第20話 弟、そんなのいたんだ


 新学期が始まり、2ヶ月が過ぎた。秋から冬へと衣替えの季節が目の前に来ている。

家から連絡が来た。母が男子を出産したそうだ。弟の誕生だ。これは後継者が姉から生まれたばかりの弟へ移ることになるのだろうか。男爵様はどう考えているんだろう。


経費振り込みの問題は、直ぐに対応してくれたみたいだ。決して、義姉を疎んじているわけではないようだ。ただ、関心が薄いという感じだろうか。


 彼女の実力を鑑みれば、この学園を首席で卒業するだろう。研究を続けたければ、上の学院に進むことも可能だろうし、王宮で文官や侍女にでもなれるだろう。エリカセア公爵令嬢と仲が良いという話なので、公爵令嬢が無事に王太子妃になれば、王太子妃の側付きの侍女になる可能性もある。


だから、弟の誕生は、彼女にとって関係ないかもしれない。寧ろ、家から出られる立派な口実にもなりうる。でも、それは傍目で見ているからそういえるのだ。彼女がどう考えているのかは、さっぱり判らない。男爵家を継ぐ意志があるのであれば、尊重すべきではなかろうか。自分が外に出る事ばかり考えているからと言って、誰もがそうであるとは限らないのだから。


あれ、でも弟っていたっけか? もうゲーム気にしなくても良いかな。何か随分と違ってきているような気がしないでもない。でも、違っているのはいい事のような気がする。この頃、ゲームの中だっていうのも忘れる時もある。


だけど、マルチエンディングだし自分は全部を制覇しているわけでもないし、記憶はうろ覚えだし、油断してはいけないか。隠れキャラだっているという話を聞いたけど、どんな人物だか知らない。ヒロインでのラストは王太子だけしか知らない。私が知っていることは多分大したことは無い。だからこそ、攻略対象者’ズとは極力関わらないように気をつけないといけない。




さて、学内では噂話が盛んなようだ。

「ソフィリア様、貴方には良くない噂がありましてよ」

眉を顰めて、ルフィネラ様が忠告してくれた。


「貴方のお姉様が嫡子であるにも関わらず、虐げられているという話ですわ」

「まあ、紛うことなく事実ですからねえ」


あれから、家の事情に関してルフィネラ様達にはブッチャけていた。

長期休暇でお誘いをいただいた時に、話をしたのだ。色々と家の問題があって王都から出られないと。


いつからかは不明だったが、私に関する悪い噂が出回るはずだというのが判っていたから、ということもある。頑張ったけどさ、どう考えても噂を防ぐのは無理でしょう。例えば、義姉の奨学金について、事務でのやり取りは誰が見ててもおかしくない。事務員さんの態度を見る限り、私は嫌われていそうだ。


でも、せめて友だちになってくれた人達には、実状を知っておいて欲しいという、私の我儘だ。

その事を伝えて、それで友達付き合いがなくなるならば、それまでだと腹を決めた。悪い噂が広まったことで離れられるよりはいい。そうなったら、なったで腹を括ろうと思っていた。


ところが皆様方、変わらなかった。

「あら、前にも言いましたがお家の事情は、どこにでもあるものですわ」

と一言で終わった。お貴族様、怖い。



 そうは言っても、こんなに早い時期から悪い噂が出回るとは思っていなかったなあ。そう言えば、主人公はあまり同級生の友人がいなかった気がする。

いつも、攻略対象者とばかりいたのは、もしかしたらお友達がいなかったせいかもしれない。ヒロインはボッチ、ボッチだったの。


あれは、この噂のせいだったのかも知れない。それで、同級生の友達ができず何かと一人で行動してたんではなかろうか。ゲームでは、主人公は自分の家の噂は知らなかったはずだ。だから空回りしていたのかも知れない。

今まで深く考えていなかったけれど、ヒロインは婚約者のいる攻略対象者’ズの誰かと結ばれるって考えると、性格は余り良くないのかもしれない。

そっか、そう考えられるから小説なんかでは転生ヒロインってひどい性格のパターンが多いのか。そうか。


「ソラナセア男爵家の事業が上手くいっていることからの、やっかみもあるかもしれませんわね」

「貴方のお姉様が奨学金をとっていることから、色々と憶測もあるのでしょう。でも先妻の娘というのは、とかく色々とあるものだと聞き及びますわ。そうした事例が知られていますから、余計に想像力をかき立てられているのでしょう」


「しかも、私は後妻の連れ子ですからね。その私が何不自由なくしているのに、嫡子の義姉あねが奨学金をとっているのは、やはりおかしいと誰もが思いますよね。

私も聞いたときは、びっくりしました。

男爵様ちちには、長期休暇の時にきちんと話をしました。反応が薄かったのです。それでも経費に関する手続きとかをしてくれたので、安心しました。

それでも、1年半も放っておいたわけですからね。

でも、少しおかしいのです。私が男爵家に来た頃は、男爵様ちち義姉あねに期待して、大切にしていたように見えました。

それが、年々義姉あねを蔑ろにするようになって。それが、少し不思議なのです」


そんな事を口にすると、アクシィア様が眉をひそめた。

「貴方のお父様、貴方のことは大事にしてくれるのですか」

「はい。再婚当初はれほどでもなかったと思いますが、今はとても大事にして貰っています。まるで義姉あねと逆ですね」


「逆、そうですか。お父様の体調の方は如何でして」

「ここ何年か少し疲れやすくなったと話をしていました。そう言えば顔色も優れない日が多かった気も。それでかしらとも思いましたが」

「そう」


「なにか、お心あたりがお有りですか? 」

ピスタチア伯爵の領地は、薬草栽培や多種多様な薬の製造で有名だ。アクシィア様は嫡子でもあり、様々な薬などに精通しておられるという。私の話でなにか引っ掛かるようなことがあったのだろうか。


「はっきりしましたら、お教えしますわ」

アクシィア様はそれ以上何も仰らなかった。



 気になることは幾つもあるが、取りあえず棚上げしておこう。

当初の目的通り、学園を出たら冒険者になるのだから、悪い噂を放っておいても構わないだろう。平民になるのなら、貴族間の噂は関係ないと考えたい。というか何か行動を起こしようもないし。そんな風に思っていたんだけど。

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