2人目 ② 転生先でも営業トーク
「ギルバード港、そろそろ着きますよ」
「はーい、ありがとうございます」
クルーからの案内を受け、セオルは下船の準備を始めた。
父オルマに持たされた、100万ゴールド。
このお金でできる限り遠くに行け、そう渡されたお金だ。
そうして馬車や船を乗り継ぎし、長く遠い道のりの果てにたどり着いた。
港町ギルバードでは、海運業者や商人たちには人気の商港らしい。
文化も地域も違うが、言語は同じ。
そう聞きつけ、今まで聞いたこともない港町を目指して、セオルはようやく降り立った。
「さて、これからどうしたものか……」
生活していくには、お金が必要。
セオルの喫緊の課題は、生活の糸口を見つけることだ。
「どうか私を雇ってください!」
いくつもの商会に顔を出し、頭を下げるセオル。
しかし、まったく相手にもしてもらえない。
働いた経験もなければ、商品の知識も深いわけではないのだ。
「期間限定で働いてみる、というのはどうだ?」
そう言ったのは、ルイビ商会代表のルイビ・エルボンだ。
ちょうど人手が欲しいと思っていたところで、とりあえず様子を見たいとのことだった。
「ありがとうございます!ご期待に応えられるように頑張ります!」
* * *
それからというのも、セオルはバリバリと働いた。
契約社員としてではなく、正社員としても認められた。
意外とサラリーマンとしての経験がここで生きてくるんだな。
そうスクリーン越しに、セオルの頑張りを応援していた。
「ほんとですか!」
半年もすると、さっそく出世の話が入ってきた。
店先で何年も働いている店員がいる中で、かなりのスピード出世の話だ。
しかも、次の仕事は、セレブ御用達のセールスを行うことだった。
商会代表のエルボンは、セオルの誠実さと顔立ちの良さに、貴族婦人たちの受けがいいと考えたのだ。
「もちろん受けさせていただきます」
* * *
豪邸の前に馬車が到着する。
「お待ちしておりました、セオル様」
「お出迎えありがとうございます」
執事に迎えられ、豪華絢爛な客室に通される。 ウキウキと嬉しそうにセオルを迎えたのは、ジュイン伯爵婦人だ。
「セオルちゃん、楽しみに待ってたのよ」
「奥さま、本日もよろしくお願いいたします」
ちょっとした日常会話。くつろぎのティータイム。
そうしてようやく、セオルはトランクを机にあげ、婦人に中身を見せた。
「新作のラインアップはこちらになります」
「まぁどれも綺麗じゃないの」
「どれもお似合いになられると思いますよ」
トランクの中には、どれも高級な宝石が埋め込まれたブローチやネックレスのアクセサリーだ。
どれも市民には何年かけても手が届かない価格帯のものばかり。
「こちらはどうかしら?」
「とてもお似合いになります」
鏡にうつる自分を嬉しそうに眺める婦人。
透き通った緑色に輝く宝石は、婦人の首元で輝く。
「そちらは、エメール宝石の中でも珍しく大きく採掘されたものを、世界一の加工職人によって、作成されたものになります。世界に二つとない限定商品となっております」
「あら限定なの、そう言われるなおさら欲しくなってしまうわ」
セレブたち、彼女らは多くの場合値段を見ない。
しかし、高すぎる商品を売ると、関係は長続きしないのだ。
そう、セオルの仕事は、商品を買ってもらうこと。
そのためには、貴族家それぞれの懐事情の把握が必要になってくる。
「これをいただこうかしら」
「奥さまにピッタリの商品だと思い、選んできて正解でした」
このネックレス、値段はなんと1,200万ゴールド。
一般市民の大家族が5年は暮らしていけるほどのお金だ。
ジュイン伯爵領は牧畜で有名であり、近年シルクの値段が上がった背景を受けて、湯水のようにお金が湧いてきている。
つまり、売れる見込みをつけて、最高の商品を持ってきたわけだった。
「今日はこれだけにしておこうかしら……」
お金に余裕はあれど、婦人もネックレスがかなり高価であること理解している。
しかし、もう一押しセオルは攻める。
「こちらのイヤリングもエメール宝石でして、そのネックレスとも非常に上手くマッチするかと思うのですが、いかがでしょうか」
「そうかしら」
鏡にうつる自分の姿に、つい顔がほころぶ婦人。
しかし、少し悩む様子も見せる。
「そこでなのですが、今回ネックレスを購入していただけるということで、こちらのイヤリングはお安くしておきます。どういたしますか?」
「そ、そうなの。せっかくそうしていただけるのなら、買わせていただこうかしら」
「ありがとうございます」
そうして、合計の値段は1,500万ゴールド。
今日は特別稼いだが、これが意外にも、さまざまな貴族宅でたびたび起こる。
他人のセールスをまじまじと見る機会もないためか、なかなか見ていて毎回面白いものだった。
* * *
しかし、事件は突然起こる。
「セオル、お前これは本当なのか……」
「えっと……」
商会代表のエルボンがセオルを問いただしていた。
港町ギルバードのローカル新聞に書かれていたのは、セオルのユニークスキル『借金地獄』についてだった。
本来は本人しか知らない情報。
しかし、商会連合に登録する際に、鑑定を受ける必要がある。
本来はルイビ商会にさえも秘匿される情報だ。
しかし、今回はそれが、どこかから漏れ出たのだ。
「あいつらだろうな……」
「やっぱりそうですかね」
ルイビ商会は、とくにセオルを婦人向けセールスを頼んだ時期から、売り上げが鰻登りに上がっていた。
それをよく思わないライバル商会も多かったのだ。
その中でも、法律ギリギリで手を出してくる荒々しい商会も存在したのだった。
「スキルについてですが、すべて事実です」
「そうか、そうか……」
商会としても、セオルを失うのは、損になる。
いったんは、セオルをそのまま受け入れる方針で進めていく運びとなった。
しかし、数日でもう一転。
「すまんな、セオル……」
「そうですよね……」
縁起の悪い社員を働かせている、ルイビ商会から買わない。
そういった声が出始めてしまった。
セレブたちからその声が一度出てしまうと、代表も選択肢はなかった。
やっぱりこうなってしまうのか。
私もそう感じつつ、今までの頑張りを全て見てきただけに、セオルの辛さが伝わってくる。
「本当に申し訳ない」
「いえいえ、こちらこそご迷惑おかけしました。今までありがとうございました」
セオルは、そう言ってルイビ商会を後にした。
その晩、セオルの姿は港町ギルバードにはもうなかった。
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