彰《アキラ》

「……いつから、ご存知だったんですか」


 勧められた椅子に座るなり、控えめに、しかし心持ち強い口調で美希は尋ねた。


「初めから、かね? 彰がPINO社に入ったとき、あいつの元部下が連絡をくれたからな」


「何もかも、お見通しだったんですね」


 美希は落胆したようにため息をついた。


「飯も食わない、便所も行かない。いつもにこにこ笑っている。更には、あれだけたくさんいる爺さん婆さんの顔と名前を、一度で、それも正確に覚える。そんな四歳児がいるわけねぇだろ。子供ガキってのは、もっと傍若無人で、うざったくて、ぎゃあぎゃあ泣くもんだ。……小さい頃の彰のように、な」


 宏はちらりと恵の写真を見る。小さかった彰に二人とも振り回され、怒って、泣いて、笑って……。なんでこんな糞ガキのために苦労しなければならないのだろうと当時は思ったものだが、今は懐かしい。自然と頬が緩む。


Cchioキオは、『夢』です。純粋で、何もかもが『大好き』と素直に言える、人間ではありえない存在です。人に好かれるように作られているから、人に好かれて当然――」


 そこで、美希は一度、言葉を切った。そして、思いつめたように吐き出す。


「――ここにいる皆さんは、希於キオが本当の子供だと信じているから、優しくして下さるんですよね。……皆さんを騙しているんですよね」


 希於キオが設計通りに好かれるほど、罪悪感を感じる。成功しているはずなのに、嬉しくない。矛盾した感情を美希はもてあましていた。


「さてな」と言いながら、宏はかつて自分が手がけた機械動物セラピーアニマルたちに思いを馳せる。それから、つい最近、壊れた機械猫セラピーキャットを持ってきた老婦人がいたことを――。


希於キオ人形AIと知ったら態度を変える奴は当然いるだろう。だが、俺は楽しいと思った。――Cchioキオ発想コンセプトは会話による意思伝達コミュニケーションだろ。言葉が足りん奴は世の中にごまんといるから、希於キオみたいな無邪気なお喋り人形がいてもいいんじゃねぇか」


「でも……」


「確かに希於キオ機械動物セラピーアニマルも作り物さ。奴らに心はない。奴らは仕様プログラム通りにしか動かない。けど、その仕様プログラムは、作った設計者プログラマの願いなんだ。希於キオの人間ではありえない純真さは、人は人に対してそうあって欲しいという……あいつの願いだろ?」


 機械動物セラピーアニマルシリーズが成功を収めたあと、恵は会話可能な機械人形の製作を提案した。可愛い仕草によって人を癒す動物たちに続き、会話によって人を癒す無邪気な子供の人形を考案したのだ。

 しかし会社は、役に立たない子供ではなく、人に代わって仕事をこなせる有能な秘書人形の企画を通した。失望した恵は、夢を求めて転職した。結局、在職中に完成を見ることはできなかったのだが――。


『機械人形より、人間の子供を作るほうが簡単ね』


 いつだったか、苦笑しながらそう言う母親の恵を、小さな彰はきょとんと見つめていた。


 そんなことを思い出しながら、宏はサイドテーブルに視線を移す。そこには新たに用意した一口チョコが積んであった。


「彰は俺たちに希於キオを見せに来たんだろう? 試験運用を兼ねて、な」


 美希は黙って頷いた。


「……ったく、自分で見せに来いよ、馬鹿息子が」


「彰さんも、言葉の足りない人なんですよ」


「ふん」と言いながら、宏は皺の多い顔を更にくしゃっと皺だらけにした。

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