第13話 ジュローデル公爵家、悲しい歴史
「セシリアちゃん、今日も手伝ってくれてありがとうね」
「いえいえ、私にはこれぐらいしかできませんし」
町の大きな噴水広場。
私は無事に回復したドルト先生の往診のお手伝いを終えて休憩中だ。
オズ様は公爵としての仕事で、朝からとてつもなく嫌そうな顔で「夜には帰ってくるから」と私の頭をひと撫でしてから、王都へ向かった。
「んー。セシリアちゃんは謙虚だなぁ‥…。もうちょっと自信持ってもいいと思うよ? 料理上手でお掃除上手、洗濯までできるご令嬢なんて、セシリアちゃんぐらいでしょ? ほら、唯一無二なんだから、自信もって!!」
確かに唯一無二だろうけども!!
でもそれは令嬢として良いんだろうか……。
「はぁ……。でも、お世話になってるのにオズ様にもそれぐらいしかできませんし……」
結局チョコレートタルトは喜んでもらえたものの、やっぱりしてもらっていることに対してしてあげられることの方が少なくて困る。
「お掃除しようにもオズ様は魔法でちょいちょいっとしてしまいますし、この間は『お着替えのお手伝いをします!!』ってボタンを外そうとしたらすごい形相で首根っこつかまれて部屋を追い出されてしまいましたし……。私、出涸らしどころか役立たずです」
「ボタンを外そうと……? ぷっ、ははははっ!! あのオズを脱がそうとしたの!? ひゃはははははっ!! 面白っ!! 面白すぎでしょセシリアちゃん!!」
「わ、笑わないでください!! 私、真剣にオズ様のお役に立とうと……!!」
「それで手出さないとか、オズは枯れてるのか、はたまたただのむっつりなのか。あーやば、面白すぎて涙出てきた」
駄目だこの人!!
完全にオズ様をおもちゃにしてる!!
「と、まぁ冗談はこのくらいにして……。オズはさ、君が思ってるよりずっと君に癒されてるよ」
「癒されてる?」
ていうかどこまでが冗談だったんだろうか、今の。
「うん、だってさ、最近のあいつ、表情が柔らかくなったし」
どこが!?
え、どこか変わった?
そんな表情に変わりはなさそうなんだけど……。
私とオズ様の付き合いが短いからわからないだけ?
「あの、ドルト先生とオズ様は、昔からのお知り合いなんでしょうか?」
「ん? あぁ、オズの母親──ジュローデル元公爵夫人とうちの父親が従兄妹同士でさ。うちのタウンハウスがこの町にも一つあって、同い年ってことで小さい頃はこっちに来るたびによく遊んでた、幼馴染ってやつさ。僕が生まれたのもこっちの屋敷で、この町ともオズとももう二十五年の付き合いになるね」
二十五!?
じゃぁオズ様も二十五歳!?
「百歳じゃ……なかったのね……」
ポロリと出てきた言葉に隣でドルト先生がぶはっと噴出した。
「オズが百歳!? ぶっ、はははははは!! やっば!! 百歳!! おじーちゃんじゃないか!! ははっはははは!! 似合いすぎー!!」
うわぁ……オズ様が聞いたら殺られるやつだ……。
「ま、オズは世間では悪い魔法使いだから、あながち間違いでもないかもね」
「あの、それなんですけど、オズ様が悪い魔法使いだなんて私、やっぱり思えなくて……」
悪い魔法使いに私を綺麗に殺してもらおうと思ってきたけれど、オズ様は悪いどころか、とてもやさしい、心のあるお方だと思う。
とてもじゃないけど悪い魔法使いには見えない。
「んー……そうだねぇ……。少しお勉強してみる?」
「お勉強?」
「そ。ジュローデル公爵家の歴史、とかね」
ジュローデル公爵家の……!!
