第132話、楽しい時は、あっという間に過ぎていく


 はしゃぎ過ぎた。

 一度水に入ったことで、日焼け止め云々は回避された。というより忘れてしまったというべきか。

 童心に帰って、お互いに水を掛け合う。ジュダは幼い頃の川遊びを思い出し、それはそれで楽しかったのだが……。


「……」

「何か、言ってくれないんですか?」

「……っ」


 すっと、ラウディは視線を逸らした。羞恥で顔が真っ赤である。おそらく彼女だけでなく、ジュダも、自分もそうなのだろうと思う。


 それだけ顔が熱かった。

 若い男女が互いに水を掛け合うなど、恋人がやるような甘酸っぱい行為そのものだ。子供が無邪気にやるのとは、格が違う。

 実際、互いに好意を持っていて、その関係を考えれば、そういう甘々な行為も不自然ではない。ここがプライベートな浜で、部外者は見ていないとあれば、何の遠慮が必要なのか。


 それなりに歳を重ねて、成人を控えた男女がこれをやるというのは、ジュダ、ラウディそれぞれにとっても思いの外、羞恥が強かった。

 年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたというのは、そういうことだ。部外者は見ていないが、メイアにはばっちり見られていたのが、ラウディにとっては言葉も出ないほどの恥ずかしさとなったようだ。

 ラウディは変に真面目だから、たがを外していい王族の庭でのことなのに、王子としての羞恥心が染みついてしまっているのだ。


 ダメージ度合いで言えば、ラウディの方が強かった。そして彼女が自分よりひどく影響を受けているとわかると、ジュダも少し気分を盛り返すのである。


「ラウディは、子供みたいでした」

「っ……!」

「可愛かったです」

「ジュ、ジュダだってぇ!」


 腕を振り上げて抗議するラウディ。


「ムキになっちゃってさ。おかげでびしょ濡れだよ!」

「それはお互い様ですよ。どれだけかけたと思っているんですか、あなたは」

「君のほうが、私にいっぱい水を浴びせてきた」


 量の話をしているのか、ラウディは拗ねた。ジュダは視線を逸らす。


「やめましょう。水掛け論は」

「……なにそれ。上手いこと言ったつもり?」


 つーん、とそっぽを向くラウディである。しばしの沈黙。ジュダは、そんな彼女の横顔を見た。


「でも、まあ、楽しかったでしょ?」

「それは……まあ、うん」


 ラウディはコクリと頷いた。


「王都にいたら、こういうこともできなかったのでは?」

「うん、無理」


 ラウディは自身の水着の紐に指をかけた。


「こういう水着を着るなんて、できなかった」

「でしょうね」


 男装王女。世間では王子様だから、事情を知らない者からしたら王子が女性用水着を着るなど正気を疑う。


「ここだけだね。ありのままでいられるのは」


 しみじみとした調子でラウディは言うのだ。どこか諦めの混じった寂しい横顔。


 ――そういう顔をされるとな……。


 ジュダの中で、魔が差すのである。


「王都に戻ったら、試して見ますか?」

「何を?」

「王子殿下が、どれだけ女性の格好ができるか」

「!」


 人の目を盗み、あるいは隠れて、ひそかに本来の性別の衣装を着込む。もちろん露見したら王子殿下は、女装癖があるのだと噂になるだろうし、最悪の場合は性別バレの危険がある。国王もまたお怒り案件どころか、国がひっくり返るほどの問題になるかもしれない。


「俺は、あなたが全てを我慢する必要はないと思うんですよ」

「ジュダ。……でも」

「見せびらかす必要はありません。隠れて、こっそり、いけない趣味に走るようなものです。貴族の中には、そういう公にはできかねる趣味、性癖をお持ちの方も多い」

「多いって、君は知っているの?」

「まあ、少し」

「へえ、それは興味があるね。どんな趣味、性癖なんだい?


 ラウディが少し機嫌がよくなった。


「名前は出さなくてもいいけど、いくつかあげて欲しいな。……君が私のご機嫌とりに、適当を言っているのでなければ」

「そういう風に言いますか」


 適当に言っている、と言われるのは心外だった。別にそれらの秘密を他言したとて、その当人と約束したわけではないので何の問題もない。貴族がどうなろうと、ジュダの知ったことではない。


「見るに堪えない女装癖をお持ちの方が何人かいらっしゃいました」


 過去形なのは、そのうち何人かは亜人差別主義者で、ジュダが始末したからだ。


「中には、メイドに鞭で打たれて踏まれるのを好まれる変態な貴族もいました」

「え、メイドに……逆、じゃなくて?」

「ええ。身分が下のものに踏まれることに、興奮を覚えていたようで」


 しれっと、ジュダはラウディを見やる。


「気をつけてくださいね、ラウディ。そういう下の者にやられて悦ぶのは、身分の高い人種で、普段は真面目と言われるタイプに多いですから」

「! わ、私にそういうのはないよっ!」

「傾向の話ですよ。それと、今はなくとも、何かの弾みで目覚めることが、特に悩みを抱えそうなタイプに多いとも言いますから。……あなたも危ないですよ、ラウディ」

「う、うん。気をつける……」


 どこをどう気をつけるというのか。ジュダは思ったが、深く突っ込まなかった。例をあげる際に過るそれは、思い出してもげんなりするものも少なくなかったから。

 こほん、とラウディ専属メイドのメイアが近くに立っていた。


「お食事の用意ができましたが、如何いたしますか、ラウディ様」

「そうだね。そろそろいい時間かな。お腹すいちゃった」


 楽しそうに笑うラウディ。


「こういう時間がずっと続いたら、いいのにな……」


 ポツリと、ラウディは呟いた。この休暇にも終わりはくる。王都に戻れば、またわずらわしい問題が押し寄せてくるのだ。

 また、性別がバレることがないよう王子として振る舞っていく日々が戻ってくる。


「だから、今をめいっぱい楽しむんでしょ」


 ジュダは言葉を添えた。

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