第2話 借金地獄の冒険者①

朝もやの中、豪壮な屋敷の門が開かれる音が響いた。

セオルは15歳の誕生日を迎え、背筋を伸ばして立っていた。


彼の前には、厳めしい表情の父オルマが立ちはだかる。


「セオル、約束の日だ」


オルマの声には冷たさが滲んでいた。


「はい、父上」


セオルは平静を装いながら応じた。

オルマは重々しく息をつき、懐から分厚い封筒を取り出した。


「これが、お前への最後の贈り物だ。100万ゴールドだ」


セオルは封筒を受け取り、一瞬だけ躊躇した後、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」

「二度とこの屋敷に戻ってくるな」


オルマの言葉は、まるで呪いのように響いた。

セオルは黙って頷き、荷物を手に取ると、振り返ることなく屋敷を後にした。


その瞬間、天界でこの光景を見守っていたノゾミの脳裏に、15年前の記憶が鮮明によみがえった。


...


「ピンポーン、ピンポーン」


見慣れない白い空間に、突如として現れたインターホンの音。

困惑した表情の中年男性が、おずおずとノゾミの方を見つめていた。


「あの、ここは...」


ノゾミは慌てて資料に目を通し、できるだけ落ち着いた声で話し始めた。


「久野キョウさんですね。ここは天界です。私は、あなたの転生案内を担当します」


キョウの目が大きく見開かれた。


「転生...ですか?」


ノゾミは頷き、慎重に言葉を選びながら続けた。


「はい。あなたは...お亡くなりになりました」


キョウの表情が曇る。


「そうか...あの時の刃物は...」

「ご友人に...」


ノゾミは言葉を濁した。

キョウは苦笑いを浮かべた。


「あいつか...宝くじが当たったって言ったばかりなのに...」


沈黙が流れる。

ノゾミは、どう次の話題に移るべきか迷った。


「それで、転生というのは...」


キョウが口を開いた。

ノゾミは深呼吸をして、説明を始めた。


「はい。あなたは新しい世界で、新たな人生を歩むことになります。剣と魔法のファンタジー世界です」

「まるでゲームの世界みたいですね」


キョウの目に、かすかな興奮の色が浮かぶ。


「そうですね。そして、あなたには特別なスキルが与えられます」


ノゾミは言葉を選びながら続けた。


「ユニークスキル『借金地獄』です」


キョウの表情が凍りつく。


「借金...地獄?」


ノゾミは慌てて説明を加えた。


「このスキルは、マナという魔力を前借りできる特殊なものです。ただし、利子付きで返済が必要になります」


キョウは複雑な表情を浮かべた。

しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと頷いた。


「わかりました。この新しい人生...精一杯生きてみます」


キョウの声には、決意が滲んでいた。


ノゾミは安堵の表情を浮かべ、手元のスイッチに手をかけた。


「では、新たな人生の幕開けです。幸運を」


スイッチを押すと、キョウの姿が光に包まれ、徐々に消えていった。

ノゾミは深いため息をつき、椅子に深く腰掛けた。


「初めての案内...うまくできたかな」


彼の目の前のスクリーンに、幼いセオルの姿が映し出される。

新たな物語の始まりを、ノゾミは見守り続けるのだった。

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