知りたい。
学びの機会が与えられなかった私は、一般常識的な貴族の歴史すら知らない。
私は、何も知らない人間ではいたくない。
「知りたいです……!! 教えてくださいドルト先生!!」
私がじりりとにじり寄って懇願すると、ドルト先生はにっこり笑って了承してくれた。
「ジュローデル公爵家はね、昔から魔力の強いものが生まれやすくて、度々王国に貢献してきたんだ。人々を分け隔てなく助ける公爵家は、いずれ国民から多大な支持を得るようになる。強すぎる力と、王家よりも絶大な人気に焦った王族は、王女を降嫁させるかわりに領地を森の奥へと移させた。強い力を怖がる国民もいるのだと言って。心優しい公爵は、それで国民の心が安らぐのならと了承し、森に屋敷を構え、その先に町を作った。幸い、降嫁した王女との仲も良好で、町の皆にも慕われる領主夫妻となったけれど、ある冬、流行り病が町を襲った。王都で流行った時とは違って、その領地に医師は老医師一人。その医師も倒れ、ついには公爵夫人までもが病に倒れてしまった。領主は王都に助けを求めたけれど、誰も手を貸してはくれなかったんだ。そして……医者も、公爵夫人も死んだ……」
「!!」
医者も、夫人も……。
きっとそれ以上にその時死者は出たのだろう。
だって、助けてくれる医師が死んでしまったのだから。
「それでもこの町は何とか盛り返そうとした。おいしい湧き水で作るお酒は最上の味で、それはいつしか王家の耳にも入り、取引が始まり、この町の名産となった。取引によって、領地は潤った。だけど、恐ろしい力を持つ公爵家の領地として世間に周知されているから、と、王家は取引した酒の産地名を変えて出回らせてる」
産地偽装!?
「ひどい……。じゃぁ、トレンシスなんて産地聞いたことがなかったのは──」
「そう。裏工作されたから。それでもその収入は大切な資金源だ。王家としては人気の酒を手に入れたいが、一度追放している手前表立って産地を取り上げられない。こちらとしては王家や王都には遺恨が残っているが、領民を養う義務がある。なにをされていても、文句は言えない。オズは……優しいからね」
王都への感情はここからきているのね……。
当然といえば当然だ。
王家も、王都の人達も、結局は甘い蜜をすいたいだけなんだから。
「でも、この公爵家は、王家と並ぶ力の強い家で、名門だって──」
「そうだね。王家や貴族の認識は、怖れに次いで、憧れや尊敬の念が強いのかもしれない。でもオズは──。自分の罪を、理解しているから……」
「罪?」
「おっと、ここからは俺は言えない。ごめんね、セシリアちゃん」
やっぱりオズ様にはまだ何かあるんだ。
誰かが語ってはいけない、オズ様だけに語ることを許された何かが。
「でもさ、それでもここが潤い豊かなのは、オズの手腕のおかげでもあるんだ。名産である酒入りのチョコレートやケーキみたいな酒入りお菓子を考え出してぼろ儲けさせてるし」
巷で人気のあのお菓子たちは全部オズ様が開発してたの!?
よくお母様に買いに行かされていたけれど、いつも人気でよく売り切れだったのよね……。さすが甘いもの好き。
商売にまで結びつけるなんて……。
「ま、一人で頑張りすぎる奴だから、セシリアちゃんがそばで支えてやって。俺の言うことじゃ聞きやしないしさ」
「は、はい!! 私にできるかはわかりませんが……オズ様を支えられるように、精いっぱい頑張ります!!」
とりあえずオズ様が過労死しないように、見張っておかないと。
オズ様には私を綺麗に楽に痛み無く来世に送ってもらうまで、いや、それ以上に末永く元気でいてもらわないと。
この町の人達のためにも。
「セシリア―!!」
突然上空から声がして、舞い降りたのは黒い鳥。
「カンタロウ!!」
ひらりと私の膝の上に落り立ったカンタロウは、私を見上げて焦ったように声をかけた。
「大変だよ!! 大変なんだ!! 早く戻って!!」
「な、なに? どうしたの?」
落ち着きのあるカンタロウがここまで慌てているのは珍しい。
「オズが……オズが倒れたんだ!!」
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