第135話、襲撃のはじまり


 その音は、別荘の庭にも聞こえた。

 何かが壊れる音。それも重い何かが――そう、たとえば屋敷の正面入り口を突き破ったような。


 ジュダは視線を屋敷に向け、すぐに周囲の気配を探った。先ほど感じた何かの視線、そのプレッシャーが弱くなった。関心が薄れたのだ。


「今のは何!?」


 ラウディが動揺する。無理もない。絶対安全とされる王族の別荘で、耳障りな破壊音など聞こえるものではない。

 平穏が破られ、突然現実が押し寄せたようだった。身構える時間くらい、彼女にも与えてほしいものだとジュダは思う。物事というのは、いつも急なのだ。


「表で、何かあったのでしょう」


 ジュダは落ち着くように、と手振りを示した。


「俺がそばにいます。大丈夫――」


 すっと、ラウディがジュダのその手を軽く握った。不安に感じて、安心できるジュダに身を寄せたのだ。

 あまりに自然だったのでジュダは、ドキリとした。グローブをしていなければ、レギメンスと触れたことで、スロガーヴであると正体がバレるところだった。

 グローブごしにも彼女の緊張が熱となって伝わってきてジンジンする。


「すぐにわかります。大丈夫」


 素知らぬ顔でジュダは言う。内心は、表の騒動――おそらく襲撃だろうが、それよりも緊張している。


「ラウディ様っ!」


 屋敷の裏に、黄金騎士であるミーラが出てきた。すぐにこちらを見つけて駆けてくる彼女に、ジュダは口元に指を立てて静かに、とジェスチャーを送った。

 一瞬怪訝な顔をしたミーラだが、その後は叫ぶことなく、駆け寄った。近くにきた時、ジュダは小声で言った。


「近くに敵がいます。今の王子殿下の名前を出すのは敵に聞かれます」

「!」


 特に、今のラウディは王子様ではなく、お姫様の格好だ。そこで王子として呼べば、敵に彼女の本当の性別がバレてしまう。


「それで、表で何があったんですか?」


 ジュダが聞けば、ミーラは背筋を伸ばした。


「正面から襲撃あり。目的は不明、敵は虎亜人!」


 簡潔に報告するミーラであるが、襲撃してきた時点で、目的はラウディ絡みだろう。王族の別荘にきて、わざわざ力試しもあるまい。


「それより、ジュダ君。敵が近くにいるなら、殿下を退避させないと……!」

「それなんですが――」


 ジュダは、自分が感じた気配について説明した。襲撃の直前に、その気配が少なくなったこと。敵は複数いる。


「それが本当なら、正面の一人だけじゃないじゃん!」


 隊長に知らせないと、というミーラ。


「ここは安全なの?」

「……向こうで、一人。こちらを探っているのがいます」



  ・  ・  ・



「――おい、何でこっちを見る」


 蜥蜴人の戦士アルローは、庭からこちらを真っ直ぐ見ている黒髪の騎士を見て、思わず張り付いていた木の陰に身を潜めた。

 リーダーであるヘクサから、要注意と言われた騎士は、姫と一緒にいるのだが、その男の視線が、やたらこちらを見る。


「バレてるってか……。人間だぞ。こちらが見えるわけが――」


 それでもつい隠れてしまった。こちらは森の中。視界を確保するため木に登って高いところから見ているのだが、いつものように周囲の木々に紛れている。森に潜伏するザウラ人を判別するのは、人間のそれでは至難の業のはずだ。


「王子の護衛をやるだけのことはあるってことか。……おっ?」


 屋敷から出てきた女――黄金騎士が背中に背負っている弓を、唐突にこちらに構えた。


「おいおい、嘘だろ……!」


 その騎士は次の瞬間、矢を放った。アルローは動かなかった。距離もあるし、そもそもこちらは森の中。初弾必中が狙えるものでもない。むしろ慌てて動いて、枝を揺らすほうが位置を知らせるだけ。


「嘘だろぉー」


 思わず首をすくめれば、頭ひとつ上を矢がすり抜けた。アルローは目をキョロキョロさせて、周囲を探ってしまう。


 まぐれ当たり? いやいや、当たる当たらないは別にして、明らかにこちらの位置がバレている。

 アルローは、次の矢がくる前に、張り付いている木から手を離し、下へ落ちた。


「これが黄金騎士って言うのか……!」


 舐めていた。たかだか人間の騎士の、ちょっと強い程度で、その身体能力や戦闘力は亜人のそれに劣ると思っていた。

 とんてもない。一騎当千の化け物揃いではないか。



  ・  ・  ・



「はずしちゃった……!」


 ごめーん、という雰囲気のミーラ。ジュダは無言。


「いやホント、当たるはずだったんだよ! 敵がまさか土壇場で避けなければさぁ!」

「そりゃ、自分に矢が飛んでくれば避けますよ」


 撃つのなら確実に仕留めてほしかった。仕留め損なった時にフォローできる仲間がいたなら、そのまま追跡もできたが、ここには今、ミーラとジュダしかおらず、ラウディのそばから離れられない。


「普通、自分に飛んでくる矢を『見て』避けられるヤツなんて、早々いないんだよ……」


 ミーラはそう言ったが、軽くみえて黄金騎士である。あの距離で当てられるだけの実力を持っている。普通であれば百発百中に近い命中精度があるのだろうが――


「こういう場所に乗り込んでくるんですから、相手も腕利きですよ」


 そもそも素人が入ってこられる場所ではないのだ。城壁を超えてやってきただけでも、潜入のプロフェッショナルであることがわかる。


「それはそう」


 ミーラが肩をすくめたところに、屋敷の警備騎士が数人現れた。


「ミーラ殿!」

「森に一人、他にもいるかもしれない。注意して」

「了解!」


 騎士たちは、森へと走った。仕留め損なった敵の追跡だが、単独ではなく複数人でかかるのは、ここの警備も素人ではない。それを見送り、ミーラはジュダに振り返った。


「外にも敵がいるということは、殿下は屋敷の中の方がいいかも」


 狙撃されると困る、と、黄金騎士の中でも狙撃術に秀でているらしいミーラである。ラウディは頷く。


「そうだね。……でも、中も大丈夫かな?」


 またも屋敷の中から、激しい音が響いた。ジュダは顔をしかめる。


「だいぶ派手にやっているようですね」


 正面から挑んだ虎亜人。果たして、どれほどの腕利きだろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次話は5日頃、更新予定です。

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