みてくれ
「わあ、りっちゃん可愛い~!」
はしゃいだ楓の声が、朝早くの光に溢れる、このリビングに響く。
「やだ、素敵よ、りっちゃん!」
楓と同じくらいに明るく弾んだ、楓のお母さんの声も、同様に。
「…そう?」
対して私は適当だ。いつも通り普通、と言ったらまだ聞こえがいいが、恐らく傍から見れば、私と2人との温度差は凄まじく、私の反応は冷たく素っ気ない。そもそも私は朝が苦手。なのに、「りっちゃんの制服姿が見たいから」と、入学式のその日に余計に早く楓の家へと呼びつけられていたから、もう、頭は回らない。眠…だる…。そんなことで、私の意識はいっぱいだ。だけど楓と楓のお母さんは、真新しい制服に身を包んだ私を囲って、2人揃ってはしゃぐはしゃぐ。
「やっぱりこの綺麗な水色!りっちゃんによく似合うわ!」
「チェックのスカート可愛い~!ピンクのラインが最高っ」
2人とも私をそう褒めちぎるけれど、褒めてくれるけれどそもそもよ?…楓だっておんなじの着てるじゃない…。朝の眠気、だるさの中に、あんまり褒められるものだから気恥しさを感じつつ、私は自分のすぐ目の前で私を見て笑う楓へと、目をやる。楓の方が断トツ、私よりこの制服が似合ってる。胸元にピンクのリボンを揺らす楓は本当、見た目清楚なお嬢様って感じだった。
霊峰青海の制服はとても特徴的だ。男子はまあ普通だけど、女子のそれがもう。制服目当てで、霊峰青海に進学する女の子も少なくないくらいに。綺麗な淡い水色に、主にピンクのラインで描かれるプリーツチェックのスカート。同じ水色のベスト、ピンクのリボン。白のブラウス。あとブレザー?これを着れば、女子はみんな本当どこのお嬢様って感じだ。…私にはちょっとだいぶ違う、似合わないイメージで、縁遠いにも程がある。だから霊峰青海の制服を初めて着た今日はまだ、これにまるで慣れない。それでも楓と2人、電車に乗って新しい学校、そこへと向かえば。
「うわあ…」
楓と私、2人の声が重なる。けれど、確実に楓と私では、漏らした「うわあ」の声の意味が違う。楓はきっと、「綺麗な校舎だ」とか、前向きな意味でそれを漏らしたんだろうけれど、私は。…本当、校内に入っていく女の子みんな、この制服だから、全員どっかのお嬢様に見えて…。それに静かに乾いた笑み、呆れていた。着るもん着れば、中身がどれだけ醜くたって、実際がどんなに貧乏だって、みんなそれなりに見えるもんね。それはもちろん、私も。変に穿つ私に、純粋な楓はその無邪気さがよく滲む顔で、笑う。
「クラス、一緒だといいねっ」
あ、それはもちろん。
「うん」
だから私も楓のその言葉には素直に、そう頷いた。
とはいえ、世の中そう甘くはない。楓と私は当然別のクラスだった。私は3組、楓は7組。何その遠い距離。せめてクラスだけでも、隣同士にしてくれればよかったのにと、私は神様ではなく現実の先生へと、内心で文句を零す。もちろん、この霊峰青海高校の、新1年のクラス分けを担当したその人達に。入学式までの僅かな時間。先生が来るそれまでの間。3組のクラスに人は多くいれど、けれど教室内は静まり返っていた。一部、本当に数人の誰かが、あまりの静けさに声を潜め、遠慮がちに話している声は聞こえる。けれど、ほとんどの人がまだ、当たり前にこのクラスに知り合いがいないから。みんな、無言で入学式までの時間を適当に、潰していた。
7組。りっちゃんとは分かれてしまった、私のクラス。そこに行き、自分の席にとりあえず真新しいスクールバッグを置けば、でももう。
「ねぇ!」
数人の女の子達に話しかけられて、私はそちらへと顔を上げる。この感じ、久しぶりだな。全くの初めての場所で、また人気者に祀り上げられる、スタートのこの感じ。警戒はする。私はそれが好きではないと、あのチョコチップマフィンを口にして以来はっきりと自覚していたし、意志の表示もできるようになったから。それでも表向きは笑顔。いつも通りのそれで、応えた。久しぶりの、ちょっとしたはりぼてかもなんて、だけど今はその手綱を私が握っているそいつを、少し愛しく思いながら。
「何かな?」
