第122話、エスコートはどちら?
王族の別荘は、割と高い位置にある。海に突き出た半島の先、三方を海に囲まれていて、崖となっているから、外部からの侵入は限られる。
別荘の高所である塔に上がれば、周囲の自然、海、遠くの海岸を見渡すことができた。
「晴れている日は、よく見えるね」
ラウディは声を弾ませる。
「どう?」
「ええ、悪くないかと」
ジュダも塔の展望台から景色を眺める。港町が見え、船が行き交っている。王族の別荘から遠いので、どれも小さくて人間などは見えないくらいだ。
ラウディの金色の髪が揺れ、ジュダの視界にちらついた。
「風が少し強いですね」
「地形の都合だね。ここは屋敷でも一番風が遮られずに当たるから。……でも今日の風はそこまで強くないよ」
「でしょうね」
バタバタと強い風で、声も聞き取れないくらい吹きそう、とジュダは思った。ラウディは南の方角――大海へと見渡す。
「朝は東、夕方は西を見ることで日の出、日の入りが見えるんだ。綺麗なものだよ」
ちら、とラウディは視線を寄越す。これは何か言わねばならないのだろうか――ジュダは考える。
わぁ、楽しみー。一緒に夕日を見ませんか? いや普通に夕日も見たいですね、とするべきか――
「君って、意地悪だよな」
「何がです?」
すっとぼけるジュダである。
「私が日の出や日の入りを話をしたのに、まるで無関心じゃないか」
「何か捻た返しを考えていたら、何も浮かばなかったのです。すみません」
「そこは普通に返したらいいんじゃないかな!」
ラウディが肩を怒らせる。少々オーバーなのだが、ここではそれを不審に思ったり、咎める者はいない。
「どうして、そう変な方向へ持っていこうとするかなぁ!」
「普通の返しなんて、面白くないでしょ。――やりましょうか?」
ジュダは片膝をつき、騎士のように振る舞う。
「姫殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。姫殿下のお誘いとあらば、日の出も日の入りの観賞も、喜んでお供いたしましょう」
「……うん、今すぐやめて」
ラウディはげんなりした。
「私の言う普通というのは、そういうのじゃなくて……」
「王族の普通なんて、そういうものじゃないんですか?」
またもすっとぼけるジュダ。反応からして、ラウディが求めているのが、世間一般的な普通という意味であろう。
王族に跪く騎士などは、王族にとっては新鮮味の欠片もなく、まさに普通だから、そちらはいらないということだ。
ラウディは眉をひそめる。
「正直、ジュダには似合わないよ、そういうの」
「迫真だったんですけどね」
ジュダは立ち上がる。正直、人前ではやりたくない行為の上位に入る。
「あなたにだけですよ、こういうのをするのは」
「私、だけ……」
すっとラウディは目を逸らすのである。瞬間的に照れてしまった。
こんなに反応がわかりやすいのは、王族としてどうなのだろうとジュダは思う。これで王子を演じるとか、化けの皮が剥がれやすくなっていないだろうか。
「……照れてます?」
「わ、私以外に、そういうことをしている君は考えたくないな!」
「話を聞いていましたか? あなたにだけですよ、こういうの」
他の異性には、やった記憶がない。……もしかしたら、どこかでやったかもしれないが、心当たりはない。
「ふ、ふーん、私だけか。そうか」
そっぽを向くラウディ。すっと手を出される。
「何です?」
「手、握ってほしいな」
ラウディがおねだりしてくる。
「ここは、そういう場所なんだよ」
どういう場所なんだ――という突っ込みは、ジュダは心の底にしまう。内心焦るのだが、表情には出さないように気を配る。
「いいんですか? 侍女や警備の騎士に見られますよ」
お姫様がお付きの騎士とお手々繋いでいるのを目撃されるというのは、どうなのか。スロガーヴとレギメンス云々以前に、少し恥ずかしいのではないか。
「いいんだよ。ここでは私がお姫様で、君は私の王子様なんだよ」
「!」
「……っ!」
言っている本人が、物凄く赤くなっているのだが。
そんなラウディの熱が、ジュダにも伝播する。何気にレギメンスオーラを強くするのをやめてほしい。
「少し、暑くないですか?」
「ぜんぜん!」
真っ赤になって言うラウディである。ジュダも視線を彷徨わせたが、幸い接触に備えて手袋はしているので、そのままラウディに手を差し出した。
「では、お供しましょうか、お姫様」
「……うん」
ラウディはジュダの手を握った。手袋ごしなのに、とても熱かった。
・ ・ ・
ジュダはラウディの手を取り、屋敷の中を歩いた。
まったく、子供じゃあるまいし――レギメンスオーラのヒリつきを手に感じつつ、体温が上がっている気がするのは、決してそれだけが理由ではないだろう。
そして言い出しっぺであるラウディは、これまた彼女も顔を赤らめたままである。
「恥ずかしいなら、やめてもいいんですよ?」
「え? 何のことかな?」
ラウディは視線を遠くに向けて、すっとぼけるのだ。わかっている癖に、まるで自分から手を放すのは負けとでもいうのか、しっかりジュダの手を握っている。
こうきっちりホールドされては、ちょっと力を入れないと抜け出せそうにない。しかしそれをやるのは、つまり振りほどくということで、真っ当な理由もなく、お姫様の手を振り払うのは、無礼極まりない行為であろう。
――とても恥ずかしいのだが。
これは酷い見世物である。すれ違う侍女も、警備に立つ騎士も、顔には出さずとも、ラウディが護衛の騎士に甘えているのは一目瞭然だった。
後で何を言われることになるのかわかったものではない。関係ないと突っぱねるのも、この件では簡単ではないだろう。
それはそれとして――
「これでは、どちらがエスコートしているのかわかりませんね」
「君でしょ、ジュダ」
「忘れたんですか? あなたがここを案内してくれるって言ったんですよ?」
そもそもの部分を忘れないでほしかった。
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