お裾分けの青春

「よお!」


あれから無事にちびロリとは連絡が取れて、俺は互いの土産物交換のために、この日ちびロリと約束した駅で待ち合わせる。時間より早く来た俺の、少し後に来たちびロリは相変わらず…。


「よ」


「おう。…背ぇ縮んだか?」


「死ねよこのクソ」


どっからどう見たってやっぱ、ちび。150あるかないか。去年の12月に再会してから、いつ見てもそんくらいの背丈。楓は160あるのにな、パッと見。なのにこいつは、おまけに胸も尻もなんもない。折れそうなくらい細いだけのそれで、まー可哀想と思ったその時、俺ははっとした。…いや、このちびロリを好きな俺って、つまり幼女趣味…?やばい、それは法に触れる。いやでも律は同い歳だし。変なことを考え、自分に貶されたって黙り込む俺に、律は不思議そうに首を傾げる。


「…何、どうかした?」


「何でもねぇよ!」


それには思い切り、勢いよくそう返して、誤魔化しておいた。


でまあ、適当なカフェに入って、それぞれ約束のものを手渡す。


「はい」


律は俺に何を買ってきたのかと思えば、何と定番じゃがポックル。いやその辺でも買えんじゃねぇか!思ったそれは、俺ならではで、そのまま口に出る。


「いや何でこれ?!もっと他にあっただろ、北海道限定品!」


「ない、無理」


詰め寄ったってこのちびロリは当然知らんぷり。俺から顔を背けて、その無表情を崩さない。あーくそ…。真面目に選ばなきゃよかった。とはいえ、貰ったからには俺も、用意していたそれを渡さなければならない。はぁ、とひとつため息をつきつつ、俺は律へとそれを雑に渡す。


「お前なんかこれで十分だろ」


ひねくれて、強がって。そんな言葉と共に言えば、律は渡されたそれを見て、反対に目を輝かせた。知ってる、これで十分なの。我ながらよく知ってる。俺が律へと買ったのはイルカのマスコット。…可愛いやつ。律ってのは少女趣味だ。ぬいぐるみとか、こういう可愛いものだーい好き。だから、周りから茶化されながらも俺はそれにした。見た瞬間迷わず、これなら律が気に入ると思ったから。俺が言った通り、律はそれを受け取ると大事そうに抱えて、笑う。


「…へへ、ありがと」


全く可愛くない笑い方で、嬉しそうに頬を染めて。


どーしようかな、このイルカのマスコット。あの白兎のマスコットと一緒に、スクールバッグにつけてやろうか。そしたら何かそれは、私の鞄は叶恵にほんの1歩だけ近づくような。叶恵のスクールバッグは、もうマスコットがつきすぎていて、主役がどちらなのかはわからないほどだけれど。貰ったイルカを手元で軽くいじりながら、ふと顔を上げれば何か、謙がこっちを見てる。なのに目が合った瞬間それは、さっさと逸らされた。何…?不思議に思って、でもそうだ。運動着の謙に、その隣に置かれた、ラケットの入った袋。もしかして、この後試合か何かとか?試合じゃなくても練習とか?そっか、それなら長く付き合わせるのは申し訳ないな。思って、私は口を開く。


「ごめん、この後バドミントンだった?」


「え?あ、あー、いや…」


言えば、謙は歯切れ悪く、言葉を濁す。やっぱそうだったんだな。それを私は肯定だと受け取って。残っていた飲み物を急いで飲むと、席を立ちながら言う。


「帰ろ。悪いし」


「あ、お、おう。ありがと…」


何かに戸惑う謙なんて気にせず、私は自分の食器を返却口へと適当に、返した。


何かを勘違いされたらしく、そのままちびロリは帰っていった。「じゃあね、また」。別れ際ちびロリはそう言って、そのまま。…帰るんだろうか?それとも、楓んとこに勉強しに行くのかな。ちょっと気になって、でも霊峰青海への合格を目指す律は、確かにあの馬鹿さなら必死こかないと、青海レベルすら危うい…。なんて失礼なことを思いながら、俺も確かにこの後練習が控えていたため、少し早いがそこへと向かう。いつもの体育館。俺はみんなのような高校受験よりも先に、全国大会。そのトップを目指していた。



「文太はいいよなあ~、いっつも彼女尽きないじゃん」


「え~、そう?」


言われて、傍から見ればそうなのかと俺は思う。まあ実際、尽きないようにしているし、「彼女が途絶えたことがない」というのは、確かな事実だろう。でも、それは別に俺が女の子大好きとか、そういうわけじゃなく。