「私、石井小百合っていうの!あ、2人は私の中学の頃からの友達で…」
そうすれば、3人を代表しているんだろう。私へと話しかけてきたその子、小百合ちゃんは、側にいる2人を軽く紹介をしてくれる。
「こっちが、優花ちゃん!」
「よろしくね」
「でこっちが、春菜ちゃん~!」
「よろしくお願いします」
紹介された2人も、笑顔で丁寧に、それぞれ私へと挨拶をくれて。それに私も軽く会釈を返しながら、だけどこの先に続く言葉はもう、わかっている。
「ねぇねっ、よかったらお友達になろう?」
私が返す言葉も、もちろん。
「うん、いいよ。ぜひ!」
「私、宮寺楓です」。小百合ちゃん、優花ちゃん、春菜ちゃん。知ったばかりの3人に軽く頭を下げればけれど。ここから先はこれまでの私とは違う、まだ私が知らない、心からのお友達付き合いの開始だった。
楓は大変だろうな。霊峰青海の校舎に入ってすぐ、もう楓は周りの道行く同学年っぽい人達から、「あの子可愛い」と囁かれていた。本当、美人って苦労するな…。繊細な楓が、この高校生活で最低限の苦労はすれど、余分な苦労をして傷つかなければいい。そう願いながら、入学式も終えたし楓と待ち合わせた昇降口に…と思い、鞄を手にしようとしたその時。私は知らない声から自分の苗字を呼ばれる。
「作間さん」
呼ばれて見やれば、ん、誰?いかにもイケメン。楓みたいな明るい茶髪に、優しい雰囲気の。…でも何、私こいつ嫌い。関わりはまだ向こうから、私の苗字をひとつ呼ばれたそれだけ。なのに私はもう相手を嫌いだと判断してしまい、これじゃ駄目だと慌てて自分のその感覚を振り払う。
「…何?」
でも、自分の知らないやつから急に声をかけられ、しかも向こうは私の苗字くらいはせめて知っていて。その不快感から警戒は、強くなる。だからちょっと機嫌悪くそう返せば、そいつは柔らかく微笑んで言った。
「そう警戒しないで。驚かせてごめんね」
「別に」
何こいつ、やっぱ嫌い。返ってきた言葉に私はやっぱそう感じて、益々嫌になる。名前も知らないこいつの第一印象は、私の中で何か最悪。あと、あれだ。周りからの視線が痛い。特に女子。きっと、「あの子イケメンに話しかけられてる」的な僻みのそれだろう。私だって好きで話しかけられているわけじゃあない。むしろ誰か代わってくれ。そんな不可能を願う私に、精神が多分ダイヤ並みに強いのか?やつは続けた。
「宍戸陽真です。よかったら、仲良くして」
ししどはるま?…あー…。
「あっそ。私帰るから」
言われたそれに私は適当に返事をして、同じように自己紹介は返してやらない。そのまま自分の机の上に置いていた鞄を雑に手にして、席を立てば宍戸は「そっか」とまた柔らかく言う。
「またね」
そんなことまで、教室から出ていく私の背に向かってきちんと。もちろん、私は宍戸の言葉には何も返してやらない。何か嫌だ。何でだ?わからない。わからないけど宍戸はほんの少しだけ、文太に似てる。雰囲気の柔らかさ、今話した限り尖った言葉を使わないところ、そんなところが。なのに。文太と違ってめちゃくちゃ嫌だ。またこれ、多分。…考えちゃいけないやつだと思って、私は楓との待ち合わせ場所である昇降口へと、少し急いだ。
宍戸とかいうよくわからないやつのせいで、もやもやとした私の気持ちは、楓と合流しても上手くは晴れないまま。だけど2人で向かった校門が、いつかの時と同じように少しざわついていて、私も楓も行きすがらそこを自然と覗き込む。
「何だろう?」
不思議そうに楓がその喧騒へと僅かに歩み寄った、その時。
「あ、律~っ!」
あ、デジャブ。道行く女の子達の多くが、ちらちらと目を向けていたその先には、いつかの時と同じようにまた、文太。でも、でもそれが今の私には何だか、嬉しくて。だから昔から変わらない、発見と同時に抱きつかれるそれも、今だけはきちんと許す。
「…文太」
この感じ。さっきの、宍戸とは全然違うこの感じ。あー、文太だ。何か無性にそう感じて、私の口元には微かな笑みさえ浮かぶ。それを見ていた楓が何か微笑ましそうに、文太へと声をかけた。
「文太くん、今日もりっちゃんのお迎え?」
