第54話 ここでは無い場所で
原始の森で、ソルが出会ったもの。
なにもない場所。だが居心地がよい暖かさがあった。心が落ち着く柔らかな気持ちになれる空間だ。
いつの間に、こんな所に来たんだろう。私は、そう思いながらも暖かな空間で微睡んでいた。
ありがとう
声がする。そちらの方を見ると、何者かがあるのが分る。だが、それがどんな姿かたちをしているかは、判らなかった。
貴方は、どなたですか
私は、そうだね、この世界の根源のようなものかな。この世界は、随分長いこと別の存在に囚われていたんだ。
君たちの言う、物語にね。
なにかの拍子に、波長が合ってしまったのだろうか。似たような世界観、似たような人々が描かれたものに。
厄介な存在に見込まれ、いくら繋がりを絶とうとしても躱されてしまっていたんだ。
物語を真似た出来事が積み重なり、この世界は歪んでいった。
君が見つけた、楔をいつの間にか打ち付けられていたようだね。あれは、私には見えなかった。
すうっとその存在の哀しみが伝わる。ほんの少しの切っ掛け、他の存在のほんの少しの悪戯、いや悪意だったのかもしれない。そこから逃れられない苦しみ。
それにより、歪んでしまったこの世界の有り様。
他の存在が悪戯に齎した、他の世界のモノ。それが悪意を振りまき歪んだ世界。止めようもなく変質していくその姿に、ただ、哀しむしかなくて。
聖女という存在が、勇者という存在がもたらされ、勝手に己の心のままに堕ちていき、世界をくすませていく。
別の世界の者を呼び込んだだけではなく、別の世界のモノの意識を植え付けられた者もいて、それに踊らされる者。
結果などわからない未来を勝手に捏造し、思い込み、ねじ曲げて、その存在をその物語を確定させてしまう者達。
方向性も目的も自分勝手に思い込む者達。
自分で自分をねじ曲げていながら、そうではないと喚く者達。
ウンザリするほど思い込んで、世界を貶めてく。世界を固定させていく。
それによって世界が歪み、くすみ、崩れていく。
それによって、溢れる瘴気。
世界樹を浄化する役目を持つ守護獣。彼の者は、そうした歪みから生じる瘴気を身に受けて浄化を施そうとしていた。そして、時間はかかるが浄化はできていたのだ。
だが、勝手に名乗る聖女と勇者が、やって来ては浄化が済んでいない世界樹の守護者を殺してしまう。かの者は魔王だと一方的な理屈を主張して。
守護者を殺してから聖女によって成された浄化は、結局瘴気の元まで消し去れない。
守護者は蘇り、その瘴気を身に受けながら浄化をしようとするが、再び聖女と勇者がやって来て守護獣を殺してしまう。
いつまで経っても、この場所の浄化が叶わなかったのだという。
勝手に決められた、浄化は聖女が行うものという物語。
それを利用して、様々に歪められていく世界。
君を選んだのは、私だ。君をこの世界に組み入れたのは私だ。
だが、申し訳ないが君が必要だったわけではない。この世界を再び、回転するようにしてくれる存在であれば、なんでも良かった。様々なことを試み、漸く、辿り着けた。次へと進む道へ。
ありがとう。
歪ませたモノが、通路を開いた所に、歪んだものの望まない、近くにいたものを引きずり込んだものが君だった。
今以上に歪むのか、それとも大きな流れを取り戻してくれるのかは、賭けだった。
これが失敗したらまた違う方法を試そう、その位のモノでもあった。
本来、外にいるあの子が君になるはずだった。私が君を招いたせいで、あの子は近くの違う娘となったが。あの子に入れられる筈だった者もズレたようだ。
君という存在が、彼らの齎した物語の呪縛にほんの小さな罅を生じさせてくれたらと、そのくらいしか期待していなかったんだ。
ありがとう。この世界は、やっと歪むものから開放される。彼の者が、此処に、干渉することは、もうないだろう。
物語との波長がズレてしまったから。
楔も消え去ったようだ。
彼の者が齎したものは、消えた。それによって力を得たものは、その力は消失した。
そうなんですか。何が無くなったんですか ?
彼の者がこの世界に呼び寄せた者の力、勇者となのるものの剣とその力。
彼の者がこの世界に呼びよせた者の力、聖女となるものの魔力。
彼の者がこの世界に呼びよせた者の力、行く末を示すための魔力。
それならば、私の力もなくなったのかな。ぼんやりと思った。
いいや。君の力は、私が与えたものだ。失われることはない。
そんなんで良いの ? そう思った。
それで良い。この世界には勇ましき者と名乗るだけの者はいらない。この世界には聖なる者と名乗るだけの者はいらない。
穏やかに自分がすべきことをし、流れるだけでいいんだ。
ステイタスという呪もこれで徐々に消えるだろう。己を縛る必要はもう無い。
ステイタスって、呪いなのかな。便利な気がする。
最初から、自分の才能がわかっている方が、効率的じゃないのかな。
ステイタスは、自分の才能や可能性を近視的に判断して、却って可能性を見失わせてしまう。
効率的。君は、生きていくのにその効率的というのが、大事だと思っているのかい。遠回りしてでも、様々な方向から自分自身を見つめるのは、意味がないと思うのかい。
効率的、君は自分の行動をすべて効率的だからと言って決めてきたのかい。
ああ、そうですね。知らないから、遠回りしたから。無駄だとは思えないですね。
そうだよなあ、思い込みって視野を狭くする事、あるよなあ。見えるから、判った気になってしまうのかな。
そういえば、センスの問題で獲得しやすいかどうかはあるけど、努力次第で魔法の全属性って使えるって言ってたなあ。聖魔法だけは誰でもっていうわけにはいかないけどって。
君等の元いた世界にもステイタスなんて無かったろう。本来は、必要ないものだ。
君はこれから、また自由に進めば良い。なんの
いや、君には元々何も柵はなかったね。来るであろう未来を知っていると思っていながらも、他の者たちの様に狂おしいまで、その物語をなぞろうとしなかった。ただ、自分として淡々と生きていた。
おかげで、物語から逸脱できたのだ。
君のその髪の色と瞳の色は、私がつけたモノだ。印としてね。彼の者からの目くらましとしても。
でも、役目が終わったので、元の色に戻そう。
ありがとう。
最後に、何か望みがあれば聞こう。
では、私の聖魔力を義姉に譲ってくれませんか。私は、聖女とか面倒臭いものやりたくないんで。魔力も少ないらしいんで、一緒に私の魔力を分けて貰えると有り難いです。
そうか。では、望みのままに。
それと、これを持って行くが良い。
一振りの杖を授けてくれた。
その存在はそう言って周囲に溶け込んだ。
あれは、神様だったんだろうか、或いは世界樹だったんだろうか。
わからない。でも、その場所はとても温かく安心できる場所だった。
「……ル、ソル。……しっかりしろ」
マリウスさんの声が、途切れ途切れに聞こえた。
戻ってきた。
スミマセン。ちょっと色々と立て込んでいます。
少々間が空きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます