第120話、王族の別荘へ
ヴァーレンラント王国南部サンクドゥ。キュイーブル侯爵の領地であり、かの家は代々、王族の守護者の家系である。
領の南が海に面しているサンクドゥは、遠方の国々との交易の拠点でもあった。また温暖な気候から、冬でもほとんど雪が降らず、王族の別荘が置かれていた。
サンクドゥの南西のランカム城は、その王族の別荘を守るように建っており、隔離された王国直轄地へ入るためには、ここを必ず通らねばならなかった。
途中、領地の騎士が、ラウディ一行の到着を待っており、ランカム城までの護衛と案内を引き受けた。
賑やかな城下町を抜け、馬車はランカム城へ入った。
「ようこそ、ラウディ王子殿下。お待ちしておりました」
「ご苦労様、ミヒャール子爵」
ランカム城の城主にして、王族の別荘のある直轄地周囲の警備を担当しているミヒャール子爵は、ほっそりした体格で長身、ピンと伸ばした髭の持ち主だった。
「殿下のご滞在中は、我々も直轄領周囲の警戒を怠りません。どうぞご安心して、休養なさってください」
「ありがとう、子爵」
ラウディは笑みを返した。警護としてそばにいたジュダは、付き添いに徹して、一切口を開かなかった。ただ、ラウディの愛想笑いが露骨だなと思った。
挨拶が終われば、ラウディは馬車に戻り、一行は動き出す。城には滞在しない。
ジュダは予め聞いていたが、本当に挨拶だけで終わり、拍子抜けした。会食の一つも覚悟していたが、そんなこともなかった。
城の裏口が、そのまま直轄地への道に繋がっていて、馬車はそのまま移動する。周りを警護するのは、ラハたち黄金騎士のみで、ランカム城の兵士などはいない。王の直轄地の周りは警護対象だが、中は管轄外ということだろう。
森があって、整備された街道を通り、目的地である別荘を目指す。わざと道が曲がりくねっているのは、防衛上の理由だろうか。
ジュダはトニに乗り、森に耳を済ます。鳥や動物の声が聞こえるが、特に危険そうなものはない。
馬車の窓からラウディが顔を出した。
「そんなに心配しなくていいよ、ジュダ。ここは一度だって侵入されたことがない場所だから」
「本当ですか?」
「嘘は言わない。ランカム城は見たでしょ? 無駄に長い城壁。あれが別荘のある小半島の入り口に立ち塞がっているから、あれを超えないと、こっち側へ来れない」
城壁には当然、警備兵がいるので、よじ登って通ろうとする者はそこで捕まる。だから、侵入できない――と、ラウディは言いたいらしい。
「海からは入らないんですか?」
直轄地は小半島の先である。周りは海だから、船で乗り込むという手もある。
「崖になっているから、上陸できないよ」
無理に接舷すれば船体をこすって、むしろ壊れる。
「一応、水路があって、浜がある場所があるんだ。王族専用のビーチだけれど、そこは入り組んだ水路を通らないといけないし、海側からだとパッと見て判別しにくい地形になっている。それでも運良く見つけて入ろうとしても、大型船は無理だし、そもそも監視所があるから、やっぱり侵入は無理」
しっかり警戒すべき場所はしているらしい。ジュダは肩をすくめた。
「万全のようですね」
「ここは昔から、王の庭だったからね」
積み重ねがある分、対策され尽くしているということだ。ラウディの口振りからも、安心しているのが見てとれる。
「……」
「何か言いたそうだね、ジュダ?」
「いえ、別に」
本当に万全なのか、その点についてジュダは、疑問を持っている。もちろんこれは、来たばかりで、実情を知らない人間ゆえの当然のものであり、王族の別荘だからそうというわけではない。
そもそも、スロガーヴである自分が本気で侵入したら――果たしてどこまで対策できているのか、純粋に好奇心がうずいた。
これまでも亜人差別主義者を葬るべく、敵地へ忍び込み、あるいは乗り込んできたジュダである。標的を排除するためなら、どう侵入するか検討してきたから、ついそちら目線で、王族の別荘の抜け道を探してしまうのだ。
あまり不審な行動を取るべきではないのはわかっているが、調べてみたくなった。
・ ・ ・
森の街道をしばらく進んだ先に、立派な屋敷が建っていた。周りを壁に囲まれているのは一種の城壁と言ってよさそうだが、小半島の先にあるというのは事実で、周りは海がよく見えた。崖の上、高い場所に建っているのがわかる。
ラウディを乗せた馬車が到着する頃には、屋敷で働く者たちが集まり、出迎えた。
執事と侍女、そして数人の騎士が頭を下げる中、ラウディは馬車を降りる。
「やあ、皆。しばらく世話になるよ」
「長旅、お疲れさまでした、ラウディ殿下」
老執事――おそらく長と思われる男が口を開いた。滞在期間中は誠心誠意、お世話させていただきます云々。
執事長とラウディのやり取りをよそに、ジュダはここにいる人間を眺める。……気のせいか、ラウディに髪型や顔が似ているのが、侍女や騎士の中に混じっているのに気づいた。中には衣装を変えたら、影武者を演じられそうな者もいた。
――ここにいるのは、皆ラウディの本当の性別を知っているんだよな……。
そのための別荘。疲れたラウディが、何の気兼ねなく羽をのばせる場所、と聞いていたから。
何人かがジュダを見ている。当然、初めて訪れた者に対して、その正体が気になって当然というところだろう。機密を抱えた人間たちだから、余計に。
「ジュダ」
「はい」
ラウディが振り向いたので、さも聞いてましたという風を装うジュダ。ラウディは老執事に手のひらを向けた。
「こちらはゲルエル。ここの長。――ゲルエル、こちらはジュダ・シェード。私の騎士だよ」
しっかり紹介してくれた。ジュダが会釈をすれば、ゲルエルは恭しく頭を下げる。ただ騎士と紹介されただけにしては、いやに丁寧な仕草に、ジュダは居心地の悪さを感じる。どうにも自分が偉い人になってしまったのではないかという錯覚をおぼえたからだ。それが個人的に気に入らなかった。
ただ、ゲルエルが従者以外に皆そういう態度をとる人物の可能性もあったから、表情に出すことはしなかったが。
「さ、ジュダ」
ラウディが促した。王子として振る舞いではなく、友人を自分の自慢の家に案内する子供のようだった。こんなことを言えば、きっと彼女はそんなことはないと否定しただろうが。
――そうだった。
ジュダは思い出す。ここは、ラウディがありのままで振る舞っていい場所。王子ではなく、お姫様として、普段封じている女性として過ごしても、誰も何も言わない彼女にとっての自由な空間。おそらく王城などよりも、遥かに自由に。
――おかしなテンションでも、変ではない、か。
ジュダは、先を行くラウディの背をゆっくりと追った。
そして、彼女が自由に過ごしていい場所、というのを、たっぷり思い知らされることになる。
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