あ、それ。今日は何も言ってなかったのに、文太はどうして。楓が文太へと聞いてやっと気がついたそれに、私もこの時ようやく気がつき、未だ私を抱きしめたままの文太の顔を見上げる。そうすると文太は主に楓を見ながら、言葉を返した。
「うん。高校近いし、迎えに行くよって連絡いれたんだけど、返事がなかったから。でも来ちゃった」
え。その言葉に、私はそういえば朝から、自分のスマホをほとんど見ていないことを思い出した。そうだ、楓とクラスが別になったことに失望して、ぼーっとしてたんだった。しかも帰りは帰りであの宍戸陽真。やなことを思い出して、思わず俯いた私に文太は言う。本当いつまで、私に抱きついてんのって感じで。
「律、1日お疲れ様ー」
「わかったから、いい加減離れてよ」
だから私はつい、強がってそう返してしまった。
「お邪魔しちゃ悪いしー」で楓は何でか先に帰っていった。「この後、用事もあるの!」とも付け足して。用事って何だろ。ちょっと気になりつつ、私は文太とのんびり帰りながら話し込む。
「ていうか、場所近かったんだっけ?鳳明と霊峰青海って」
さっき文太が言っていた、「高校近い」という言葉を拾い上げて聞いてみれば、文太は「うん!」と明るく笑って応えた。
「だから、これからは俺がいっぱい律をお迎えに来られるね!」
いや、そんな暇じゃないでしょ、文太って。だって鳳明と言えば日本全国トップの偏差値。屈指の進学校。通う人達はエリートもエリート。それこそ文太みたいな天才の集まりなわけで。…男子校だから、その天才はみんな男子なわけだけど。文太はこんなにマイペースで自由だけど、学校の勉強とか大丈夫なのだろうか。何か気になって、聞いてみる。
「そんなのんびりしてて大丈夫なの?勉強」
大学にだって、影響するんだろうし。少しの心配を込めて聞いた私の言葉に、文太は変わらない笑顔で私を見て、言う。
「大丈夫だよ!俺これでも学年成績トップ」
は?
「ついでに入学からずっと。だから、気にしないで~」
入学って…。鳳明は中高一貫だ。高校から入ることもできるけれど、文太はそこに中学から入っている。てことはもう3年、文太は鳳明の学年成績トップで。え?こんなマイペースで、遊んでるように見えるのに?ものすごく失礼なことを、文太を横目で見て思いつつ、私は同時に気がつく。…こいつほんと天才だなって。同時に私には、もったいない彼氏すぎないか?まだ付き合って間もないけれど、ここまで私は文太に何の不満もない。上に超がつくほどの頭の良さ。天才という言葉が本当よく似合う。…贅沢。私は自分に何か、そんな言葉を投げかけた。
…ちょっと、追ったことを後悔する。作間さん、の彼氏かな?あれ。しかも制服を見る限り鳳明高校。嫌な記憶が蘇るなあ。ぼんやり、そう考えながら2人とは別の道を、俺は行った。鳳明。それは、俺が中学、高校受験ともに第1志望で目指した場所であって。…その癖あの男は作間さんまでと、醜いことはわかっていながら嫉妬する。1人、考え込む帰り道。先程のあの反応を見る限り、きっと彼女は覚えていない。いつか彼女が俺へとくれた、チョコチップマフィンを。
はあー、つっかれた。家について、柄にないお嬢様制服なんて脱ぎ捨て、ほっぽる。…いや、ほっぽっちゃ駄目か。しわになる。しっかり、ブレザーからリボンのひとつまできちんと、ハンガーにかけて。…改めて見つめた制服。それに身を包んだ私はきっと、これまでとは別人だった。入学式のその日にイケメンから話しかけられるとか、どんな少女漫画?あんま読んだことないからわからないけれど。でも、これまでにイケメンでなくとも、誰かが私に入学早々、近づいてくるなんてそんなことはなかった。変なの…。自分が変わったのか、周りが変わったのか、最早どっちもなのか。わからない変化に戸惑いつつ、私はそういえばと、机の引き出しにしまった、ホワイトデーに文太から貰った白い小花のコームを手に取る。…これ、そのまま挿してもちゃんと留まりそうだな。どうしてかはわからなくても、確かに変わった今の私に、手にしたこれは何か相応しい気がして。まだつけたことないし、明日からつけてみようかな。ほんの気の迷いかもしれないけど、そんな時は自分の感覚に従う、それに尽きる。自分の生き方のそのままに、私はコームを机の上へと出して、置いた。
