第119話、テロリストか盗賊か
ラハ護衛隊長は、仲間たちと襲撃者の遺体確認を行った。もっとも、王族を狙った刺客の可能性もあるので、あまり襲撃現場に長居するわけにもいかなかったが。
「どう思う?」
ラハが尋ねれば、副長のガリナは遺体から顔を上げた。
「雑多な取り合わせは、亜人解放戦線のようにも思えますが、装備があまりにちぐはぐです」
「連中にしては、装備が貧弱……そうだね?」
こくり、とガリナは頷いた。グレースが口を開く。
「亜人解放戦線の雑兵部隊ですか? それとも下っ端?」
「装備から見るに、上位の連中ではないだろうね」
ラハが一息つく。自分が倒した狼人は、鎧すらしていなかった。
「それにしても、あのジュダという騎士生、噂に違わずやりますね」
グレースが苦笑しつつ、頭をかち割られた猪亜人の死体を見やる。
「普通、投げた斧で、ああはなりませんよ」
大の男が斧を投げて、敵を仕留めた。しかもその狙いは非常に正確で、普段からあの手のものを投げ慣れているようだ。
「ジャクリーンのお気に入りだからね。……まあ、私も驚いた口だけれど」
ラハは素直に認めた。そのジュダは、馬車のラウディ王子と何やらお喋り中。安全確認か、はたまた戦闘の報告か。
中衛のミーラが、ラハたちのもとへやってきた。
「何かわかりました?」
「ん?」
「こいつらの正体」
ミーラが、襲撃者たちの死体を指さした。グレースは言う。
「亜人解放戦線じゃないの。……下っ端も下っ端みたいみたいだけれど」
「ふうん、何か物証が出てきました?」
「いや」
ラハが首を横に振れば、グレースが口元を歪める。
「いやに絡むじゃん」
「そういうわけじゃないけど……。ジュダ君が、こいつらは盗賊だってきっぱり言っていたから」
「盗賊? ……ジュダがそう言ったのか?」
「ええ。ラウディ殿下に、亜人解放戦線ではないって」
ミーラの答えに、ラハとガリナは顔を見合わせた。
「何でわかったのかな?」
「興味深いですね」
ラハたちは馬車まで戻る。ジュダが向き直った。
「移動ですか?」
「そうだな。連中が戻ってくると面倒だ。……君は、この襲撃者たちを盗賊と判断したようだが……理由を聞いても?」
「あぁ、ラウディ……殿下にも言いましたが、襲撃者がこちらの正体を知らなかったんですよ。つまり、その時点で、王族を狙った敵ではない」
「こちらを知らなかった……?」
「何故、わかるんだ?」
ガリナが問えば、ジュダはわずかに首をかしげた。
「俺は亜人の言葉がある程度わかるので……。彼らが、こちらが亜人語を理解していると知っていて、わざと言わない限りは、盗賊で間違いないかと」
「……それなら、こちらの理解できる言語で喋るだろうね。亜人語で嘘のやりとりをするのはさすがに手がこみすぎている」
ラハは、ジュダの意見に納得した。グレースは言う。
「亜人の言葉がわかるんだ、君」
「亜人の集落にしばらくいた頃がありますから。その時に」
「そうそう、ジュダは、騎士学校で、亜人科目の臨時教官もやったんだ」
ラウディが、どこか自慢げに言った。ミーラが目を回す。
「へえ、ジュダ君、在校生だよね? 臨時教官もやってるの!?」
「休校期間の騎士生の自習の一環というやつです。今はやっていませんよ」
ジュダは首を横に振った。できればそれ以上は関わりたくないという態度である。ラハは笑った。
「何にせよ、きな臭い陰謀ではなく、ただの事故みたいなものだとわかっただけよかったよ。……それじゃあ、出発するとしようか」
・ ・ ・
移動は再開された。盗賊が仲間を引き連れて再度襲ってくるということもなく、一行は街道に沿って南下した。
盗賊を撃退した一件で、護衛である黄金騎士たちのジュダを見る目が変わった。ラウディが護衛に選んだ上位騎士生は何者なのか――その実力の一端を目の当たりにしたことで、信用を得たらしい。
道中の野宿だったり、移動の際の見張り番などで、会話の内容がより砕けたものになったことで、ジュダはそれを実感した。
特に話題になったのは、自分たちも知らない亜人言語について。
騎士学校で臨時教官を務めた件で、学校長からも言われたが、亜人言語やその習慣について知識を持っているものが少ない。差別的な貴族も多く、表立って亜人のことを知りたいという者は少ないが、こと個人単位となると興味がある者も少なくないようで、黄金騎士たちも、短い時間を利用して亜人語について、ジュダから話を聞きたがった。
ラハ曰く――
『亜人が人間の言葉を喋るとは限らないからね。まともな通訳もいないから、コミュニケーションが必要な時、わかるほうがいい』
最初はジュダに懐疑的だったレオーネは、盗賊撃退の一件で態度を変えた人物の一人だが、彼女の場合。
『戦場で、亜人と敵対している時に、何を言っているのがわかれば、対処も変わってくるでしょ?』
ミーラなどは単なる好奇心で聞いてきたりしたものの、ジュダはそれらに丁寧に対応した。
王族を守る黄金騎士たちが、亜人に高圧的ではなく、対等に会話できるようになれば、王族への印象にも影響を与えるのではないか、と思ったからだ。人と亜人が不足なく会話できるようになれば、誤解や衝突も減るのではないか。
なお、ジュダの解説中は、傍らにはラウディがいて、亜人言語の習得に熱心に取り組んでいた。
「私は、ジュダの講義は大好きだよ」
そんなことを言うものだから、たまたま聞いていたミーラがニヤニヤしていた。
ラウディが、そんなお勉強に前向きなことを言うのは、道中、暇な時間が多いということも影響しているだろう。馬車での移動なので、他にやれることも限られていたから余計にである。
王子様ご一行は、いくつもの領地を横切り、野宿を繰り返して、王国南部サンクドゥへと辿り着いた。
時に雨に降られたりしたものの、盗賊などが現れることもなく、大きな怪我もなく全員無事である。
そして王の直轄地に向かい、王族の別荘を目指す。
「その、別荘というのはどういうところなんです、ラウディ?」
ジュダが問えば、王子様の皮を被ったお姫様はニコリとした。
「秘密の場所だよ」
行けばわかるよ、と彼女は笑った。
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