第121話、別荘初日
外装も綺麗だが、内側も王族専用というだけあって豪勢なものだった。
清潔感に溢れた白い壁、青い石材の床、通り道に敷かれた赤い絨毯など、手入れが行き届き過ぎて、ジュダは慣れるまで落ち着かないだろうなと思った。
王城を歩く時も、人の目がある時は変に緊張したものだが、そっけない騎士学校の寮が早くも恋しくなった。
「ジュダ様のお部屋はこちらです」
屋敷のメイドの一人から、案内されたが、実に丁寧に扱われた。正規の騎士ならともかく、ジュダは騎士生である。
そこまで畏まって応対されるような階級ではないが、これもラウディのお供をする騎士という立場がそうさせるのかもしれない。
思えば、道中の黄金騎士たちの態度も、単なる騎士生としてではなく、実績のある騎士として対応されていた気がする。
「まー、いいんじゃない、ジュダ
唯一のお供であるトニが、お気楽な調子で言いながら、ジュダのベッドにダイブした。
「フカフカだー」
なおトニにも部屋が与えられていて、お隣である。
「ボクこそ、いいのかなー、上等過ぎて落ち着かないかもしれない」
エクート人であるトニである。亜人である彼女は、こういう豪勢な部屋は、ジュダ以上に慣れていないだろう。
ジュダは窓を開け、外を一望する。三階の一角、南東側だから朝日は差し込むが、夕日は見えないだろう。
「海が見える」
どこまでも広がる水平線。東のほうを見れば、南部の海岸線があって、緑溢れる大地と小さく港町が視界に収まった。
「景色は悪くない」
ここで三週間ほどの休日を過ごす。もちろん、それはラウディの休養であって、ジュダは護衛である。
コンコン、と戸がノックされた。
「はい」
護衛としてラウディのそばに戻るように呼びにきたかもしれない。そう思ったジュダだが、扉が開くと、麗しい金髪のご令嬢が入ってきた。
「ジュダ、いま大丈夫?」
「ラウディ」
まさかの女性衣装、お姫様の普段着だろうか。いつもの男装ではないので、少し面食らった。
「わぁ、お姫様ー」
トニがニコニコと言えば、ラウディもはにかんだ。
「やっぱり、普段着でこの格好は、ちょっと慣れない」
などと、普段は性別を偽っているお姫様が言うのである。これを見て、確かにここでは、男装しなくてもいい場所なんだと実感が湧いてくる。
「……な、なに? ジュダ」
しげしげと見てしまったからだろう。ジュダの視線にラウディが、そっと目を逸らした。
「違和感が凄いですね」
「似合ってない?」
少しムッとした顔になるラウディ。ジュダは首を横に振る。
「逆ですよ。似合いすぎて、違和感です」
正直言って、美しくあり、そして可憐だった。髪をリボンでまとめてはいるが、丈の長いスカートと相まって、清楚なお嬢様そのものである。
元々、顔がよかったのもあって、王子様が女装している、ではなく、自然に女性であった。胸の奥がときめいたのは内緒だ。
「似合ってる……でも違和感って、それは喜んでいいのかな? 貶していたりする?」
「いい方に解釈してください。いくら俺が意地悪でも」
「……」
ラウディが頬を紅潮させながら、背筋を伸ばした。
「もし暇なら、お散歩しない? ジュダはここが初めてだから、私が案内してあげる」
「お誘いとあらば」
他に取り立ててやることはない。ここは騎士学校ではないから、授業もなければ、時間に縛られることもない。
ラウディ王子殿下、もとい王女殿下の休日で、ジュダはそのお供なのだから、彼女の我が儘にはとことん付き合うのも役目のうちだ。
「トニも来る?」
「ボクは、お昼寝ー」
自由人を決め込み、エクートの相棒はベッドでゴロゴロ。これも正しい休日の使い方ではあるが、ジュダとしては一言言いたい。そこは俺のベッドだぞ、と。
・ ・ ・
鎧はつけてない。しかし、ブロードソードはベルトから下げていた。それを見て、ラウディは目を細めた。
「ここは危険がないんだよ?」
「俺の役目は、あなたの護衛ですから」
何かあった時のために、武器を携帯する。それは――
「あなたのためですからね」
「もっと周りを信じていいんだよ」
ラウディの隣をジュダは歩く。屋敷内ですれ違う従者たちは、そろって脇にどいて、道を開ける。
「ここは外部から隔離された土地で、それにも関わらず警備に騎士たちがいるのはわかります」
王族の別荘までの道中を共にしたラハ隊長たちも、そのままこの屋敷の警備についている。
「でも、俺も一応、あなたの護衛としてここに連れて来られたと思うんですが?」
「そうだよ、君は、私の護衛」
ずいっ、とラウディが身を寄せてきた。普段男装しているとわからないが、今は普段着とはいえ女物のドレスなので胸の膨らみがある。
「私のそばにずっといて、私を守るんだよ、君は」
意味深な言い方をするラウディである。まるで何もかも自分のものと言うように、グイグイと引き寄せてくるようだった。
「ずっと、というと」
「出かける時も、食事の時も――」
「浴場の時も、寝る時も?」
「……!」
ラウディの顔が真っ赤になった。何を言うんだ、と怒るかと思いきや、拗ねたような顔にジト目を向けてくる。
「ジュ、ジュダはそうしたいの? それなら――か、考えてもいい、けど!」
恥じらいつつも、受け入れるような彼女。ここでは王子をしなくていい場所とは聞いていたが、タガが外れる過ぎてはいないだろうか?
まだ初日だぞ――ジュダは、違う意味で不安になるのだった。
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