第123話、平穏な日々とは
ラウディは、女の子として振る舞った。
騎士学校での王子様も中性的な艶やかさを感じていたジュダだったが、王族の別荘ではラウディは完全に女の子のそれだった。
たとえば耳にかかる髪を払う仕草とか、それとない仕草に妙に色気が出る。こんなに変わるものなのかと、ジュダは内心驚いている。
人前で段々女性が出ているのではないか、とラウディを注意してきたジュダだが、あれでかなり抑えていたのだと、彼女を見て思うのである。
人の目を気にしない環境というのは、こうも人を変えるのだ。もちろん、警備の騎士がいて、従者がいる環境だから、誰かしらは見ているのだが。
屋敷の庭に出てみて、花を眺めたり、海の見える高台を覗いたり、散歩したり。そばにいるラウディは素を隠すことなく楽しんでいるようだった。
そんな女を見せられて、ジュダはドキドキしていたのだが、緊張するのは感情面のせいだけではなかった。
「……近く、ないですか?」
「恋人の男女なら、こういうのは自然じゃないかな?」
ラウディは甘えたように言い、ジュダの腕に自身の腕を絡めた。王子様なのだから自重してください、はここでは通用しない。
服ごしとはいえ、レギメンスオーラのせいで、熱いくらいだった。こういう接触に、違う意味でドキドキしているジュダである。普通の人間だったなら、変な緊張をしなくても済むのに、と己の身を呪いたくなる。
ただ、それを除けば、このまったりした時間も悪くなかった。ここには互いに縛るものがなくて、世間のしがらみをしばし忘れることができる。
亜人だ人間だ、などというものもなく、不当な差別や暴力もない。ジュダの旁らにいるのは、一人の女の子であり、ささやかなわがままを言ったり、かわいく拗ねてみせたりと、コロコロと表情を変える。
その変化が楽しく、ジュダにはとても心地よかった。
「君はどこでも意地悪なんだよね」
「俺から意地悪なところを取ったら、何が残るんです?」
「うーん、強さと……格好良さ?」
「そこを疑問みたいに返されると反応に困るんですが」
「ジュダは格好いいよ!」
そう言ってラウディは腕に抱きついてくる。人から絡まれるのは好きではないジュダだが、ラウディにはむしろ構ってもらって悪い気分はしない。
本音を言えばスロガーヴとレギメンスという体の相性があって煩わしくあるのだが、それでも悪くないと思えるのは、おそらくラウディが終始楽しそうだからだろう。
騎士学校にいる頃、時折見せる辛そうな表情や、亜人差別や暴力の場面に遭遇して気分が悪くなったり、何かに耐えるような表情。現状を憂い、しかし何もできないもどかしさ。彼女を悲しませる要素がなく、誰かのためとか、国のためとか、そういうものも関係なく、ただ普通に笑って咎められない場所。それがどれだけ貴重なことか。
国王のことは気にいらないが、彼も一ついいことをした。王子と偽らせている娘に、羽をのばす機会を与えたのだから。
・ ・ ・
「――ラウディは今、王族の別荘にいる」
エイガー・テンディット子爵は自身の館にいて、部下である狐人の暗殺者、ヘクサ・ヴァルゼに告げた。
「要塞ではないが、入る者を限定する意味においては難攻不落。これまで王の庭に不法に入って無事だった者はいない」
「それは人間は、でありましょう」
ヘクサは妖艶に微笑んだ。
「我ら亜人においては、困難であろうとも不可能ではありますまい」
「……亜人アピールは、ここでは嫌われる」
冷たい声でテンディットが言えば、ヘクサは頭を垂れた。
「申し訳ありません、我が主様」
「我が派閥は亜人に冷酷な者が多い」
彼の勢力は、ほぼ亜人差別主義者であると言っていい。その観点からすれば、亜人である狐人を重用しているテンディットは珍しい方だ。
「可愛いペットである限りは、大目に見られるとはいえ、弁えねば容易く処分されるのがペットというものだ。主の気分次第でな」
「……」
ペットか奴隷か。亜人差別主義者のそばにいる亜人に人権などない。
しかしその点で言えば、ヘクサ・ヴァルゼは奇妙なタイプだと、テンディットは思う。
彼女は独立した殺し屋としてやっていける実力があり、人間に従わなくても生きていける。それが何を好き好んで、亜人差別主義者の家にいるのか。
拾ってやった恩とでもいうのか。手を差し伸べて以来、彼女はよくエイガー・テンディットに仕え、その手足となって働いていた。
時々ネットリとした目を向けられている自覚もあるが、冷たくするとかえって恍惚とする気持ち悪いところが彼女にはあった。
そんな狐人でも、無性に抱きたくなる時はあって処理しているが、あれで中々可愛い声で鳴くのだ。
亜人に差別的なテンディットも、彼女に対してはまた違ったものを抱いている。そしてそれはそれとして、役に立つ手駒なら、人間でも亜人でもどちらでも構わない、と考えていた。
「話が逸れたな。王族の別荘に侵入できるなら、今のうちに始末をつけたい……と、
「ではいよいよ、国を手中に収められる、と」
ヘクサが顔を上げれば、テンディットは頷いた。
「王都にいるより、動きやすいだろう、ということだ。ラウディがいなくなれば、現国王も後継者の望みが絶たれる。あの方が表舞台に立たれるのだ」
そして始まる亜人排斥運動。王都はもちろん、この国から亜人は一部を除いて一層される。
彼らは抵抗し、人間と亜人の大戦争となるだろう。その果てに勝利し、亜人がいなくなる世を、あの方は望んでいる。
「承知いたしました。刺客を送り込みます」
「ヘクサ、お前にも行ってもらうぞ」
テンディットは告げた。
「直接やるか、部下にやらせるかは任せるが、確実に王子を始末したところを貴様が見届けるのだ」
「はっ、お任せください。必ずやご期待にお応えいたします」
しかし――ヘクサは首をわずかにかしげた。
「王都の方はよろしいのですか? 例のリーレの件は」
「案ずるな」
テンディットは、わずかに口元を緩めた。
「すでに私の方で、手を打った。多少時間はかかるかもしれないが、証拠は掴んでやるさ」
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今後、月2回更新に変わります。
次話は来月5日予定です。
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