美希《ミキ》

 昼下がりの談話室サロンを紙飛行機が舞う。


 もとは折り込み広告だったものが命を得たかのように、ゆっくりと優雅に飛び、部屋の端にあった観葉植物の上に着陸した。


「すごい、すごい!」


 希於キオが大はしゃぎで紙飛行機を取りに行った。しかし観葉植物は背が高く、小さな希於キオには届かない。


 爪先立ちする希於キオの背中に、車椅子の老人が、きこきこと近づいた。彼は「どっこいしょ」という気合いと共に立ち上がり、紙飛行機を取ると、希於キオの手にふわりと乗せた。


征司セイジおじいちゃん、ありがとう!」


「なに、希於キオ坊のためならな」


 にかっと笑う征司は、いつも「今日は調子が悪い」と歩行訓練をさぼる常習犯である。


 そんなやり取りを少し離れたところで聞きながら、ホウキを片手に美希は深いため息をついた。


希於キオの奴、すっかり人気者だな」


 背後からの突然の声に、美希は思わず、びくっと肩を上げた。振り向くと宏がいた。


「浮かない顔だな。……良心の呵責か?」


 美希は、宏の顔を穴が開くほど凝視した。


Cchioキオ――機械人形ピノキオか。名前の付け方が単純なんだよ。電脳犬ヴァーチャルドッグに『いぬ』と名付けるような奴だから、仕方ないか」


 宏は、ため息とも笑いともとれる息を吐いた。


「吉岡さん……?」


「学会誌を読んだよ。彰と美希さんの共著者ダブルファーストオーサー論文ペーパーを投稿してたな。所属はPINO社。あいつのいたとこだな」


 宏は「場所を変えるか」と言うと、美希の返事を待つことなく自室へと向かった。美希はホウキを握り締めたまま、黙ってついていった。

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