第136話、潜入する者たち
「おらおら、王子様はどちらかなぁー!」
虎亜人の戦士ホーロウは、鋭い爪のついた格闘武器を握り、拳法の構えを取った。
王族の屋敷の正面を蹴破り、その入り口のホールで、警備を担当する黄金騎士や近衛兵と対峙する。
本来なら、暗殺対象である王子という単語を出すものではない。だが自身が仲間たちの陽動を兼ねている以上、注目を集めるために、敢えて王子と口にする。
「出てこい、軟弱王子! オレ様の爪で、その肉をぶった切ってやるぜぇっ!」
ホーロウの虎の爪は鋭く、切れ味も鋭い。しかもこれは格闘武器であり、リーチは短めだが、素早い攻撃が繰り出せる。
向かってきた近衛兵の短槍を、身も軽く躱すと、リーチ差を物ともせず、踏み込み、虎の爪で喉を掻き切った。
「おら、どうしたヒュージャン。そんなもんじゃあ、オレを倒せないぜ」
挑発するが、大型盾を構えた黄金騎士たちが奥への通路を塞ぐ。
「――なんだってここに亜人が」
黄金騎士のガリナ、そしてグレースは盾とそれぞれの得物を手に、虎亜人の進路を妨害する。
「昨日の不明者をやったのは、このトラでしょうか?」
「おそらくな」
ガリナは自身の盾と、グレースの盾の間から、短槍の穂先を出す。これで虎亜人の不用意な突進を困難にさせる。
実際、ホーロウは舌打ちする。
「通路で、亀ってたら通れないじゃねえか!」
「それがこちらの仕事だ」
淡々とガリナは冷静な声を発した。
「
「質問は、一つずつ言ってくれ」
ホーロウは構えを解き、堂々を胸を張った。
「まず王子を狙う理由か? それはこの国の腐れ人間どものトップ、次の王様だからよ!」
コホン、と虎亜人は咳払いする。
「えーと、我々、亜人解放戦線は、人間による支配を断固、拒否するものであるー」
酷くたどたどしい言葉だった。暗記した文章を棒読みしているような、熱量がまるで伝わらない口調だった。
「ふざけているのか……?」
グレースは眉をひそめる。
亜人解放戦線の名乗った虎亜人の、当の亜人でありながら、あまりにどうでもよさそうな口調は、違和感しかなかった。
まるで、亜人解放戦線と一切関係ないのに、この攻撃を解放戦線のものにカモフラージュするような――
「いやしかし、あんなあからさまな態度では、自分たちが解放戦線ではないと言っているようなものか……?」
「グレース」
ガリナが、注意を削がれるなと警告する。敵の言動に振り回され、とっさの動きに対応できないのでは、黄金騎士失格だ。いくら相手が構えていないとはいえ、格闘スタイルの敵。その動作は、そこらの武器を持っている者たちより素早い。
「うーむ、隙がねえなぁ」
首をコキコキと鳴らすホーロウ。
「強引にいってもいいが、それで怪我したくもないしな。……一階は諦めて、二階から行くか?」
入り口のホールには二階への階段がある。一階奥への通路が塞がれているなら、少し戻って階段を使って迂回する手もある。
「いいのか? そんなことを言って」
ガリナが盾の向こうで、白い歯を覗かせる。
「王子殿下は、この通路の先だぞ」
「けっ、それをわざわざ近衛が教えるってのは解せねえなぁ。もう少し駆け引きってもんがあるだろう……?」
口を尖らせるホーロウ。ガリナは続ける。
「いいんだ。戯れ言で時間を稼ぐのが仕事だからな」
その瞬間、ホーロウの背後、二階から入り口ホールに音もなく降り立った黄金騎士のレオーネが双剣を手に襲いかかった。
ホーロウの耳が一瞬ピクリと動いたと思えば、後ろからの襲撃に虎の爪で応戦した。
「おう、背後から奇襲とは、人間の騎士ってのは、やはり汚えなぁ!」
レオーネの二つのショートソードが素早く繰り出され、ホーロウもまた両の爪で防ぐ。金属同士の激しい激突が木霊する。
・ ・ ・
虎亜人への背後を衝く奇襲。レオーネがそれを可能にしたのは、黄金騎士シーニィの補助魔法による『消音』の効果あってのことだった。
ラウディを護衛してきた黄金騎士たちの中で、後衛担当の魔術師であるシーニィである。屋敷内ということもあり、攻撃系の魔法は使いにくいが、補助魔法で仲間をサポートするのは問題ない。
予定では、音を消してレオーネが敵の背後から一撃で仕留めるところであった。騎士の戦い方としては邪道もいいところだが、王族警護の護衛部隊は、体面よりも実をとる。卑怯でも何でも、王族を守り切れば勝ちだ。
しかし、消音魔法で気配を消したはずのレオーネだが、虎亜人の鋭敏な感覚は躱せなかった。音ではなく、あるいは嗅覚だったかもしれない。
シーニィは、レオーネを援護すべく、二階から入り口のホールへと向かおうとする。その時、不意に近くの扉が勢いよく開いた。
とっさに扉を避けたシーニィだったが、さらに人が飛び出してきてぶつかった。
否、ぶつかったのではない、腹部に膝蹴りを当てられたのだ。その衝撃に一瞬息がつまり、壁に背中からぶつかった。
――敵っ……!
シーニィは、攻撃してきた相手を見ようと顔を上げた時、素早く身を翻した相手の回し蹴りが側頭部を直撃し、意識を刈り取られた。
「潜り込んだのはいいものの――」
黄金騎士を一人ダウンさせたのは、ヘクサであった。
王子暗殺のために屋敷に潜入を果たしたウルペ人の暗殺者は、周囲の気配を探る。下ではホーロウが派手に、黄金騎士と切り結んでいる。何人かを拘束、引きつけているのは間違いない。
そちらはそれでいいが――
「王子はどこ……?」
以前、嗅いだことのあるラウディの匂いをぼんやり思い出すものの、ここでは頻繁に歩き回っているのか、そこら中で王子の匂いを感じ取る。
「他の誰でもいいから見つけてくれるといいのだけれど……」
王子を見つけるのが先か、潜入した者が見つかるのが先か。ヘクサは通路を進んだ。
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次話は20日頃、更新予定です。
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