「ね、どうやったらそんなモテんの?というかこの厳しい男子校、進学校で、どうやったらそんな出会いと余裕と暇があんの?」


答えは簡単。本命のためだ。俺はただ1人の本命のために、全てを投げ打っている。全て、その人と自分との未来を繋げ、更にその先に行くための、経験に過ぎない。今いる彼女も、学校も勉強も、進路も将来も。全部が本命のための、糧だ。


「どうだろうね」


友達へと曖昧に笑って、俺は返す。中高一貫のこの名門校。彼が言った通りにここは男子校。にして進学校。全国屈指の。授業の内容は生半可なものではなく、気を抜けば皆どんどんと置いていかれる。脱落者、挫折者は時が経つほど数知れないだろう。でも俺はそれさえも、つまんない。俺が生きてきた中で見つけた、自分にも理解ができない天才は、彼女だけだった。


正直、青海程度の偏差値の高校に行くのなら、大した勉強はいらない。もちろん、気を抜いたら落ちることに変わりはないから、毎日きちんとそれはするけれど。周りのような緊張感、焦燥感は、ない。でも、俺には他に行きたい学校もないし…。好きな人を追いかけての受験、なんて、まるで乙女じみているが。…俺は男だけど。律は俺が「律と同じところにする」と言った時、笑っていた。信じていないのかな。それはつまり、律にとって俺は、眼中にないのかな。…一緒にデコレーションケーキを作ったやつ、の方がよかったりして。律のことになるともうずっと、もやもやして嫉妬ばかりの自分に、呆れて重たいため息が出る。かっこ悪。少なくとも律は、こんな俺は好きじゃないだろうな。律は、謙みたいな人が好きだって。昔からその側で律を見ていれば、よくわかっていたから。


本格的な受験シーズンにもう突入する。私は楓につきっきりで勉強を教えてもらいながら、霊峰青海の偏差値48に必死に食らいつく。やっと覚えた、青海の偏差値。「りっちゃん、面接対策もしないとね!」。勉強の傍ら、休憩時間にはもうすっかり、何か吹っ切れた様子の楓からそう強く言われて。私は目をぐるぐると回しながら、とにかく人生初めての受験勉強に、必死でしがみついていた。



「お母さん、食器、ここでいい?」


「あら、ありがとう。ごめんね楓、気づかなくて」


「ううん、そんな」


りっちゃんと2人で勉強をする間。いつものようにタイミングを見計らって、甘いものを出してくれたお母さんへと、私は空いた食器を返しに行く。ちょっと前までは、お母さんから料理を習う時以外は、簡単に立ち入ることの出来なかったキッチン。今はもう、私はそこに何も聞かなくたって、入ることが出来る。そうして当たり前に、洗い場のすぐ横に空いた食器を置いて。ふと、お母さんを見れば、お母さんも私を丁度、見た。2人で同時に見つめあって、微笑み合う。


「りっちゃん、大丈夫かしら」


「大丈夫だよ、りっちゃんなら」


あれから、お父さんは変わらず忙しいけれど、お母さんと前よりもっと仲良くなって。私はちょっと、ううん大きく進学先を変えたけれど、その分お母さんと2人で、この家を支えることが出来ていて。みんなが優しく笑い合える、そんな世界が私は1番いい。好き。もう、迷わない。出た私の答えはこの先永遠に、揺らがないって、信じてる。


受験シーズンって本当怒涛だ。そのまま勉強、勉強、勉強…。1人になっても夏休みになっても秋が来てもずーっと勉強。その間に何かイベントあったっけ?あっただろうけど忘れた。今の私には、全てのことが無縁。これが、3月近くまで続くの。ていうかこれを去年先にやってた楓って。これまでの受験生って。先人達のその偉大さを、私は改めて痛感する。もう無理。痛感ついでに頭も痛い。10月の夜更け。1人、勉強机に向かう私の頭は、多分もうオーバーヒート。ああああ…。謙や宙からも、7月くらいからもうすっかり、何の連絡もない。あれだけ毎日のようにした電話なんて、1個も。気遣われてるのはわかってる。それほど私は馬鹿だから。青海ですら危ういレベルの馬鹿だから。…でも、寂し。ちょっとね、ちょっと。言い訳のように付け足して、それから、ならこんなのさっさと終わらせてやろうと、私はまた気合いを入れ直した。



「律、律!」


遠くから段々と、近くに声をかけられて、私ははっとする。驚いて顔を上げれば、そこには私の席に来ているこやたの、心配そうな顔があった。あ、あれ?惑いながら私は応える。


