第12話 チョコレートタルトと甘い微笑


 厨房に大量のチョコがあったのはオズ様用だったのか……。

 謎が解けたわ。

 私は机の上にどっさりと積み上げた板チョコの山を見て苦笑いした。


「よしっ」

 気合を入れてエプロンのリボンを結ぶと、さっそくチョコレートタルト作りに取り掛かる。


「これだけ甘いものがストックされてて大丈夫なのかしら、オズ様」

 若いのに、糖尿病とかになったりしない?

 あれ? そもそもオズ様って何歳?

 やっぱり悪い魔法使いだけに100歳超えてたりするのかしら?


「……世の中知らなくてもいいことって多いわよね、うん」


 チョコレートと同様にたくさんストックされていたクッキーを大量に砕き割り、ミルクと混ぜてから型に入れて冷蔵庫で冷やし固める。

 その間に、チョコレートを鍋で溶かしていく。

 ミルクを入れてとろとろになったチョコレート。

 もうこのままのものをスプーンですくって食べてしまいたいくらいだけれどぐっと我慢。


 冷やし固めたタルト生地にチョコレートを流し入れると、甘いチョコレートタルトの香りが厨房に広がる。


「良い匂い……」

「おいしそうだね」

「私たちの分もあるわよね!?」


 両隣で目をキラキラとさせながらテーブルの上のチョコレートタルトを覗き込む二匹。

 そもそも良いんだろうか、猫とカラスにチョコレートを上げても……。

 でも、今までだって特に気にすることもなくご飯あげてたのよね。

 はっ……!! まさか知らない間に二匹の寿命を縮めて……!?


「ご、ごご、ごめんまる子、カンタロウ!! 私、二匹の身体のことも考えずに……!!」

「は? ……あー……、そういうこと? 大丈夫よ、私たちただのカラスと猫じゃないから。グリフォンとケットシーだし。何食べても毒にはならないわ」

「強いて言えば、僕は魚が好きだけどね」


 私の心配を笑い飛ばしたまる子とカンタロウにほっと息をつく。

「よかったぁ……」

 二匹には長生きしてもらいたい。

 私にとって、初めてできた友達のような存在だし、大切な子たちだから。

 なるべく栄養のあるものを食べてもらわねば……!!


「冷えたら皆で食べようね」

 そう言って私はまだ固まっていないチョコタルトを器ごと持ち上げると、崩れないように慎重に冷蔵庫へと入れた。


 魔石で動く冷蔵庫は、温かいものを冷まさず入れたとしても中の温度に変化がないから便利だと、前世を思い出した今ならその便利さがよくわかる。


 今まで当たり前だったもののありがたみ。

 家を出て一週間。

 父と母、それに姉は、私を心配してくれているかしら?

 今まで私は一人で家のことをしてきたけれど、私がいなくなって大丈夫かしら?

 少しは今までの私を──認めてくれたかしら?


「冷えるまで軽食とお茶の準備をしましょ」

 ぼーっとしていてもいろいろ考えてしまうだけだもの。

 私は戸棚のお皿に手を伸ばすと、軽食づくりに移ることにした。


***


「オズ様、お帰りなさいませ」


 午後になってすぐ帰ってきたオズ様。

 出迎えはいいといつも言われているものの、やっぱり一番に無事に帰った姿を見たくなるのは、私が順調にオズ様になついている証拠なのだろうか。


「ただいま。セシリア、これを」

 そう言って懐から小さなキャンディを取り出すと「薬草の手入れ、ありがとう」と私にそれを手渡した。


 出た……!!

 必殺!! オズ様の隠しお菓子での餌付け!!

 なにかとお菓子を取り出しては私にくださるオズ様。

 私がオズ様に懐いているのはもしかしてこの餌付けのせい……?

 いや。もう何も考えまい。


「あ、ありがとうございます。あ、お昼の軽食できてますから、待っててください。すぐ持ってきます!! まる子、カンタロウ、手伝って」

「はいよー」

「任せて」


 二匹に手伝ってもらって軽食のサンドイッチとティーポットをワゴンに乗せて運んでくる。


 生野菜とローストビーフを挟んだサンドウィッチと、卵のサンドウィッチ。

 それにリラックス効果のあるリラリの葉のお茶を添える。


「ほぉ、リラリか」

「はい。この間本を読んでいたら、リラリにはリラックス効果があって、疲れを取ってくれると書いてあったので……」


 この屋敷には無い薬草はないのではないかと思うほど、たくさんの種類の薬草が栽培されている。

 高い温度を好む薬草の温暖エリア、低い温度を好む低温薬草のエリア、雷に打たれながら生息する薬草の降雷エリア、水の中で生息する薬草の水中エリアなど、様々なエリアの栽培場がある。


 雷と水のエリアだけは危ないから決して一人で入ってはいけないと言われているけれど、そのほかのエリアは好きに入って好きにとっても良いと言われているから、リラリも温暖エリアで取らせてもらった。


「そうか……。よく勉強しているんだな。それでは──、いただきます」


 すっかり板についた日本風のあいさつの後、その整ったお口に吸い込まれていくサンドイッチ。

 ゆっくりと咀嚼し飲み込んだ後、「ん、おいしい」と私を見て言った。

 表情は変わらないながらも必ずこうして美味しいと言ってくれるオズ様は、理想的なハイスぺな旦那様なんだと思う。


 皿の中が空になり始めた頃、私はそろりと声をかけた。


「あの、それと……ですね。もう一つあるんです」

「もう一つ?」

「はい。ちょっと待っててください」


 私は厨房へといったん下がると、チョコレートタルトを取り出し、ワゴンに乗せてから再びダイニングへと戻った。


「これです」

 どーんとオズ様の目の前にまん丸のチョコレートタルトを置く。


「これは……」

「チョコレートタルトです。その……オズ様がお好きだと聞いて」

「俺の……ために……?」

 きょとんとしたオズ様の顔。

 レアだ……!! すごく人間っぽい顔してる!!


「いつもよくしてくれてありがとうございます、オズ様」

 少しでも私の感謝が届けばいいな。

 チョコレートタルトを切り分けて一つはオズ様に、そしてあと2つを、まる子とカンタロウの前に配る。


「さ、召し上がれ」

「あ、あぁ……。いただきます」

 戸惑いながらも一口、ひんやりと冷たいチョコレートタルトを口に運ぶオズ様を、じっと観察する。


 どうだろう?

 おいしくできたとは思うけれど、オズ様の好みに合うだろうか?

 ドキドキしながら、咀嚼を繰り返すオズ様を見る。

 やがてオズ様の白い喉元が嚥下して、それから彼は私を見て、柔らかく微笑んだ。


「ん、おいしい」


 微笑み付きのおいしい、いただきましたぁぁぁあああ!!

 一言。たった一言、いつもと同じ「おいしい」の言葉なのに、この微笑み一つで随分と特別に思える。


「セシリア」

「はい?」

「──ありがとう」


 その柔らかな声と笑みに、私の心がとくんと音を立てて動いたことを、この時は気にも留めなかったのだった。


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