第126話、予想外のお遣い


 ランカム城と、そこに繋がる壁は、王族の別荘を守るという点では及第点であるとジュダは判断した。


 とはいえ、個人の基準だから絶対ではなく、その基準をどこに置くかによってはまた評価も変わる。細かなことを言い出したらキリがないの典型だ。

 厳しく見れば、この程度の城壁では失格である。


 何故なら、ジュダ自身がこの壁を攻略するとなった時、強引に突破もできてしまうし、上手く忍び込むこともできるからだ。……スロガーヴの基準では図ってはいけない。


 今、王族の別荘には、ラウディがいる。王子のいる期間だけあって、夜間とはいえ警備もしっかり行われている。

 それはそれで評価してもいいが、もし王子や他の王族がいなければ、果たして今のような警備体制であろうか?


 平時の状態であれば、もっと警備が薄く、それこそそれなりの者たちでも侵入できる状態ではないか?

 普段を知らないから言っても仕方がないことだが、ジュダとしては、この城壁とランカム城守備隊に過度な期待をしないことに決めた。


 そしてその夜は、もうしばらく森の探索という名の散歩してから、別荘に戻った。それなりに痕跡を残して。



  ・  ・  ・



 それが昨晩の出来事だ。

 ジュダが夜にこっそりお出かけし、そして警備の黄金騎士たちは、違和感に気づいたという件の。


 森に怪しい気配がしたり、物音がしたような気がする。わざと、さりげない痕跡を残してきたが、それにはきちんと気づいたのは、さすがだとジュダは思った。

 そしてそれを些細な違和感とせず、きちんと情報共有するさまも、報告、連絡、相談ができている現れである。

 ここの人間が、城壁があるから別荘は安全と、盲目的に信じていないのがわかったのは好材料だった。


 ただ、やはりここにいる期間中も、何が起きても対応できるように心構えはしておく。貴族殺しとしての経験からみても、本気でラウディ暗殺を狙っている連中がいるなら、王族の別荘でも手を出さないという保証はない。

 だが――


「ラウディには、このことは知らないままにしておきたいな」


 彼女の休養のために、この別荘にいるのだ。心から休める場所としているのに、無用な心配事を増やすのは、本末転倒だから。


 そもそも、本当に暗殺者がここにやってくると決まっているわけではない。警備する方は、常にその意識で動くべきだが、ラウディには気兼ねなく休みを満喫してもらう。


「――話を聞いているのですか、ジュダ・シェード」

「聞いていますよ、メイアさん」


 ラウディ付きのメイドであるメイアが、いつもの淡々とした調子で見つめてくる。

 ここ最近、このバトルメイドの気配がかなり薄いと、ジュダは感じていた。騎士学校にいた頃は、唯一の警備として身の回りの世話など、要所で目立っていたが、他に警備がいる状況では、本当に気配が薄かった。


 こういう人物が、そばに控えているというのは、敵としたら非常に厄介であるし、味方であるなら隠し球的で頼もしくもある。


「それで、何のご用件ですか?」


 ここでは影となっている彼女が、表立って声をかけてくるのは何か重要なことだろうとジュダは勘ぐった。

 メイアの目は逆に冷ややかになった。


「やはり話を聞いていなかったではありませんか」

「そうですね。すみません」


 気持ちのこもっていない謝罪に聞こえたかもしれない。ジュダには、表面上、感情が乗っていないように見えることがある。


「で、用件は何ですか?」

「……買い出しをお願いしたく」

「買い物、ですか?」


 意外過ぎて、ジュダは内心驚いてしまった。――何故、俺なんだ?


 ここの別荘の人員で調達するなり、あるいはランカム城に使いを出せば済むことではないのか?

 それとも、ジュダのような騎士生でなければ調達できないもの、あるいは戦士として、何か獣でも狩ってくるとか、そういう類だろうか。


「何を買えばいいんですか?」

「水着です」

「みず……何です?」

「水着です」


 メイアは淡々と告げた。


「女性用の水着を買ってきてください」


 わけがわからなかった。よりにもよって、どうして男であるジュダが女性用の水着を買ってこなければならないのか。


 ――水着ってあれだよな。水の中に入るための。


 別荘裏には、秘密の入江があってプライベートな海岸がある。誰かが泳ぐということなのだろうが、少なくともジュダに買ってこいというのだから、ここの住人たち用ではないだろう。

 十中八九、ラウディ用だ。王子様、ではなく、王女様用に。


「何故、俺が行かねばならないか、理由を説明してもらってもいいですか?」

「嫌です、と言ったら、黙って行きますか?」


 珍しく拒否するような言い回しをした。メイアは基本、無表情だから、これをやられると本気に思えるから困る。


「では、ラウディに聞いてきても?」

「冗談です。お話します」


 珍しいと思った。やはり冗談だったらしい。真顔だから紛らわしい。


「あなたが買ってくるのは、ラウディ様がお召しになる水着です」


 ――あ、水着を買ってこいというのは、本当だったのか。


 できればそれも冗談であってほしかった。


「お言葉ですが、王族のお召しになる水着を、騎士生風情が買ってくるのですか?」

「そうです。あなたのような立派な騎士生様が、購入してくるのです」


 メイアはやはり真顔だ。


「察しが悪いようなので説明しますが、王族のお召し物を業者に作らせに呼ぶというのは、この別荘では難しいことです。さらに言えば、王子殿下のお召し物のために呼んだ商人に、ラウディ様が女性用の水着を求めておられるなどと知られても困るわけです。お分かりですね?」


 性別を隠しているのに、水着でバレてしまうというのはお粗末以外の何ものでもない。確かに筋は通っている。しかし――


「やはり、俺でなければならない理由にはならないと思います。女性用の水着を所望なら、女性が行くべきでは?」


 せめてその購入役の女性の付き添い程度ならば、行くことも吝かではないのだが。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次話は7月20日予定です。

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