翌朝。一緒に登校する楓に、それはもちろんさっさとばれる。
「えっ、りっちゃんそれどうしたの?!」
「すっごく可愛い!似合ってる!」と、輝いた目で楓が見つめる先には、私の髪の左側、簡単に挿しただけの白い小花のコーム、それ。楓はそれを見て、とにかく「可愛い、可愛い」とはしゃぐ。
「文太から貰ったんだけど…」
「えー文太くんから?!さすが、文太くんってセンスあるなあ!」
ついでに文太まで褒められて、言われる私は何か恥ずかしい。て、文太褒められたって私には何の得もないじゃん…。正論で自分につっこむのに、何かが恥ずかしい自分はやっぱりそのままで。恥じらう、て私じゃないな。思うのに。
「りっちゃん、すっごく素敵!」
あんまり楓が素直に褒めちぎるから、やっぱり、私は恥ずかしくなった。
登校、3組。はあ、だる。今日は何があるんだっけ…。大雑把にしかその日1日の流れを確認していない私は、とりあえず席について、それから。
「作間さんっ!」
また知らぬ誰かに勢いよく苗字を呼ばれて、そちらを振り向く。今度は女の子の声だ。はぁ、まだよくわからんイケメンよりまし?自分の席に腰掛ける私が、見上げた先にいたのは、何やら黒に近い茶髪の可愛い女の子で。しかも、軽く巻いてる?髪が綺麗にカールしている。…まあ、いいんじゃない。個人の自由、好みだし。あとスタイル良くない?背はそんなにだけど。私とは対照的な見た目の彼女を、私はちょっと、ざっと見てからひとつ、返事を返した。
「…何?」
私の態度がどうにも機嫌悪そうに、素っ気なく見えるのは、初対面だろうが何度目ましてだろうが同じだ。私はこういうキャラ、人間。だから別に隠す気もない。そうすれば彼女は何か…恍惚?っていうの?そんな表情をして。
「私とお友達になってくださいませんかっ?!」
興奮気味に、そう言った。
「は…?」
いや、友達?んなこと言われても。まずは顔見知りくらいからで。そう思う私とは裏腹に、何かに興奮している様子の彼女は止まらない。
「お願いですっ!私、早川秋歩と申します!ぜひぜひ、作間さんのお友達にっ!」
がしっとその線の細い両手で手を掴まれて、最早これは…選挙?それっぽい。そんな感じで私へと迫る早川さんは、将来有望な議員候補なんじゃないかな。…押しの強い選挙だけが得意な、実力は定かじゃないやつ。余計なことを考えながら私はつい、早川さんの力強い押しから解放されたい一心で、頷いてしまう。
「わ、わかったから」
そうすれば最後。
「ありがとうございます、律子さん!」
急な名前呼びのそれは、強制的な友達の証だった。
「楓ちゃん、3組の作間さんって知ってるー?」
へ?りっちゃんの苗字。それを、私は昨日お友達になったばかりの小百合ちゃんから出されて、戸惑いからつい一瞬固まる。も、もう何かりっちゃん注目されちゃった?中学2年生の時には、りっちゃんはほんの一部の人からとはいえ、虐められていたから、その質問には何か意味があるのではないかと、私は変に深読みしてしまう。内心1人、惑う私に小百合ちゃんは言った。
「すごく可愛い女の子なんだけど、楓ちゃんのお友達なんじゃないかって、噂流れてて」
「…ああ!」
続いたその言葉の中の、「可愛い女の子」に私は、安堵のあまり声を上げてしまう。な、何だ、そういうこと…。りっちゃんが可愛いから。悪い意味じゃなかったんだな。そう安心して私は、自慢の友達を素直に、そのまま自慢した。
「うん!りっちゃんと私は幼なじみで、親友なの。クラスは別なんだけど、毎日一緒に下校してるよ!」
言えば、優花ちゃんが「へぇ~」と興味深そうに相槌を打って、それから。
「3組って、宍戸くんいるし、当たりクラスだよね」
宍戸くん?誰だろう。また何かわからない人名が、優花ちゃんの口から出てきて、私は頭に疑問符が浮かぶ。一方春菜ちゃんは、スクープを得た記者さんみたいに、興奮気味に言った。
「宍戸くんと作間さんって、付き合ってるかもなんでしょ!」
…え?
