第134話、侵入者の気配


 朗らかな日だった。ジュダはラウディのお供で王族の別荘の庭に出て、高所から海を見下ろす。


「ジュダは、この国の外に出たことがある?」


 ラウディが、潮風になぶられた耳元の髪を撫でつけながら聞いてきた。外国と問われ、ジュダは少し考える。


「当ててみてください」

「えぇ、意地悪」

「素直に答えたら、会話が続かないんじゃないかと思いまして」

「そんなことないよぉ」


 ラウディは楽しそうに笑った。


「普通に考えたら、国外に出ているかは、家だったり職業だったりで想像がつくんだけど……そういえば私は、ジュダのこと、よく知らないんだよね」

「言ってませんでしたから」

「もう少し明かしてくれてもいいんじゃない?」


 興味津々の態度を崩さないラウディ。二人の仲は縮まって、信頼も育まれているのだが、だからと言って全てを明らかにする気はないジュダである。自身の出生にまつわる話は特に。


「これまでの付き合いで、色々ヒントは出ているはずですが」


 ジュダは意地悪く突き放すようなことを言うのである。ラウディは少し考える。


「ペルパジア大臣のところで引き取られて育ったんだよね……」

「孤児というのでしたら、まあそうですね」


 あっさりとした口調でジュダは言った。ラウディの目がわずかに曇ったのを見逃さなかったのだ。このお姫様は、孤児とか不幸と感じた境遇には同情的になる。一見、心優しい彼女だが、ジュダは同情が欲しいわけではない。


「亜人の集落で育ったとも言っていたよね」


 ジュダの亜人授業は、ラウディにとっても記憶に新しい。


「ほんと、よくわからないよね。珍しいタイプだと思うよ、ジュダは」

「貴重度合いでいえば、この国で王子をやっているあなたの方がよほどだと思いますよ。……王子様を演じているお姫様は、この世に何人いるか」

「君は本当に意地悪だな」


 ラウディは、ほんの少し拗ねた。素直に可愛いと感じられるレベルだから、むしろジュダはからかってしまうのである。


「それで、どうです? 当てられそうですか?」

「正解は二つに一つ。他の国に行ったことがあるか、ないか」


 そう、とてもシンプルだ。だがラウディは、真剣に考えて、そして唸り出した。間違えたっていいのに、とジュダは苦笑を浮かべる。


「答え、言いましょうか?」

「ここまで考えさせて、それはない」


 せめて自分で答えを言わないと負けだ、と彼女は感じているようだった。……何に対して負けなのかはわからないが。

 それよりも――


 ジュダは、それとなく気配を感じる。何者かの視線。……別荘にいる人間や近衛騎士たちではない。

 専属従者であるメイアは、魔法の目で見ているだろうから、それも違う。


 まさかの、侵入者ではないか。今朝、ラハ隊長が警告していたが、本当にいたのかもしれない。

 そしてその視線をここで感じるということは、その狙いは、当然――



  ・  ・  ・



「どういうことです?」


 蜥蜴人の戦士は、低い囁き声を出した。


「いるのは王子という話でしょう? ありゃあ、どこぞの令嬢か姫ですよ」

「……」


 ヘクサ・ヴァイセは考え込んでいる。

 そうなのだ。庭に出ている騎士でも従者でもない者といえば、標的であるラウディ王子のはずだ。

 しかし現実には、外出用とはいえドレス姿の美少女がいる。金髪や髪の長さ、ラウディに似た特徴は、妹のフィーリナ姫を想起させるが。


「姫は、王族の別荘ではなく、王都エイレンのはず……」


 ヘクサは口に出して呟く。


「ラウディの姉たちもここにいるわけがない」

「王子の友人……いや愛人候補とか?」


 カニス人の戦士が言った。

 別荘で休養というのは口実で、実は将来の伴侶となるべき女性と会ったり、親睦を深めているという説。


「いや、しかしあの姫の隣にいる男――ラウディの騎士であるジュダ・シェードだ」


 エイレン騎士学校では、ヘクサの実行する作戦を潰してきた騎士生。しかしその実力は学生のレベルを遥かに超越し、すでに一級の腕前だ。ヘクサにとって、戦場で対峙して怖いと思わせた数少ない相手の一人。

 できれば、会いたくないというのが本音だった。


「その王子付きの騎士がいるということは、王子がこの別荘にいるのは間違いないということでしょう」


 蜥蜴人は淡々と告げた。ヘクサはじっと、仲がよさそうな二人を見つめる。

 ラウディの愛人、いや正妻となるかもしれない女性に、護衛の騎士が王子について語っていて、それが思いの外、盛り上がっている……と見えなくもない。

 しかし、それにしては、あの金髪姫が、ラウディに似過ぎているのが気になる。実は王都にいるのはフェイクで、妹姫もひそかにこちらに来ている可能性はないか。


「ニーリス。ニオイはわかるか?」


 カニス人の戦士に、ヘクサは確認する。犬亜人系列のカニス人は嗅覚が鋭い。


「かなり王子のニオイですが、あれはオスではなく、メスです。王子じゃない」

「つまり、標的ではないということか」


 ヘクサは渋い表情を浮かべた。ジュダ・シェードがいることが気にいらないが、庭に出ている今は、襲撃の場所としては悪くない。

 しかし狙いの王子でないなら、襲う意味がない。王子の客人なら人質に出来る……とは考えない。そばにいる狂犬――ジュダと戦ってまで確保する意味が見いだせないからだ。


 むしろ、今ラウディのそばに、あの狂犬にして番犬がいないことのほうがよいのではないか。


「どうします?」


 蜥蜴人が催促するように聞いてきた。ヘクサは嘆息する。


「予定通り、ホーロウが屋敷を襲撃したところを見計らい、我々も中に侵入する」

「了解」


 亜人戦士たちは動き出した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次話は20日頃、更新予定です。

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