宏《ヒロシ》
「宏おじいちゃん!」
ノックもなく
「何の用だ?」
PC机に向かっていた宏は軽く目線を扉に向け、すぐにまたディスプレイに戻した。眉間に刻まれた皺は老いのためか、生来のものか。
「ミケちゃんを治してくれてありがとう!」
「ふん、俺の専門は
「おじいちゃん、大好き!」
宏の仏頂面を気にすることなく
宏はまだ介護の必要がなく自立した生活を送っているが、七十をいくつか超えた痩せぎすの体もまた、ぎぎいと音が鳴りそうだった。彼は眉根を寄せたが、しかし何も言わなかった。
「ねぇ、おじいちゃん、お話して!」
「他をあたれ。ここは暇人ばかりだから大歓迎だろう」
「おじいちゃんがいい! おじいちゃん、
頬を紅潮させてせがむ
彰は宏の一人息子である。妻に先立たれた宏にとっては、たった一人の身内であるが、もう十数年も音信不通だ。
ゲーム会社を興して一旗上げてやると大見得切ったものの、あっという間に倒産させ、行方をくらませたままなのだ。そろそろ四十に手が届く歳になるというのに、一向に連絡を寄越す気配もない。
しばらくぶつぶつと言っていた宏であるが、やがていつものように、わざとらしく大きなため息をついた。
「また彰の馬鹿話、かぁ? ダブルクリックが出来なくて悔し泣きしてたとか?
「聞きたい、聞きたい!」
「すみません。
三角巾の頭を深々と下げた。薄化粧で地味な印象の美希は、三十半ばという実年齢より少し老けて見える。
お迎えが来てしまった
宏は美希を見て、微妙に口元を
「
美希は一瞬、目を見開き、それから戸惑いがちに愛想笑いをした。
会釈して部屋を出ようとする美希に、宏が声をかけた。
「美希さん、チョコ持って行かねぇか? 俺一人じゃ食いきらねぇし、溶けかけたのをいつまで置いとくのもなんだからな」
サイドテーブルを指差す。そこに飾られた写真の前にチョコが積まれていた。一口サイズのチョコがキャンディのように一つずつ包装された、一口チョコと呼ばれるものである。
宏はそれらを無造作にビニール袋に突っ込むと、美希に押し付けた。
「奥様はチョコがお好きだったのですか?」
「あれは好きというより、
吐き出すように宏は言う。
「で、不摂生がたたって俺より先に死にやがった……」
美希は何とも言えない顔で相槌を打った。
ぱたん。
閉じられた扉に向かって宏は小さく独りごつ。
「……
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