第39話 決意

 師匠の左足が再生された。聖魔法は本当に欠損した部位を復元できるんだ。


その場にいた皆は一瞬、誰も口をきけず再生された左足を見つめていた。


「原始の森まで、行って頂ける代償として行なった事ではありません。足の再生に対する対価は望みません。私がそうしたいと思ったから行なっただけです。

ですが、もし少しでもお心を動かして頂けたのならば、一緒に行っていただけませんでしょうか。原始の森の案内には、それ相応の対価が用意されております」


静かに微笑んだアルディシア様が跪いた体制で、師匠を見上げた。


彼女は少し顔色が悪い気がする。魔力切れを起こすところまでには至っていないようだけど、それに近い状態ではないのだろうか。


体調が悪くなったのを我慢しているみたいだけど、立ち上がると少しふらついて、エリカセア様が支えている。仲良いな。


王太子が師匠へ何かを口にしかけたが、エリカセア様が押しとどめたのが見えた。へえ、王太子はしょうもないけど、さすが婚約者様だけの事はあると感心した。


再生された足を見つめていた師匠は、少し間を置いてから、


「わかった。だが、案内を引き受けるには条件がある。ここにいる私の弟子のソルも同行させる。それが出来ないならば、同行はしない。

それともう一人、あの時に一緒のパーティだった奴にも声を掛けたい。引き受けて貰えるかどうかは、正直微妙ではあるんだが。

私にはブランクがあるからな。自分一人だけでは荷が重い」


 えっという顔をして今初めて気がついたかのように、後ろに控えていた私の方をアルディシア様が見てきた。


ほんの少し、気がつかない程度に顔をしかめて、戸惑っていたような気がする。一瞬だったけど。なんだろう、私だって気がつかれてないよね。


「判りました。では、よろしくお願いします」


「それと、今すぐに行くのは難しい。足が再生したと言っても、慣らしはしておきたい。出発時期はいつ頃になるんだ? 」


「原始の森へ向かうのは、春になってからと考えています」

一緒に来ていた王太子が説明をした。これから冬に突入するという時期に、態々森へ向かうのは、大変だ。


世界樹が瘴気に汚染されたと言っても、すぐに対応しなければならない状態でもないだろうと言う。


瘴気が充満したために周囲に巣くうようになった魔物がいるらしいが、季節によって危険度が変わることはない事も理由の一つらしい。


それなら自分達が活動しやすい春先の方が良いだろうということでその時期に向かうことが決定したという。


また、聖女様も聖魔法に目覚められたばかりなので、色々と神殿や王城で特別な修行 ? をするんだとか。


旅立の日程等詳しいことについては、後日打ち合わせに参加するということになった。



 三人が退出してから、師匠は大きく息を吐いた。しばらく、再生した自分の左足を撫でていた。


「師匠、原始の森に僕が同行するのは、無理だと思います」

三人が居る間は何も言えなかったが、師匠と二人になってようやくそう言うと、


「いや、お前には行って欲しい」

私が戸惑っていると、師匠は私をつれて資料室の方へ入り、遮音結界を張った。


「ソル、この足を再生させたのはお前だろう。ソラナセア聖女では、力が足りなかったんじゃないのか。

お前も聖魔法を持っているのか。それとも自分の魔力を貸し与える能力か。俺が魔力が見える話はしたな。足の再生時にお前は背中から魔力を供給していたのは、はっきり認識できた。足が再生され始めたのは、お前が魔力を注いでからだ」


その真剣な眼差しを受けて、嘘はつけなかった。

それでも口にするのが嫌で、頷いただけだった。師匠はどちらかなのかまでは問わなかった。


「多分、瘴気溜りの浄化は彼女だけではできないだろう。俺の足一本、再生するのが難しかったぐらいだ。

神殿などで修行をするとは言っていたが、それでもどこまで増やせるかは未知数だ。しかし、俺の足を再生してしまった。今の段階でも、それだけの力があると本人も周囲も思い込むことになっただろう。

春先に出るというのは、それなりに切羽詰まった状況なのかも知れない。あの魔力量では数ヶ月で増加するといっても、高が知れている。

お前の力を貸してくれないか。知られたくないならば、さっきみたいに彼女だけでやっているかの如くに振る舞えばいい。

実際、補助されていたことに気がついていないようだった。

だから、同行してくれないか。今回のことは、失敗すればどれだけの事態を巻き起こすのか判らない。

上手くいくためには、お前の力が必要なんだ。

でも、無理強いはしない。彼等にはああ言ったが、お前が行きたくないならば仕方が無い。

だが、考えてくれないか」


師匠は、真っ直ぐに私を見ている。


「少し、考えさせてください」

結局、その時には答えられなかった。そのまま夕食をとり、師匠と別れて部屋に戻った。



 聖女は瘴気溜りの浄化をするために旅立つ。だが、今代の聖女では力不足で私も行くべきだと師匠は言う。


いや、違う。私にも行って欲しいと行っているんだ。


そうだ、どちらを選択するのかは私が決めて良いんだ。ゲームの強制力だと考えれば、そうとも取れる。でも、本当にそうだろうか。


私は、今までだってゲームとして様々な事を選択してきたんじゃない。


本当にゲームの中で決められたことだけしかできないならば、物語が始まる前に退学になんかなるわけないじゃないか。これは私が自分で決めた事を行なった結果なんだ。


だから、ゲームに引っ張られて決める必要は無いんだ。自分がどうしたいかで、決めて良いんだ。


アルディシア様のあの様子では魔力が足りない可能性は否定できない。


瘴気溜りが広がり原始の森の中央にある世界樹が瘴気に完全に乗っ取られると、魔界との門が開くんだったけか。


この世界で平穏に生きていく上では、避けたい事態なのは確かだ。


色々な人の顔が浮かんだ。冒険者ギルドのミリィさんや、学園のルフィ様達、男爵家の人々、アンやカルロス。そして、ユリウス……。


私は、自分の意思で選択をしよう。そう決意した。



 翌朝、研究室に入ると師匠は既に来ていた。

「僕、一緒に行きます。自分がやれることはしてみようと思います」


そう告げると、嬉しそうに笑ってくれた。


「巻き込んでしまうことになるが、できうる限りお前の事は俺が護ろう。

そうは言っても、あの森で活動するには、今のお前では体力や技術など心許ない。お前が自覚しているように、今のままでは無理だ。だから出発前まで訓練で鍛えさせてもらう。俺も足慣らしをしておかないといけないしな」


師匠の言う訓練て、なんだろう。かの人はとてもにこやかな表情である。


それなのに何故だろう、ちょっと怖気立ちましたが気のせいでしょうか。取り返しの付かないことを言ったような気がしたが、もう遅い。

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