第131話、君も水着だよ、当然でしょ?


 王族の別荘は、切り立った崖状の小半島にある。しかし、その南端には、隙間があって崖状の壁をブラインドに、内側には小さな浜辺があった。

 水路から流れ込む海水が、砂浜に押し寄せては引き、王族のプライベートなビーチを形成していた。

 外からは見えない。浅瀬で泳げる、となれば、ここぞとばかりにラウディは本来の性別の格好で遊びに繰り出すのだ。


 ……当然のように、ジュダはそれに付き添うのである。男物の水泳用パンツに薄手のシャツという、普段はしない格好である。

 これについて、こうなる前の回想をすれば――


「普段着でいいですか?」


 ジュダは泳ぐつもりなど微塵もなかったが、ラウディは不機嫌な顔になった。


「ダメ。君も水着で来るんだよ」


 深いところと言ったところで、この限られたプライベートビーチのどこまで泳ぐつもりなのだろうか?


「それに、万が一、私が溺れたりしたらどうするのかな?」

「……」

「騎士生服は、暑いよ、たぶん」


 確かに、一理ある。特にジュダは自身の騎士生服を黒を基本としているから、燦々と照りつける太陽の下では汗ばむどころでは済まないだろう。


「俺は水着なんて持ってないですよ」


 レギメンスであるラウディの前で、極力肌をさらしたくないジュダである。先日の王子様の水着購入の際も、こうなる予感がして敢えて、自分用の水着を予め用意しておこうとはしなかった。誰も言わなかったが、仮に言われてもおそらく話題を逸らしただろう。

 その目論見は上手くいったかに思えたが、ラウディは一枚上手だった。


「実は、メイアにお願いして、君のも用意してもらったよ」


 ラウディは、少し照れくさそうにする。


「これでお相子だね」


 冗談ではなかった。ジュダは、ラウディの水着を買いにいき、ラウディはジュダの水着を用意していた。こんなことなら、自分で先に用意しておいたほうがよかった。


 ということで、あの鉄面皮メイドが用意したという水着――水泳用パンツを確認すれば――


「五色を用意しました」

「……」


 形は普通である。とくに際どくもなく、無難なデザインだった。メイアが調達したというから、ラウディが見ても問題がないものにしたのだと想像する。

 おそらくラウディの精神衛生的観点で選ばれたのだろうが、ジュダとしては何にしてもありがたかった。

 同じデザインで、赤、黄、青、黒、白のカラーバリエーション。


「……」


 ジュダは黒を選んだ。メイアは『でしょうね』という顔をし、ラウディは苦笑していた。他の色の水泳用パンツのジュダを見たかったようだった。



  ・  ・  ・



 ともあれ、準備が整い、いざプライベートな海岸へ。景色はそっけない岩壁に覆われていて、水平線も見えないが、裏を返せば外部の人間の目が届かないことを意味する。

 そんな周囲の目がないのをいいことに、ラウディは例のフリル付きの水着を着て、砂浜を駆けた。


 男装で普段は見えない女性らしく膨らんだ胸には、くっきり谷間があって、年相応に健やかに成長していた。

 引き締まった腰回り、すらりと伸びた健康的な太もも。姿が変われば、こうも変わるもので、ジュダは素直に感心した。


 いつもと違うといえば、海に入ることを考えてか、ラウディは、髪を束ねている位置が高く、つまりはポニーテールにしていた。

 彼女が自分で髪を束ねている時、ちらと見えた脇など、妙に色っぽく感じて、素早く目を逸らしたのは内緒である。


 砂浜を走り、海へ向かうように見えたラウディだが、すぐに引き返してきた。


「どうしました?」

「日差しの強い場所に長時間いると日焼けする!」

「……そうですね」


 だからジュダも上半身は薄手とはいえ、長袖を身につけている。お姫様――王子様も休暇中にあまり日焼けすると帰った時、目立つのではないか。


「メイアが用意してくれたんだけど、日焼け止めがあるんだ。ジュダ、君、塗ってないでしょ? 私が塗ってあげよう!」

「はい!?」


 これは想定外だった。ラウディは、ビーチキャンプを設営しているメイアから、日焼け止め溶液の入った瓶を受け取った。

 これは嫌な予感である。


「ラウディ、日焼け止めなら自分で塗れますから――」


 レギメンスに直接触られるなんて、とんでもない! ヴァーレンラント王には、ジュダがスロガーヴであることは知られているが、娘のラウディはそれを知らない。ここでジュダの正体を知られれば、今の関係すべてがおそらく崩壊する。

 彼女の好意も泡と消え、むしろ殺意を向けてくるのではないか。


「えー、たまには、私も誰かに塗ってあげたい」

「たまには、って何ですか」


 一応、王子様――お姫様なんだから、下々の者にそんなことをしなくてもいいのだ。


「――って、何でジュダは身構えているの?」


 怪訝な顔をするラウディである。ジュダは冷や汗が止まらず、普段はあまりしない引きつった笑みを浮かべる。


「いや、何となく」

「何となくって、塗ってあげるだけだよ?」

「触るってことじゃないですか。年頃の娘が、年頃の男の肌に触れるのは、はしたなくないですか?」


 ねえ、メイアさん――ラウディの教育係も兼ねているメイドに助け船を求めれば、何故か彼女は直立したまま、目を閉じていた。寝ているのではない、これは明らかに『見て見ぬフリ』を決め込んでいるのだ。


 ラウディの休養期間。心からの休息のため、彼女のしたいことはさせてあげたい。……という心遣いの発露とでもいうのか。主を慮る忠臣の鑑、と言えなくもないが、この場合はジュダにとっては完全に裏目である。

 もちろん、一線を越えないよう、そこはきちんと見ているのだろうが。


「ねえ、ジュダ。どうして、逃げるの、かなっ!?」

「そういう、あなたはっ! どうして、触ろうとするの、ですか!?」


 獣のように素早く飛びつくラウディ。ひらりひらりと躱すジュダ。騎士学校で鍛えているだけあって、ラウディの動きは俊敏だ。今は水着ということもあって、身軽さは抜群である。


 ――ようし、こい。海まで……!


 ジュダは、ラウディの手から逃れながら、浜辺の先へと近づく。

 日焼け止めを塗ろうとしても、水の中では無駄になる。ともなれば、ラウディも塗ろうとするのは諦めざるを得ないだろう。

 完璧だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次回は来月5日更新予定。

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