことをしていたのはうっすら覚えているからさ。思考を奪われてはいたけど、俺がやったことに変わりはないから。今までごめん」


 ラミィに視線を合わせ、そう謝罪する俺。


「そんな…………頭をお上げください。確かに辛いこともありましたが、ご主人様のせいではないことは理解しました」

「そっか…………ありがとう」

「いえ。それで今日はいつもと様子が違われたのですね」

「そう。普段の俺がどのように振る舞っていたかは分からないから苦労してさ」


 そうでしたか、とフッと微笑むラミィ。


 ずっと表情を動かさなかった彼女の微笑に俺は胸を撫で下ろす。


 ラミィに呪いのことを言ったのは、協力者を作るためだ。


 この先、呪いのことを隠したまま生きていけるだなんて端から思っていない。だから、俺の最も近い位置にいるラミィに俺の呪いのことを伝え、協力者になってもらおうと思っていたのだ。


 ラミィ日く、神の窓は偽装できないらしいから、これを見せて協力者になってもらうつもりだった。


「このことを他の者に伝えるおつもりは?」

「ない」

「かしこまりました。では私めが、ご主人様をサポートさせて頂きます。何かあればなんなりとお申しつけください」


 そう言いながら深くお辞儀をするラミィ。マジでよくできた侍女だな。何も言わなくても俺の意図が伝わった。

「ありがとう。これからもよろしくね、ラミィ」

「お任せください…………ふふっ、本当に別人ですね。初めてちゃんとご主人様に出会えました」

「俺も会えて嬉しいよ、ラミィ。…………そうだ、明日は街中を歩いて記憶とのすり合わせをしたいんだけど…………付き合ってくれる?」

「…………明日は入学試験ですよ?」


 嘘やろ?

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