第133話、城壁突破


 長いようで短い休暇は、やがて終わる。

 楽しい時間は、あっという間に流れていくものだ。


 ラウディの王都帰還の日を控え、ジュダは、すっかり慣れた王族の別荘からの景色を眺める。

 王子のお供でなければ来ることはできなかった。広い海を、安穏とした気持ちで見られるのは、もうわずかだろう。ここに戻ってくることは、二度とない。


「……本当にそうかなぁ」


 義妹であるトニは、呑気な調子で言った。


「ジュダ兄は、オージ様と仲良しだから、また来るんじゃないかなぁ」


 あまり考えていない様子のトニに、ジュダは苦笑する。


「世の中、何が起こるかわからないものさ」


 平穏無事に過ごせる保証など、どこにもない。

 不死身のスロガーヴとて、明日が約束されているわけではない。レギメンスの国王が、いつ手のひらを返して、敵にならないとも限らない。


 ラウディが絡むことで、一応の友好は保たれているものの、それが永遠で、確固たるものとも断言はできない。何かの弾みで、何かのきっかけで、愛する娘のそばに置いておくのは危険を判断すれば、王は躊躇しないだろう。


「それはそれとして……また、日常に戻るのが少し億劫になっている」


 休暇を満喫したのは、どうやら王子様だけではなかったらしい。ジュダも、戻ると思うと重いため息をつきたくなる。

 あの、亜人と人間が争う世界に。これが憂鬱でなくて何だというのか。


 現実に引き戻される気分だった。今こうして生きているのも現実だというのに、この違いはいったい何なのか。

 この王族の別荘と、外の世界は別物過ぎる。

 トニの耳がピクリと動いた。ジュダもまた、やってくる足音を聞き取る。


「この歩幅、急いでいる感覚は――」

「ラハ隊長ー」


 トニが、まだ見ぬ来客を言い当てた。扉がノックされ、ジュダが返事すると、予想通り、ラハだった。


「朝からすまないな」

「何かありましたか?」


 微かな緊張を感じ取ったジュダが問えば、ラハは頷いた。


「話が早いな。ランカム城から近衛に報告がきた。昨晩、歩哨に立っていた者が二名、行方不明になっているそうだ」


 別荘を守る壁でもあるランカム城、そこの警備が二人、いなくなった。ジュダの目が鋭くなる。


「敵の侵入ですか」

「可能性はある」


 ラハもまた真顔である。


「不明者がいる以外、何も確定していない。だがあの城の役割と、ここに王族の別荘があるというだけで、警戒レベルを引き上げるだけの理由になる」


 歩哨が寝落ちしていましたとか、いつもの配置にいなくて、どこかで何かをやっていて、侵入者と関係ない事柄だったとしても、王族を守る近衛隊は警戒を強める。

 万が一があってはいけないのが、黄金騎士たちの役割なのだ。


「今日も君は、ラウディ様の傍にいるのだろう。侵入者がいるものと思って警戒してくれ」

「承知しました」


 ジュダは即答した。ラハは頷いたが、そこでふと表情を緩める。


「すまないな、君は私の直接の部下というわけでもないのに、つい他と同じ扱いをしてしまった」

「これでも騎士見習いですから」

「生徒と言えど、いきなり警戒しろと言われて戸惑わないのもな。つい頼りにしてしまうわけだ」

「……修羅場はそれなりに」

「そうだったな」


 ラハは微笑しながら立ち去った。



  ・  ・  ・



 ランカム城の城壁は、なるほど高く、それなりの警戒はされていた。

 ここで勤務する兵たちも、間抜けはほとんどいないのだろう。狐人の暗殺者ヘクサは、王族の別荘の敷地内に侵入に成功した。


 他にも潜入と暗殺が得意な亜人戦士たちを五人、連れてきている。それぞれバラバラに城壁を突破させたが、城の者に通報される間抜けは身内にもいなかった。

 ただ、警備の兵を二人、倒さざるをを得なかったのは、マイナスである。通報されないだけマシとするならば、間抜けスレスレではあったが。


 監視をしていた術者から、ランカム城から別荘に伝令が向かったという連絡があった。不明者の件の報告だとすれば、些細な事柄さえ見逃さない用心深さだと賞賛しよう。

 だが同時の、その厳重さこそ、別荘にまだ守護すべき王族がいることを如実に物語っている。


「まだ標的はいる」


 ここに来るまでに、別荘を離れて行き違いになっている可能性もなくはなかった。情報は入っていないが、擬装していつの間にか移動しているということもあり得る。

 まだ暗殺対象であるラウディ王子の姿を確認していないが、相手の警戒具合から、想像はできる。


「まずは、王子の居場所を突き止めて」

「……やれると思えば、仕掛けてもいいんでしょう?」


 蜥蜴人の戦士が言えば、ヘクサは唇を笑みの形に歪めた。


「王子様を襲撃すれば、それで騒ぎになる。そうなったら、私たちもすぐに脱出しなくてはならないわ。……騒ぎを起こすからには、確実に殺しなさい。それができないなら、私たちを呼ぶ、いいわね?」


 二度目はない。別荘の警備以外にも、ランカム城から増援がやってくるだろう。そうなれば潜伏するのも困難になる。

 テンディット子爵にも、より上にいるあのお方のためにも、失敗は許されない。


「姐さん」


 虎人の戦士が口を開いた。


「別荘の人間、全員ぶち殺した方が早くないですか? 要は通報させなきゃいいんでしょう?」

「おお、馬鹿なことを」


 ヘクサは嘲りの眼差しを向ける。


「相手は王族護衛の黄金騎士もいる。その戦闘スキルを甘く見るんじゃないわよ」

「それはそうなんですがね……。黄金騎士ったって、人間でさぁ。オレら、負けませんぜ」


 その虎人は続けた。


「つまりですね、陽動作戦ってやつです。オレが正面から踏み込みますんで、敵がオレんところに集まっている間に、姐さんや他の奴で、王子が逃げ出さないか見る。……もし裏から逃げるってんなら、そこを待ち伏せして襲う、ってのはどうです?」

「……どうしてこう、自信過剰でいられるのかしら?」


 呆れ顔になるヘクサだが、虎人は笑った。


「それは、オレが強いからでさぁ。……で、どうです?」

「お前が引きつけて間に、浮き足立った王子を見つけて仕留めるという案は、悪くはないわね。城に通報されないよう、手を打つ必要はありそうだけれど」


 ヘクサの目が光る。


「言い出したからには、やってもらうわよ。いいわね?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次話は来月5日予定。

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