第129話、おつかい終了
選ばれたのは白だった。
フリルがついた可愛らしさがある上下に分かれた水着である。紐で結ぶ部分が強調されていなければ、水着ではなく下着のように見えなくもない。
他にも色々なタイプがあったが、ジュダがそれを選択したのは、モデルになっているレオーネがとても恥ずかしそうにしていたからだ。
際どい水着は他にもあったが、恥ずかしさのベクトルが違う。厭らしい意味ではなく、清純そうなのが自分に合わないのではないか、というレオーネの羞恥が、ジュダの琴線に触れたのだ。
天下の男装王女にも、どうせならそっち方面で恥ずかしがってほしい。見た目のエロさで真っ赤になるのではなく、ギャップで感じさせてほしかったのだ。
「ほうほうほう……」
「これは――」
グレースとミーラは、ジュダの選択にそれぞれコメントした。
「白、か……」
「清楚だな。ジュダがどういう目で殿下を見ているかわかるというものだ」
そういう言い方はやめてもらえないだろうか――ジュダは思うのである。繰り返すが、他にもあったが、男装王女様に過度な性的な目があるなどと思われたくないというのが本音である。
これでもジュダは男である。ラウディに対して好意を持っているし、その好意は愛情のそれに匹敵すると考えている。彼も若いから欲情することもある。
ラウディがジュダの前で無自覚な可愛らしさを振りまくたびに、押し倒したい衝動も時と場合によるが大なり小なりある。彼女がレギメンス――ジュダの天敵でなければ、もしかしたら抱擁を交わし、今より積極的な肌のふれ合いもあっただろう。
互いに気の向くまま、性のおもむくまま振る舞っていたら、今頃どうなっていただろうか。
――国王に刺されるな、たぶん。
あの親バカ王は、ジュダの正体を知りつつも、ラウディの護衛役にした。ジュダがスロガーヴと知らないラウディの強い意思によって。それがなければ、とっくに全面戦争だろうというのが、ジュダの見方だ。
「着るのは殿下ですし」
近くの店員に聞こえるかもしれないので、敢えて名前は出さない。この国の言葉で、殿下と言えば性別はわからないので、普通に女性用を求めていると聞けば、姫君へのプレゼントだろうと勝手に思ってくれる。
「さすがに、見た瞬間に引かれるのは、選んだ『我々』としても本意ではないでしょう」
「確かに」
グレースは頷いたが、ミーラはわざとらしく目を逸らした。
「選んだのはジュダ君だよー」
さりげなく、ジュダが連帯責任な空気を出したのを察したミーラは、部外者を決め込むことで逃げた。
この水着を選んだのはジュダであって、私ではありません、という。そこでラウディが怒ったり、悲しんだり、ドン引きしても関係ありませんよムーブ。
――そうならないように、選んだつもりだ。
彼女がこの水着を着て、きちんと海で遊んだりできるように。恥ずかしさのあまり、着たけれど、視線が気になって楽しめないのでは本末転倒なのだ。
・ ・ ・
おつかいの目的である王子殿下、もといお姫様の水着は購入できた。
何気にお貴族様も好まれるデザイナーの作だったらしく、他と比べてもお高め。購入の際に支払ったグレースは、眉間にしわを寄せた。
「予算限度ギリギリの品か。君は知っていたのか?」
「まさか」
基本選ぶだけで呼ばれたジュダである。いくらお金を持ってきているかなど、把握していない。
ミーラは笑った。
「セレブ御用達を選ぶなんて、見る目あるじゃん、ジュダ君!」
「どうも」
それを聞いて、この水着はラウディが着るのだと改めて思う。お姫様に安い水着を着させるのは、本人がどうこういうのはわからないが、メイドのメイアやお世話係から睨まれそうではある。こんな安い水着をラウディ様に着させるか、とか。
幸い、お値段もかなりよかったので、そちら方面からは文句はつけられないだろう。際ど過ぎないデザインも、メイド組から
……ミーラが最初に選んでいたヒモみたいな水着を選んでいたら、裏で何を言われるかわかったものではなかった。
なお、ジュダたちも自分用の水着を買っていた。ジュダをおつかいに出したメイアから、念を押されたからだ。これには嫌な予感しかしないジュダである。
「……」
店から出てから、ずっとモデルだったレオーネが、死んだような目で睨んできていた。この役割に彼女が選ばれたのは、ラウディに体格が近いからだ。ジュダが指名したわけでもなく、どちらかと言えば巻き込まれた側だから、睨まれる筋合いはないはずだ。
「そうそう、ジュダ君」
ミーラがお気楽な調子で言った。同僚を何とかしてもらえませんか、と口にする前にミーラは声を落とした。
「どうしてジュダ君は、殿下のお胸の大きさを知っていたんだい?」
「……」
「私もそれが気になるな」
グレースも視線を寄越す。店では店員がいる手前、解答を控えたジュダであったが、帰り道ならばいいだろうという雰囲気で、再度説明を求められた。
「普段、矯正下着を身につけていらっしゃるから、我々もサイズについては、誤認していたというか、勘違いしていたのだが」
「そうそう。ここでは矯正していないから、本当ならわたしらも気づくべきだったんだけど」
正面から見る時間はそうなかったから、とミーラは首をかしげた。
「まさかジュダ君は、殿下とそこまで特別な関係に行っていたとか……?」
「まさか手は出していないよな」
グレースが睨み、レオーネが無言で腰の剣に手をかけようとした。ジュダは極力平静を保ちつつ――変に緊張すれば誤解される――答えた。
「以前、ちょっとした事情で、俺のアンダーを貸したことがあったんですよ。その時の、こう……胸の膨らみ具合から」
「なるほどな」
納得するような顔になるグレース。しかしミーラは茶化した。
「やーん、ジュダ君のエッチぃ! そんなジロジロ胸を見てぇ」
「そこまでジロジロ見ていませんよ」
弁解はしておく。ミーラなどのタイプは、放っておくと勝手に話を盛りそうだったからだ。
ともあれ、四人は任務を果たし、ランカム城を通って王族の別荘へと帰還した。
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次話は来月5日の投稿予定。
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