「…何?」


状況がよくわからない。いつの間に、こやたは私の前にいたの。というか、私の席にわざわざ。あんまり私が不思議そうな顔をしていたんだろう。こやたは私のそんな心の声を聞いたように、言う。


「よかった。全然返事しないから、壊れちゃったかと思ったよ…」


ふざけたこと言ってるのに、その顔も声も大真面目。…あれ、私、勉強のしすぎで周り見えなくなってきた?手元には当たり前に、参考書。いつからかもう、あれだけ自分の使命のように感じていた家事さえおいて、「任せて!」と快く引き受けてくれた母達にそれをぶん投げて、勉強漬けの日々。全ては楓と一緒に、全日制の高校に行くため。…楓がやっと見つけたという、夢を叶えるため。うん、大丈夫。ちょっときついけど、でも。


「ごめん、何か用?」


気を取り直して聞けば、こやたはこやたらしい、愛嬌のある笑みで、私へと何かを差し出す。そうしてこやたは言った。


「ああ、そうだ。はい、これ。律、毎日あんまり頑張ってるから、たまには息抜きしてね」


「ん?」


何だろう。小さな袋を渡されて、中を覗き込めばそこには更にラッピングされた、チョコチップクッキーが。…え。驚いてこやたを見上げる私に、こやたは言う。


「…内緒だよ?」


その人差し指を、口元に寄せて。…は、何だ。こやたって結構悪いとこあるんだな。中学なんて当たり前に、お菓子の持ち込み禁止なのに。私もその悪さにつられてつい、笑顔を返してしまった。


やっぱこやたってお菓子作り上手いなー。これ絶対あいつの手作りだ。貰ったチョコチップクッキーを食べながら、私はその日の夜、自室でまた勉強に明け暮れる。明け暮れると言えば、謙も毎日毎日昔から、寝ても醒めてもバドミントン。…その感覚はこんな感じ、なのかな。全然違うだろうけれど、少しだけこれに似ていたりするのかな。つらくても、しんどくても、止まっちゃいけないこの感覚。でも謙は自分のためだけじゃない。我儘に、自分の未来のためだけじゃない。周りの、目にも耳にも入らないような誰かの期待。それのためにも、止まれないんだ。…何か、そう思うと。苦い心の割に、私が口にするチョコチップクッキーは、甘い。あいつ、レシピ通りに作ったかななんて、私はその甘さをこやたのせいにした。


10月は一応合唱コンクールというものがあったが、ほぼ覚えていない。当たり前に、私の小さい脳みそでは、受験勉強だけでキャパオーバー。歌なんて歌ったか?私。惚けて聞けば天音に、「律子ちゃん、歌ってたでしょ」と、控えめに可愛く笑われたのは覚えている。そのまま11月。何か11月は梨々花がよく絡んできたような…。「りっちゃん目が死んでる~!」て。そりゃ死ぬわ。それからあっという間に12月となって、今年は。


「なあー、一瞬、一瞬でいいからさ、また今年もどっか行かね?」


25日にまた去年と同じく、私は謙から誘われていた。知ったもんか。今年の私は忙しい。だから私はそれを、受験勉強を理由にそのまま断る。


「やだって。今年は無理」


大体もう、25日を意識なんてしていない。そんなか弱い私は去年までのこと。なのに謙は。


「頼む!お願いっ!5分でいいからっ!」


何をそんなに必死になってるのか。数ヶ月ぶりに電話してきたと思ったらこれ。5分って。むしろ逆にもったいなくね?私はとにかく必死な様子の謙に、適当に「考えておく」と伝えると、うるさい電話なんてさっさと切った。


…あー、切られたか…。ううくそ。まあでも、もう自分の誕生日のことなんか、去年で吹っ切れた上に、今年は受験に忙しい律のことは、わかる。もちろんわかる。俺の周りだってとにかく受験勉強、そればっかで大変そうだ。俺はまあ、スポーツ推薦だからそこまでじゃなくて、周りからすれば気楽に見えるんだろうけど…。でも、だからクリスマスに遊びたいわけじゃない。それも25日のその日になんて。あ~、5分でいいんだよな、ほんと。どうしたら律は俺からの誘いを受けてくれるか。俺はいつものように頭を抱えて、悩みこんでいた。



「るーちゃんは私立行くんだって」


「えーすご。さすがルミカんちってお金持ち…」


「私、彼氏と同じとこー!」


「あーずるい!そーいうの羨ましいー!」


10分休み、学校の廊下。3学年のクラスが並ぶそこで、梨々花達が口々に、進路の話で盛り上がる。ルミカは愛が言った通りに私立のお嬢様高校。梨々花は自称した通りに、その大好きな彼氏と同じところを目指しているらしく。そうして叶恵は結局どこに行くのかって聞けば、偏差値30くらいのとこだと答えて。え、それ大丈夫?不良だらけなんじゃあ。心配する私達に叶恵は言う。