「え?鳳明のエリートイケメンと付き合ってるんじゃないの?作間さんって」
いや、え?
「楓ちゃん、何か知ってる?」
「…え、ええ…?」
春菜ちゃん、小百合ちゃんから矢継ぎ早に驚きの話が出て、最後に優花ちゃんからそう聞かれ、私の口からは止まりかけのオルゴールのような、動揺に満ち満ちた声が漏れ出る。待って、鳳明のエリートイケメン…は文太くんのことだから間違ってない。でも、宍戸くんって?一体それは誰?りっちゃんがそんな、周囲から酷く勘違いされるようなことを、高校生活2日目でもう噂されるくらいに、果たしてする?…有り得ない。りっちゃんは男の人が駄目。それは文太くんと付き合っている今でもそう。中学卒業の打ち上げ、小学校の頃のお馴染みのみんなとしたそれ。りっちゃんは謙くんからの好意に気がつき、あんなに様子を一変させてた。なのに、高校入学直後で、そんな勘違いをされるようなこと、少なくともりっちゃんからするはずはないんだ。そうすると、そんな噂が立つようなことをしたのはその、宍戸くんとやら…?考えながら私は、確かな情報だけを3人に、伝える。
「りっちゃんの彼氏さんは、鳳明高校の人だよ」
「そうなんだ!」
「え~私、宍戸くんかと思っちゃった~」
こんな噂、りっちゃんの耳に入る前に消えてくれないかな。きっとりっちゃんは文太くんとの噂が流れていることは、知っても気にしないと思う。…けれど宍戸くんという人と、良い仲なんじゃないかってそんなのは、違うだろうから。
正直私の中では友達になったつもりはない。顔見知りどころかまだ、他人レベルのそいつは、けれど隙あらばこっちへとやって来る。
「律子さん、昨日はそちらの髪留め、されていませんでしたよね?とっても可愛いです!」
育ちの良さ…なのか。とにかくそういう丁寧な話し方がよく似合う…何て言ったっけ、ええと?
「あー…名前何だっけ?」
「早川秋歩です、律子さん」
「ああ、そう、それ」
早川さんは、万理華とは全く属性の違う、ほんとのお嬢様って感じで。貧乏育ちな私とはまた正反対。まあ、私の1番の友達の楓だってそうだけど。にしてもこの子は何故私に拘るのか?早川さんは、とにかく私への押しが強い強い。
「そうして留められるのもよいのですが、髪を結ったりはされないのですか?」
前のめりに、何か力説するように問われて、そういえば文太もそんなこと言ってたなと、私はぼんやりと思い返す。いやでも、文太に会う時に髪を結って、文太から貰ったこれを使うのは何かわかる。でも早川さんのために、何故私は髪をわざわざ結ばなければならないんだろうか。自分の中で、顔見知りですらない相手のために。何かひねくれたことを思って、私は早川さんへとつい、雑な返事を返してしまう。
「しないけど」
雑っていうか、いつにも増して素っ気ないか。そう言えば、なのに早川さんもダイヤメンタルか?全く臆せず、私の言葉に傷ついた様子もなく、普通に続けた。
「まあ、もったいないです!律子さん、とっても髪綺麗なのに!」
「あっそ」
それに対して私も全く普通に、即座にそう返した。
作間さんと関わりたいけれど、昨日ものすごく嫌そうな顔をされてしまったしなあ。そもそも覚えていないのなら、こんなのは俺の独りよがりなわけであって。…何かのきっかけで、思い出したりしてくれないだろうか。そもそも、昨日見た彼氏っぽい人。そいつに、悪いか。ただのクラスメイト、とはいえ、自分の知らないところで誰か、他の男が彼女へと近づくのは。どうしても、関わりを持ちたくて。欠片でいいから思い出してほしくて、俺はクラスの女子と話している様子の作間さんを、見つめてしまう。そもそもが欠片なのだ。なのにその更に欠片を、なんて。無理を言っているのはわかっているけれど。紺藍の髪、左側。白い花の髪留め。昨日はしてなかったな、彼氏から貰ったのかな。ああいうのが好きなのかな。俺は作間さんに、何が返せる?関わることさえ何か拒まれ、彼氏のようなそれまでいた様子の昨日を経験しては、俺は作間さんへと踏み出すことが少し、恐ろしくなっていた。
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