第128話、選べと言われても……
女性用の水着を選べ、とは、何とも人選ミスではないかとジュダは思うのだ。
そもそも水着の存在は知っていても、それを身につける機会などほとんどない。
湖などで水浴びをする、ということは、あまり人前ではやらないが、泳ぐということはないから水着は不要。
田舎にいけば、泳ぎの達人はいるかもしれないが、稀なことだ。泳げないというのは、割と普通なことなのだ。
むしろ、泳げると言うと、変わり者を見る目か、珍しい技能持ちとしてちょっと尊敬されるかの極端な反応しかない。
これが亜人たちとなると、普通に泳ぐ種と、まったく水に近づこうとしない、これまた極端な反応を見せたりする。
「ジュダ君ー?」
……現実逃避していたら、引き戻された。人懐っこいミーラが、ジュダの横に立つ。
「どれがいいと思う?」
「……どれがいいんでしょうか?」
男性用の水着と比べると、女性用の水着のバリエーションが多いのが気になった。布面積が大きい、野暮ったいものを想像していたのだが、ここに並んでいるもののほとんどは――
「これ、下着じゃないですか? しかも……」
夜の男女の営みに用いるような、異性を誘惑する厭らしさを感じさせるものをいくつか。これで大事な部分を守れるのか? ほとんど紐しかないものもあれば、着方が独特そうな、上下一帯なのだが妙に布面積が小さいものなど、種類は豊富であった。
「最新のファッションですよ!」
女性店員はニコニコとした顔を崩さない。ジュダは、この手の業界には疎いから、そういうものなのかもしれない、と思い始めていた。
しかし、だからと言って、こういうのを実際に着る方は、また違う感想を持つと思う。
「……」
「ジュダ君、ジュダ君。眉間にしわが寄ってるー」
ミーラが軽い調子で言った。
「大丈夫大丈夫。これを着るのは、ジュダ君じゃないんだから、適当に選んじゃっていいんだよ」
適当とは、そういう気軽な意味ではない気がするジュダである。グレースが、やれやれと肩をすくめた。
「ジュダ、あまりじっくりと見ていると、そういうのに興味がある人みたいに見えるぞ」
「そういう興味とは具体的に、どういう興味のことを指すんですか?」
真顔で返すジュダに、グレースは自身の額をぺしっと叩いた。
「忘れていた。この子はこういう子だった!」
「どういう子ですか?」
「意地が悪いってことだよ」
退散するグレース。内心ほくそ笑む意地の悪いジュダは、商品へと視線を戻そうとして、試着係であるレオーネに気づいた。
「……」
やはり刺すような視線だった。今回、ラウディに背格好が近いから、この係に選ばれたらしい彼女だが、本人的にはこの役目に不満だった。
――ラウディのためとはいえ、男の前で水着を着た姿を見せないといけないからな。
レオーネが、異性に素肌を見せるようなタイプではないのは察しがつく。これも役目なのだから、お互い不幸としか思えない。
男装しないラウディが、正体を隠して自分でやってこればよいのだ。……とは思わなくもないが、それで万が一に性別が発覚しては問題だ。疑われる要素は、極力避けるのが、正しい。
「ジュダ君って、案外ウブなんだねー?」
ミーラが、ジュダの熟考を、思春期特有の異性の衣服に戸惑う子供のそれと感じたようだった。
「こういうのは、適当に選んで良し悪しを決めればいいんだよ! 実際、着たところを見ないと、わからないって」
「……そうですね」
このノリのいい黄金騎士の口車に乗っておく。その方が精神的にも楽そうだ。
「ミーラさんなら、どれがいいと思います?」
「これ?」
紐だ。
「ばっ、馬鹿なの、ミーラ!?」
それを見たレオーネが声を発した。
「そ、そ、そんなはしたないものなど、き、き、着れますかっ!」
だいぶ焦っているな――試着係とはいえ、こんなきわど過ぎるものは御免蒙るということだろう。男性用にも紐みたいなものがあって、これはさすがにとジュダでも敬遠する。
すっと、レオーネの背後に、距離をとっていたグレースがすっと回り込んだ。
「それを着るんだよ! というか時間は有限なんだ。さっさと着て、品定めしないと日が暮れるぞ」
「グ、グレース!? で、でもぉ――」
「最初に一番恥ずかしいと思うものを着ておけば、後は楽になるぞ」
「っ……! ――!」
――いや、だからそこで俺を睨まないでくれませんか。
選んだのは、ジュダではない。ミーラは、呆気にとられている女性店員に指を鳴らした。
「店員さん! 試着、お願いします!」
・ ・ ・
レオーネの水着試着会が始まった。
時間は限られているというグレースの言葉通り、悩んでいる時間はないということらしく、ミーラとグレースで適当に選んだものをレオーネにどんどん試着させた。
それが良いか悪いかを、ジュダを含めた四人で批評する。……四人目は、店員さんである。
最初の方はレオーネが水着が見えないような――自分の肌を隠すような仕草をとりまくったことで、進捗を遅らせるとグレースに怒られ、ようやくトントン進んでいくようになった。
「ジュダ、そ、そんなジロジロと、見ないで――」
恥ずかしそうなレオーネである。ジュダとしても申し訳なくなるが、ミーラは言う。
「レオーネの根性なし! ジュダ君が見て気にいらないと話にならないでしょーが!」
――そうなのか? 俺の好みの問題なのか?
ラウディが気にいりそうなものを選ぶとばかり思っていたジュダである。だからこそ、彼女に何が似合うか真剣に考えていたのだが。
それはそれとして、一つ問題があった。しかしどう言ったものかジュダが悩んでいると、グレースが首を傾げた。
「どうした? 何かあるなら、言ったほうがいいぞ」
「……実は」
ジュダは小声でグレースに耳打ちした。それを聞いたグレースはキョトンとしたが、すぐに頷いた。
「そうか……。それは問題だな。――店員さん。次からは、レオーネの胸に詰め物で増量を」
「はあ!?」
真っ赤になって声を上げたのはレオーネ。ジュダの隣にいて同じく寸評係であるミーラは真顔になって詰め寄った。
「ジュダ君、そこのところ、詳しく聞こうか?」
詳しく、とは、普段補整下着で隠しているラウディのほうが、胸があるという話だ。彼女たちが気になるのは、何故、その胸の大きさをジュダが知っているのか、である。
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次話は20日予定。
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