第14話 その腹筋は反則です
「オズ様!!」
「オズ!!」
カンタロウから知らせを聞いてすぐにドルト先生と屋敷へ戻った私は、わき目も降 らずに二階へ上がり、オズ様の私室へと飛び込む。
「っはぁ……っ何だ、君たち……っ、人の部屋に……ノックも、なしに……」
しまった……!!
オズ様が心配でついノックを忘れてしまった!!
しかもオズ様の私室に!!
「す、すみませんすみません!! って……今はそれどころじゃないです!! オズ様の命の危機……!! オズ様、死なないでください!!」
「勝手に殺すな!! っはぁっ……少し休めば、治る」
治りそうにないほどに行きは荒いし顔も青白いのに何言ってんのこの人!?
ちゃんと眠れているならば回復も早いんだろうけれど、オズ様は不眠症。
回復まで体力が持たないわ。
「とりあえず診察するから、オズ、ボタン開けて。無理そうなら俺が優しく脱がせて──」
「自分でできるから……っ、いらんことを、するな……っ」
返しはいつもの調子だけれど、そこにいつもの鋭さはない。
ゆっくりとボタンが外され、やがてオズ様の白い胸板があらわになる。
「!?」
それを見た瞬間、私は反射的に視線をそらした。
何あれ!?
お父様のお腹とは全然違う……!!
何なの、あのプニプニしてなくて引き締まった筋肉……!!
いつもひたすら薬草茶を煎じたり、屋敷に籠って本を読んでたり、薬草の手入れを繰り返す日々で、脳筋陽キャというよりは陰湿陰キャなイメージのオズ様なのに!?
何より、日ごろ鍛えてる感じはなかったのに何あの腹筋は!?
あれは……あんなの、反則よぉぉぉおおおおおっっ!!
バクバクと心臓が痛いくらいに打ち続ける。
危なかった。
オズ様より先に私がショック死するところだったわ。
いや、まぁそれはそれで来世への道。本望なのだけれど……。
「ん~、流行り病がうつったみたいだね。まぁ、あれだけ頻繁に患者と接していればそうか。いくらマスクやアルコールで予防しても、眠れてないうえ忙しい人間は免疫も低くなる。加えて王都で仕事もして精神的にも疲れただろうし、屋敷に帰って一気に気が抜けた、って感じかな。薬飲んで、しっかり食べて、寝る。それが一番……って……セシリアちゃん?」
はっ!! いけない!!
さっきの光景があまりに衝撃的過ぎて、我を忘れてた。
「す、すみません!! ぼーっとしていて……」
「ふはっ!! いいよ。どうせオズの身体に見惚れてたんでしょ? セシリアちゃんもむっつりだね」
「えぇっ!? ちょ、ち、違っ!!」──わないけど!!
「ドルト……」
地を這うような低い声がドルト先生に向かうも、先生はどこ吹く風。
にこやかに、いや、むしろ微笑ましそうに笑顔を増した。
「ははっ。可愛いねぇ、二人とも。じゃぁオズ、あとで薬持ってくるね」
「いらん。薬茶で十分だ」
「えぇ? 薬茶は症状を緩和したり薬の作用を高めてくれるけど、万能薬じゃないんだよ? ちゃんと薬を飲まないと」
「いらん。薬も無限ではないんだ。町の患者のために使え」
そう言ってボタンを閉めると、のっそりとベッドに横になるオズ様。
やっぱりつらいんだ、身体。
なのに町の人を優先させるなんて……。
「オズ……。わかったよ。今日のところは様子見だ。その代わり、しっかり寝てくれよ?」
「わかった」
ふてぶてしく目を合わせることなく言ったオズ様に苦笑いして、ドルト先生は私に目を向けると、
「セシリアちゃん、オズの看病、よろしくね。また様子見に来るから」
そう言って部屋を後にした。
「……」
「……」
「……君も行きなさい」
そう言ってくるりと反対側を向いてしまったオズ様は、やっぱり呼吸も荒く苦しそう。
なのに私を思ってそう言ってくれているのが痛いくらいに伝わる。
この人はやっぱり、悪い魔法使いなんかじゃない。
「……また、来ます」
これ以上ここにいても私はただの邪魔だ。
だって、私は何もできないもの。
オズ様の部屋を出た私は、すぐに俯いていた顔を上げた。
魔法薬茶はすべて町に配ってしまったから、今はない。
一から作るしか……。
「まる子、カンタロウ」
「はいよ」
「御用かしら?」
ずっとそばで様子を見守っていた二匹が、待ってましたとばかりに返事をする。
「お願い。薬茶を作りたいの。協力して」
私はまだ薬茶の知識が乏しいし、一人で作る技術もない。
取り扱いだって不確かだ。
誰かの協力なしには作ることができない。
『そんなことも一人でできんのか』父の失望の目。
『やっぱりあなたは、出涸らしね』母の呆れた声。
目に、耳に焼き付いてめぐるけれど、ここにはそんなことを言う人はいない。
まる子も、カンタロウも、私を貶め見下すことは絶対にしない。
私の助けを求める言葉に、少し驚いたように目を丸くしてから、二匹はニッと笑った。
「もちろんよ!!」
「君から頼ってくれるなんて嬉しいな。僕たちにまかせて!!」
ほら。
怒るでもなく、呆れるでもなく、笑って協力してくれる二匹がそばにいる。
後ろを向いている場合じゃ、ない。
流行り病は前世で言うインフルエンザのようなものだった。
なら、やっぱり抗ウイルス薬がないこの世界でできることは、解熱させた状態を維持しながら回復を促すこと。
「とりあえず滋養強壮に効く薬草と、あと体を温める薬草を使って作りたいんだけど……」
「それならモリア草と
「……水中エリア、だね」
危ないからと禁じられている水中エリア。
どうしよう。
オズ様との約束を破っちゃう。
オズ様に……嫌われる……。
怖い。
オズ様にまで、父母が私を見るような目で見るようになったら……でも──。
「オズ様が死んじゃうより、ずっといい……!!」
嫌われるのは、慣れているもの。
行こう、水中エリアへ──!!
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