第130話、彼女が水着に着替えたら……
アーリィー専属のメイドであるメイアは、お使いの品をグレースから受け取った後、ジュダを指名し、個室へと呼んだ。
やっと戻ってこられたと一休みするつもりだったジュダだったが、有無を言わさないメイアの表情に、渋々従った。
「報告を」
「はい?」
「買い物の報告です」
メイアは、品を確認しながら淡々と言った。
「この水着を選んだのは、貴方でよろしいですね、ジュダ・シェード?」
「……ええ、まあ」
俺の口から何を言わせたいのか――ジュダは、かすかに苛立ちをおぼえる。しかしメイアは仕事だからという顔を崩さなかった。
「それはよかった。もし、他の誰かが選んでいたら、また水着を買いに行かせるところでした」
――危ない。
少し気恥ずかしくて、同行した騎士が選びました、と一瞬答えそうになっていたジュダである。
冗談は言っても、基本その手の話が通用しない雰囲気のメイアだから、再度行ってこいと言われたら、それは本気であろう。……自分で、選んだのにつまらぬ見栄で嘘をついていたら、二度手間になるところだった。
「……白いですね」
「他の色がよかったんですか?」
ジュダは、適当感丸出しで返した。着るのはメイアではなく、ラウディである。
「いえ、ラウディ様次第ではないでしょうか」
やはり事務的に答えるメイアである。個人の感情が仕事に反映されることはない、と言わんばかりだ。
――今更だが、ラウディの好みの色くらいは聞いてから行くべきだったかもしれない。
ジュダは思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
どんな顔をして、彼女に水着の色は何色がいい?――なんて聞けるというのか。我ながら馬鹿なことを考えたものだと自嘲したくなる。
「それでは、間違いなく、ラウディ様に渡して参ります」
「はい」
これで用件も終わりだろう、とジュダは席を立とうとする。メイアは言った。
「明日、晴れましたら、ラウディ様はすぐ下のテルタシオ海岸に海水浴をされますので、あなたも同行すること」
――は?
「何か質問はございますか?」
「ラウディが海水浴? まあ、それはともかく、俺も?」
「貴方は、ラウディ様の護衛ですから。行かなくてどうするのですか?」
それはそうなのだが――ジュダは渋い顔になる。水着を所望した時点で、泳ぐだろうことは想像できた。
だが、あれでも性別隠しのお姫様。いくらプライベートな王族のテリトリーとはいえ、男であるジュダが同席するのはどうかと思うのだ。
――しかもあれだ。俺が選んだ水着をラウディが着てくる……。
これは何とも気まずい、いや気恥ずかしい。もぞもぞとしたものが込み上げてきて、穴があれば入りたい気分にさせられる。
ふと、ジュダは、メイアがとても冷めた目を向けていることに気づいた。どうやら思考に気をとられている間、気持ち悪いものを見るような目をさせてしまったらしい。
それについて、突っ込まれてはやぶ蛇だろうから、ジュダも敢えて言わなかった。
・ ・ ・
「ジュダが選んだ水着……!」
王族の別荘のラウディの部屋。メイアから包装されたそれを受け取り、ラウディはワクワクが押さえられなかった。
何かの行事でもらうプレゼントとはまた違う。ジュダが、ラウディのために水着を選んでプレゼントしてくれたのだ。有象無象のご機嫌伺いの品とは、わけが違う!
果たしてどんな水着を選んだのだろう。一度開封の跡があるのは、メイアが問題ないか確認したのだと想像がつくので、気にしない。
いざ――
私のために彼が選んでくれた水着。期待に胸を膨らませながら確かめる。
「……」
これは――ラウディは言葉に詰まった。
白い。一瞬、女性ものの下着かと思った。フリルがついているが、こういうヒラヒラしているのは、その、夜に相手に見せつける類いの下着ではないか。
「随分と可愛らしいものを選びましたね」
メイアが淡々と言った。
「あの少年にしては、随分と純真と申しますか、気をつかったように思います」
「そ、そうなのかな……?」
あまり詳しくないのでラウディは首をかしげる。メイアは続けた。
「こういう言い方はどうかと思いますが、ラウディ様を一人の女性、いえ年の近い異性として、嫌みや下心を感じさせない清楚なものを選んだように見えます」
「そうなんだ。……このヒラヒラは」
「ええ、ややラウディ様に対して年下的な見方をしているようにも思えますが、あの男にしては、可愛らしさを理解していると、少し驚いています」
嫌らしい下着のそれを連想したのは、ラウディの思い込みのようだった。そういえば特に透けていないようなので、これは下着ではなく水着なのだと思い直す。
言われてみると、フリルがついている分、白というシンプルな中に、豪華さを感じさせるアクセントとなっていた。伝説にきく
――でもお伽話の人魚も、こういう感じだったような。
そう思えば、あのそっけなく意地悪なジュダにしては、詩的というか、知性を感じさせた。
しかし、それはそれとして――
「ちょっと露出が……」
胸から下は繋がっているものを想像していたが、最初に下着と勘違いしたように、上と下で分かれているから、お腹はほぼ露出する格好になる。
「ねえ、メイア。世間の女性用水着って、こういうものなの?」
「はい、ラウディ様」
メイアは真顔のまま返した。
「ここ昨今、様々なデザインで出回り出しております。聞けば、ほぼ紐で、隠しているのかしていないのか、わからないようなものまであるとか」
「えっ、そんなのがあるの?」
「あります」
いつものように事務的に言うメイアである。彼女がそう言うのであれば、そうなのだろう。ラウディには、にわかには信じられなかったが、本当であれば、確かにジュダが選んだ水着は、嫌らしさのない、しっかりしたものだと判断できる。
「明日はこれを着ていくのかぁ……」
呟いてみて、ラウディは急に頬が熱くなるのを感じた。この肌を多く見せることになる水着を、自分が着る。予想と違い、想像以上に肌を晒す結果になり、激しい羞恥心にさいなまれるラウディであった。
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次話は20日頃、更新予定です。
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