第44話 閑話

 学園での日々。時偶、一行を学内で見かける。彼等は大概一緒にいる。クラスも同じ、ダンジョンメンバーとしても同じということもあるのだろう。


ヒロイン不在の為か、本来なら悪役令嬢のエリカセア様がグループの中心のように見える。いや、彼女と王太子殿下という感じかな。


 彼等は、向こうから声をかけてくることは無い。まあ、私も仕事してたり勉強してたりするから、見かけてもこちらから声をかけることもないけど。


さすがに学園内では助手に対して生徒が何か言ってくることはなかったようだ。


ただ、遠目でしか確認していないのだが、アルディシア様元義姉がちょっと顔色が悪い気がしないでもない。訓練やなんやかやでしんどいのかな。勉強の方も手を抜いていないようだしなあ。



 珍しくアルディシア様が一人、中庭のガゼボで休んでいるのを見かけた。

余計なお世話だとは思ったんだけど、アッサム先生に習って作った回復薬を持っていたので、


「あの、お疲れのように見えます。僕が作ったのなんですが、よろしければ回復薬は如何ですか」

と声をかけてみた。


こちらをギヌロって感じで一瞥した彼女は小さく溜息をつくと

「ありがとう。あなた、ソルだったわよね。

念のため聞くのだけれど、この回復薬を持って行けってマリウス先生が言ってたの」


「いえ、違います。僕が偶々、回復薬を作った帰りに通りがかっただけです。で、お疲れのようだったんで」


「そうよね」

大きく溜息をついた。


「ねえ、ちょっといい。聞きたいことがあるんだけど」

「はい。僕で答えられることならば」


「あのさ、ルーベラって人は先生のなんなの」

あー、そうですね。大いに気になる部分ですよね。


「えっと。僕も確かな事を聞いたわけじゃないので、はっきりとは判らないんですが。大切な人だって言ってました」


嘘は言ってないです。彼女は肩を落として、がっくりしたような雰囲気だ。

師匠は、そう思わせたいんだよね。師匠はどうにも聖女様が苦手のようだ。


「いつからなのかしら」

「一緒のパーティメンバーだったって聞いています」

「そう」


本当にガックリという感じで、何か哀れささえ感じてしまう。何かこれ以上話をするのも憚られたが、この場をこのまま立ち去るのもちょっと。


「まあ、いいわ。原始の森には同行してもらえるのだし。挽回する機会もあるでしょう。いえ、挽回して見せましょう !

ありがとう」


少し間を置いてからそう言い、渡した回復薬を一気に飲んで、立ち上がって去って行った。後ろ姿で軽くこちらに手を振って。


ねえちゃん、格好いいぜ。思わずそう思ったけど、口にはしない。

なんか良いもん見たな、そう思いながら師匠の研究室へと戻った。



 それから度々、同じ場所で彼女を見かける。私は大概そこを通るときはアッサム先生のところで調薬をした帰りが多いので、回復薬などをもっている。で、疲れていそうな時は回復薬を差し出した。



そんなこんなで、短い時間ではあるが、話をするようになった。


「ねえ、あなたいつからマリウス先生の弟子やってるの」


「学校に入学する前、冒険者見習いをしているときに知り合ったんです。で、その時に色々と教わって。学校を出た時に助手にならないかって話になったんです」

嘘は言ってない。


「ふーん。そんなに前からなんだ。

いいなあ、ちょっと羨ましいわ。いつもマリウス先生と一緒で。どんな話をしてるの」


「えっと。仕事の話や段取りとか、魔法陣の話とか、魔物の話とかですかね。どの魔物のどんな部位が高く買ってもらえるとか」


「先生が冒険者だった頃の話とか、昔の話とかしないの」


「しないですね。あとは鍛錬のやり方とか、体の効率的な動かし方とかの話とかはしますけど」


「そうよね。貴方相手じゃ、色気のある話とかしそうもないわよね」




彼女はぼうっと遠くを見ている。

「聖女様は、なぜこんなところで一人でいるんですか」


「ああ、そうね。時々、一人になりたくなるの。色々と考えちゃったりして」



「ねえ、ルーベラって人はどんな人なの」


「え、すごく格好良くて何でも出来る人です。といっても僕もそんなに会ったわけではないんですが。親切で色々とアドバイスをくれます。そのアドバイスが的確なんですよ。第二の師匠みたいな感じですかね。

それから、師匠も強いですが、ルーベラさんも凄いです。

剣よりも弓術が優れてると本人は言ってますが、剣術だってなかなかです。それから魔法も派手です。

師匠が炎系が得意ですが、ルーベラさんは水や氷系が得意です。この前一緒に採取に行った時に魔猿の集団にかち合っちゃったんですが、皆凍らせちゃったんです。凄かったです」


思わず熱く語ってしまい、気がつくと彼女はドン引きしてた。


「えっと。すみません」

「ふっ。まあ良いわ」


鼻で笑われてしまった。でも嫌味な笑い方では無かった。また、大きく溜息を吐いて。


「あーあ。嫌な女だったら良かったのに。あなたがそんな風に話すなんて、悪い人じゃ無いのね。残念だわ。まあ、それはそうよね」


しばらく黙ったままで、二人してベンチで座っていた。

「じゃあね」

そう言って、彼女は去って行った。


いつも、内容はルーベラさんや師匠の事が中心だけれども、ほんの少しだけのお喋りが、なんか楽しかった。



 ある時、こちらの顔をじっと見ているので、少し焦った。


「な、なんかついてます ? 」

「ああ、ごめん。あなたの瞳、右と左で僅かに違うなって」


コンタクトのような道具を使っているから、元の左右の色の違いでも出たのだろうか。


「いえ、光の加減では」

「そうね。そうかも。義妹が、妹じゃなくなっちゃったけど、そいつがオッドアイだったのよ。

なんか、それと重なっちゃったかな」


「妹さん、ですか」

「そ、もう義妹じゃないんだけど。なんか、変な子だったわ」

「変な子…」


「うん。今頃どうしているんだろ。ま、優秀な子だったから、どこに行っても問題ないと思うけどね。ま、貴方には関係ないわよね」


「妹さんだった人、嫌いだったんですか ? 」


「どうだろ。それ程近くもなかったし、でも思う程、遠くもなかったのかも。

優秀なのにおバカで、お人好しの、良い格好しいだったみたいだけど。

考えてみると、あんまり良く知らないわ。

そうね、大っ嫌いだったはずなんだけどねえ。

解らくなったわ」


そう言って笑った。

その笑顔が、ちょっと切なかった。

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