第30話 母よ
断罪劇は続いている。
「私はいつから君と愛し合ったのだろうか。君とは学園の同期ではあったが、そんな事実はなかったはずだ。ソフィリアは、誰の子なんだ。その頃の私には身に覚えがないんだが」
私が前もって知っているということも踏まえて、男爵様は切り込んでいく。
「あなた、何を言っているの。私には判らないわ」
「君の娘のソフィリアが、解毒薬を飲ませてくれたんだよ。もう、混同することはない。君の言葉を信じ込むこともない」
それを聞いて、ようやく傍らに立っていた私に目を向けた。
「何をしてくれたの。なんて役立たずなの。お前、自分が何をしたか判っているの、お前自身だって没落するのよ、平民になるのよ」
母が私を罵倒し続けた。そんなにぶっちゃけたら、駄目じゃないかな。
自分が男爵様の娘でないと聞いたのは、つい最近の話。執事さんの証言で判った事だ。
ほら、何人も父親候補がいるといってもその中に男爵様もいるかも、ってちょっとだけ期待したんだけど。いなかった。全部がはっきりするまでは、男爵様も口にはしなかった。
いやね、男爵様呼びした時点で、私が彼の娘じゃないと私が予測していたと、思われたらしい。それじゃあその扱いで、と言う事なのかも。ずっと心の中では男爵様呼びだったので、咄嗟の時にでちゃっただけなんだけれど、今更それは口に出せない。
本当にね、まさか男爵様が自分の父親じゃないなんて、まったく思ってもみなかった。母は、男爵様の囲われモノだって信じてたもんなあ。思い込みって強い。
誰かが通ってきてたのはなんとなく判っていた。でも、その時は別の部屋に入れられていたり、外に出されたりしていたから相手を見たことはなかった。考えてみれば、複数人いたのならば娘には会わせないよな。娘が何を言うか予想がつかないから。
魔法薬は私と義姉をすげ替えるためだけだと思っていた。私と義姉をすげ替えて何の意味があるんだろうと思ってたけど、先妻憎しなのかなと漠然と考えてた。
でも、母が自分をすげ替える為ならば、大きな意味がある。そっちだったのね。
結婚してからも薬を飲ませたらしい。で、同じ年ぐらいの愛しい娘とどうでもよい娘が家の中にいるわけだ。母だけでなく娘もその入れ替わりにしたと。
母の子供を自分の子供と認識させるのは、母が成り代わるために重要だっただけだ。貴方は私と、こんな大きな子供がいるぐらい前からいたしてたんですよ、と言うわけだ。私の方は、補強のためのオマケだったんだね。
まさか、母自身も含めてなんて想像もしていなかった。ゲームによる先入観があったのかも。ゲームでは義姉は先妻の子で虐げられていた。後妻のヒロインは可愛がられていた。男爵様は後妻にゾッコンだという話をする部分があったのだ、悪役令嬢側で。
本当はね、ショックを受けてはいる。ゲームによる先入観で、事態をきちんと把握できていなかった。自分が思っている以上の状況だったためか、ちょっと感覚が麻痺しているかも。
これ、最初から想定していたならばこの休暇期間に解毒薬を、使っただろうか。3年生の終了時、もしくは学園卒業を待ってからだったかもしれない。
でも、今、使って良かった点があるから、結果オーライと思うしか無かった。
何故かと言えば、体調不良の時に飲んでた薬、あれが毒だと判ったからだ。あの母と一緒にいた男、補佐官と組んで、母はお家乗っ取りを企んでたんだそうだ。だから、この休みに薬をすげ替えていなかったら、下手すれば後期のさなか、若しくは次の長期休暇には、男爵様の葬儀になっていたかもしれない。
男爵様には魔法薬による体調の悪さは元々あった。そこへ母が医者を紹介したのだという。その医者が言うには、体調不良の原因は蓄積された疲労と、心臓が少し弱っているとの事だったそうだ。
そのため、少し休養をとって安静にした方が良いと勧められたらしい。それで処方された薬を飲んでいたのだけれども、一向に良くならない。
「休養をとることで、長年蓄積された疲労が一気に表面にでたのでしょう。良い方向に向かっている証拠です。ただ、もしかしたら思っていた以上に心臓が弱っているのかも知れません。このまましばらく薬を飲んで休養なさってください」
とか言われていたそうな。
ところが、そこへ私が帰省してきた。紹介してきた医師の処方してきた薬ではなくて、私の解毒薬に切り替えて、体調が良くなったという点で周囲が怪んだようだ。
体調不良がそもそも魔法薬のせいだったにしろ、聞いていたよりも遙かに具合が悪そうではあったので、私は魔法薬と男爵様との相性が悪いのかと思っていた。
アクシィア様が言うには、寝込むほどでは無いという話であり、それもあって学園卒業後でも良いのではないかと提案されていたぐらいなのだから。
アンに聞くと、医者に処方された薬を飲んでいてもあまり良くならない、返って具合が悪くなっているという印象だったと言う。
記憶というよりも気持ちが元に戻ってきたことで、男爵様も訝しんだらしい。どうも母の言う言葉は、全て正しいと思い込まされていたようだ。だから、医者の話も信用していたらしい。
それで、男爵様が懇意にしていた医師に処方された薬を確認してもらったところ、この薬は徐々に具合が悪くなり、最終的には心臓を止めるようなモノだったそうな。
で、その毒を処方した医師を問い詰めた。このお医者さん、借金を抱えていてそれを帳消しするからという条件で毒薬を処方したらしい。毒薬は補佐官殿から貰ったそうだ。
ああ、今、その話を母に説明しているよ。
母と横にいる補佐官の顔色が悪いね。母だけの断罪じゃなくなっちゃったからね。なんか色々と誤魔化そうとしてるけど、無駄だよ。
男爵様はさ、一代で事業を興し、国でも大きな商会を造り上げている。さすがやり手と言われているだけあって、この10日あまりの間で色々な証拠を揃えてしまった。情報網が半端ない。母も補佐官も、多分言い逃れできないだろう。証拠は確り揃っている。それに調べ上げたのは男爵様だけじゃない。
母と男爵様が罵り合ってるようだが、あんまり耳に入ってこない。まさかこんなことになるなんてね。私だって予想していなかった。なんか、なんかもう、ね。
母達にとっては、突如現れた衛士達に囲まれ逮捕されて連れてかれた。ついでのように、一緒にいた補佐官も。使用人のふりをして一緒に控えていた衛士達も去って行った。玄関ホールに残されたのは、男爵様、家令、執事、そして私だけだ。
さよなら、母よ。
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