「まじ楽しみだよね~」


さすが、前向きギャル戦士のセンター。叶恵は自分の先の心配など、良くも悪くもしていなさそうだった。


あれから謙から、たまに25日のことについてメッセージがくる。「行かない」と返したって、何かこの時の謙はしつこくて、「5分でいいから頼む」の繰り返しだった。「無理」、「どうしても」の応酬。結局その応酬に果てはなく。学校は冬休みに入り、今年もまたこの25日を、私は迎えた。


今年の25日は、楓と1日勉強に明け暮れて過ごす。というかもうずっと、私の毎日は夏からずーっとこう。楓と2人、本当に二人三脚で、霊峰青海なんていうあんまり頭の良くない学校を、馬鹿みたいに必死こいて目指して。おかげで私の成績はうなぎ登り。良くなった。あれだけ万理華に”赤点常連ちゃん”と呼ばれていたのに、今では低くても、学校のテストの点数は80点を超えてきていた。取れる時は98点、100まであと一歩。「これならきっと受かるよ、大丈夫!」と励ましてくれる楓の笑顔に、私もやる気が何度枯渇したって、その度新しく満ちてくる。頑張ろ。でも今日はちょっと疲れたから、「誕生日なんだし、今日くらい早めに帰ってもバチはあたらないわ」と、気を遣い、早めに帰してくれた楓のお母さんの言葉に甘えて、私は家までの途中にあるコンビニに寄る。そこで安めの焼き菓子をひとつ買って、自分へのご褒美。へへ。楓のお母さんが言う通り、たまにはいいよね。思って、いうものぼろアパートに帰りつく。うちは2階。結構急勾配な、本当に古い階段を上がって、うちのドアの前を見ればそこには。


「やーっと帰ってきた」


「は…?」


もう他はすっかりと暗い中、ぼんやりとうちを照らす灯りの下。相変わらずの運動着に、ラケットを背負った謙の姿。は、え。いや、今日は。5分だって嫌だと言ったはずなのに。強引にもやつはそこにいる。そして謙は驚き、呆気に取られる私の前に来ると、何か押し付けるようにして渡してくる。


「じゃあなっ!」


そんでそのまま、私がそれを何なのかと、確認する前にやつは走って去って行ってしまった。…足、速…。色んなことに呆気に取られている間に、謙の姿はもう遠く、どころか見えない。そういえば、何渡された、私。ふと思い出して、確かめるために謙から渡されたものを持つ、自分の両手を見てみる。そこには淡い黄緑の毛に、真っ赤なリボンを首元に結ばれた、ホーランドロップの小さなぬいぐるみ。…え。何…。これの意味は。でもやっぱ「5分でいい」とあれだけ頼み込んで、結局1分もかからずに私との会話を終えた、謙からのこれは、やっぱ。誕生日の、それ?わざわざ?何だあいつ。私にこんな貢いだって、何にもならないのに。だけど嬉しくて、心があたたかくて、どこかくたっとしたその小さなホーランドロップのぬいぐるみに向かい、私は微笑んだ。


妹の律は、受験勉強真っ只中だ。姉の私にそれはなかった。家を支えるため、5つ下の妹を守るため。働くために、私は定時制の学校に通うことを、決めていたから。…本当は、わかる。姉妹だからかな。妹だって多分、母のため祖母のため、似たような道を心に決めていたのだろう。…それは私の、ためでもあって。でも、私も母も祖母も、律にだけはその道を歩ませたくなかった。もう、普通の子供に戻っていいんだよと、ずっと言ってあげたかった。25日。この日は律の誕生日。律が生まれた日のことを私は覚えている。多くに望まれて、あの子は生まれた。お母さんも私もみんな律を待っていた。…お父さんだって…。少し感傷的になるのはいつだって、6月と12月だ。それでも今日は律の誕生日。律の大好きなトマト煮、作らなくちゃ!私あんまり料理得意じゃないけど。にしても律ってモテモテだな。皆川謙って名乗った背の高い男の子。私はその子を家に上げなかったのに、それでもその子はうちの扉の外で何時間も律を待っていた。いつ帰るかもわからない律を。青春。そんなものも私にはなかったから、まるで律が私へとそれを少し見せてくれたようで、ちょっとした不思議と幸せを感じていた。

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