第127話、買い物のために港町へ


「なんで、私が……」


 そう親の仇のように言ったのは、黄金騎士レオーネだった。カールした金髪の持ち主である彼女は、鎧をしていないとどこぞのご令嬢に見えなくもない。

 ずいぶん、目つきがきついご令嬢もいたものだが。


「まあまあ、これも一つの外出ですから」


 なだめたのは、同僚で赤毛の童顔のミーラ。ただジュダは改めて気づいたが、レオーネは割と背が低く、いや、他の二人が女性としては大きいのか。

 ミーラ、そして銀髪のグレースが、視線をやや下げレオーネを見る。


「文句を言わない。あなたが、一番背丈がラウディ様に近いんだから」

「……」


 今回、王族の別荘を出て、さらにランカム城を抜け、その城下町を抜け、近くの港町までお出かけする。

 ジュダは、メイアからありがたい――もちろん皮肉だ――な買い物を頼まれたが、それに付き添うのが、レオーネ、ミーラ、グレースの三人だった。


「俺、いる必要ありますか?」


 ジュダは、買う物が物だけにそう思わずにはいられない。女性用の水着を買う、など男に頼むものでもあるまい。

 この黄金騎士三人は女性なのだから、彼女たちで調達に行くのが一番だと思うのだが……。それを言ったら、他の三人から睨まれた。


「ジュダ君、それはよくないと思うなぁ」


 ミーラが言えば、レオーネもまた腰に手を当てて、お怒りの様相。


「殿下のご指名なのよ。そういうことは、言うものではないわ」

「……そういう割には、あなたも渋ってなかった?」


 グレースがレオーネをたしなめた。ムムっ、と顔をしかめるレオーネである。

 かくて、港町を目指し出発。外との出入り口になっているランカム城で、まずは外出証を確認された。


 ジュダの外出内容は、新しい武具の調達のための市場調査と買い出し補佐。残りの三人が黄金騎士隊の備品その他の調達となっている。

 基本、黄金騎士は、そこらの兵や騎士より身分が高く、審査している者たちも上官を相手にするように丁寧に応対する。唯一、騎士生であるジュダについてだけは、訝しまれた。


「君、まだ学校の生徒?」

「王子殿下のクラスメイトです」


 ジュダが即答すると、審査係が『あぁ、なるほど』と呟いた。今、ラウディが王族の別荘にいるので、騎士学校に通う王子がお気に入りのクラスメイトを連れてきたとしても不自然さはない。


「未来の黄金騎士殿か」


 うんうんと勝手に納得したような審査係が、問題なしと言ったので、ようやくランカム城を通過する。勝手に黄金騎士にしないで欲しいとジュダは思った。

 賑やかな城下町の中央通りを抜ける。明け方で混雑していた市場も落ち着いて、少しは通りもよくなる。


「何か買い物してきます?」


 ミーラが振り返る。せっかくの外出を、楽しもうという雰囲気がありありと見てとれる。グレースがその銀色の髪を払う仕草をした。


「それは帰りでもよくない? まずは最重要案件を片付けるのが先よ」


 真面目そのものの答えである。この三人の中でのリーダー格は、グレースのようだった。

 しかし、最重要案件とやらが、女性用の水着の購入というのだから、ジュダは何とも言えない気分になる。


 ――本当に俺が行く意味があるのか……?


 何度目かわからない自問に、これまで通り答えは出なかった。



  ・  ・  ・



 メイアがジュダを指名した理由がわかる時がきた。

 ランカム城から徒歩一時間ほどの位置にある港町。そこに貿易品などに混じり、異国の珍しいもの、それを再現したり、ヒントに新しいものが開発されたりしているのだが、水着についても、かなり先進的なデザインが取り入れられていた。


「はぇー、これが全部、女性用?」


 ミーラが思わず声をあげれば、店員の女性はニコリとした。


「はい。ここ数年、水着界隈は大変盛り上がっておりまして、その意匠もより先鋭化しておりますわ。機能だけでなく、外観――つまり、美しさ、肉体美を強調する物が昨今のトレンドなのです」


 貴族などの上流階級の人間とのやりとりに慣れているようで、よどみなく店員は言い切った。

 そうなのか、という顔をするグレースに対して、レオーネはあからさまに顔を歪めた。無理もない。その先鋭的な水着とやらを試着するのは、彼女だからだ。


 ――お気の毒様。


 ミーラであれば、軽い調子で、むしろ嬉々として水着の試着をするだろうが、レオーネはその手の物には引いている様子だった。元々、乗り気でなかったようだったので、なおのことだ。

 女性ばかりのところに男がいるのも場違いだろう――ジュダは気をきかせることにした。


「では、俺は下で待ってますから――」

「何を言っているんだ?」


 グレースが真顔でジュダを見た。そんな正気を疑うような目を向けないでほしかった。ジュダとしては、常識的に考えて席を外そうとしたのだが。


「ジュダが水着を選ぶのだから、その本人がいなくては、話にならない」

「はい?」


 選ぶ? 俺が?――ジュダは面食らう。だが同時に、それならばジュダがこの水着の購入に同行しなければならなかった理由がわかった。


 選ぶ人がいなければ始まらない。なるほど、道理だ。では、何故俺なのだ?――ジュダの疑問はそれである。


 ――俺が選ぶことに意味があるのか?


 そう考えてみて、あるのだろう。ないなら、メイアがさっさと寸法を図って、自分で調達したはずだ。それをわざわざジュダに委ねたのだから、ラウディの意思が関係しているのだろう。

 しかし困った。


「俺、こういうのに詳しくないんですが」


 下心なく、真面目な顔でジュダは言う。店員は手を叩いた。


「彼女さんへのプレゼントですね? 貴族や騎士の方々も、奥様や恋人様への贈り物に、最新のファッションである水着を選ばれる方が多いですが、最初は皆様戸惑われますので、どうぞお気になさらずに」


 口の上手い人間だ、とジュダは思う。この水着のコーナーにきているのだから、そりゃ水着を買っていくのだろう。


 ちら、と試着役であるレオーネを見やる。だから、親の仇のような目を向けないでほしい、とジュダは思った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次話は来月5日予定です。

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