第118話、治安の悪い街道


 貧富の差が大きければ、それだけ治安は悪くなる。犯罪率の増加は、大抵、余裕のない民が多ければ多いほど増える。

 つまり、真っ当な生活を送ることができない状態に追い込まれているからだ。結果、盗賊が増え、略奪件数が増加する。


 これが、旅人を狙って街道などに現れる襲撃者のパターンその1だ。


 パターン2は、主義、宗教が絡む場合だ。この考え方はよろしくない、この宗教は邪教だ、などなど題目は多々あれど、貧困層を扇動し、汚いことをさせながら搾取する者たち。不満や貧富の差を利用し、混乱をもたらす。結局、扇動者の金儲けの利用され、盗賊まがいの行為をする、それがパターン2と言える。


 これの嫌らしいところは、扇動され犯罪に手を染めている者たちが、犯罪の自覚がないことだ。この行いは正しい、自分たちは正義、敵は悪と刷り込まれているから、殺しや略奪を正当化し、犯罪に走るのだ。


 さて、ではこの場合はどうだろう――ジュダはブロードソードを手に思う。


 王国南部への旅路で、ラウディ王子殿下ご一行を襲撃する者たち。林を通る街道で待ち伏せされたわけだが、現れたのは亜人の武装集団。


「亜人解放戦線か!?」


 黄金騎士たちは、すぐさま対応した。ラハ護衛隊長ほか、すぐに襲撃者たちと馬車の間に壁を作る。


「ジュダ、お前はメイア殿と、殿下のそばにいろ!」


 ラハの指示を受けて、ジュダは馬車の前の最後の防波堤として控える。


「ジュダ――」

「ラウディ、馬車から出ないように」


 騎士が守る馬車に乗っている者など、身分の高い者だと言っているようなものだ。襲撃者たちにその顔を見せる必要はない。


 ――これがただの盗賊であれば、構わないんだけど。


 ジュダは戦場を俯瞰しながら思う。もし敵が亜人解放戦線や、王族に敵対する勢力の一味であるなら、ここに少数の護衛のみをつれて移動する王子様がいるとバレるのはよろしくない。


 ――それとも、すでにその刺客だったりするのだろうか……?


 最初からラウディを狙った襲撃である可能性。どこかで情報が漏れて、敵対者たちが盗賊に偽装して待ち伏せしていた場合。


 前衛のラハ護衛隊長は、ガリナ、グレースと共に盾を持って壁を形成する。レオーネはショートソードを二本持つ軽戦士スタイル。ミーラは弓で中衛。シーニィは盾と魔法杖を持って後衛担当だ。

 前衛3人と、そこを抜けてきた敵を攻撃する2人。魔法で攻撃や支援が1人という隊列だ。


 襲いかかってきた亜人の戦士たちは、十人以上。外套を取り、黄金の装備も露わになったピカピカの騎士たちを前にしても、なお突っ込んでくる。


 ――素人ではないな。


 昨日今日、盗賊になった連中ではなく、それなりに場数を踏んでいる敵だ。食いぶちに困り盗賊になったばかりの者は、経験がないから重武装の騎士などを前にしたら尻込みするものだ。あるいは戦意を失って諦める。


 怯んだ様子がないのは、戦い慣れているということだ。しかもこの手の襲撃も数をこなしているから、互いにどういう動きをし、どの程度の実力なのか仲間内でもわかっている。つまり、襲われるこちらにとっては面倒な相手ということだ。


 ジュダは耳を済ます。襲撃者たちの正体が盗賊なのか、亜人解放戦線なのか、あるいはその他の武装組織なのか。亜人言語をある程度知っているジュダは、襲撃者たちが使う亜人言語で、その正体を把握しようとする。


『領主の馬車か!? 騎士だぞ』

『女だ! 構うことない、力で押せ!』


 聞こえてきたやりとり。威圧の咆哮を上げて迫る狼人や熊人。


 ――亜人解放戦線や王族の敵対者ではないな。


 現状、ジュダは敵を盗賊と判断した。土壇場で襲撃相手がわかっていないというのは、王子を狙った者ではないということだ。

 場慣れした盗賊だろう。ならば遠慮はいらない。旅人を狙った盗賊で、余罪も有り余っていそうだから、今後の街道の安全のためにも処分しよう。


 ラハら前衛が、襲撃者の前衛とぶつかる。予想していたことだが、その隙に前衛の左右から抜けていく敵。数が多いから3人で、全てが押さえられるわけがない。


 中衛であるミーラが弓で、右側面を抜けた犬亜人を狙撃した。一方、双剣のレオーネは左から抜けた狼人に突っ込み、その胴体を刺し、倒した。


 さらに抜けてくる敵に対して、後衛であるシーニィが杖から炎の弾を飛ばした。左から回り込もうとした亜人たちは、炎弾に一瞬驚き、距離を取る。魔法に対して免疫がないのか、ビビりまくっているようだった。


「ジュダ君! ごめんっ、そっちへ行った!」


 弓使いのミーラの声。彼女は自身に迫った狐人の戦士を短剣で阻止するが、その間にトカゲ亜人が、ジュダへと突進してくる。


 ――ザウラ人は硬いんだよな。


『シュッ――!』


 態勢を低くして前傾で突っ込んでくるザウラ人。手にしているのは片手斧。……ということは、ダッシュ、突進型ジャンプと共に斧を振り上げて――


 ジュダは相手より早く踏み込み、ブロードソードを渾身の力で振り抜いた。ザン、とトカゲ頭と斧を持つ右腕が飛んだ。


 トカゲ亜人の喉など内側は、背中などより薄い。しかも斧だから最短の動きで攻撃できる突きができない。振り上げ、パワーで斬るというスタイルになるから、軌道も読みやすい。


 まず一人。思い切りぶん回した分、ブロードソードの耐久性が下がっただろうから、ジュダは、よほどのことがなければ今回は使わないことに決める。

 学校の一部界隈では、『武器壊しのジュダ』などと言われていたりする。模擬戦を挑んできた相手の武器を破壊するのは趣味だが、一方で自分の武器もスロガーヴの力に耐えきれずよく壊していた。


 トカゲ亜人の手から片手斧を回収し、戦場を一瞥。左はレオーネとシーニィが押さえている。

 中央は――猪亜人がラハたち前衛の盾を突破するのが見えた。さすがに猪の突進は、人間では盾ごと吹き飛ばされるのがオチだ。あれは避けるしかない。


 そのまま馬車めがけて猪亜人が突っ込んでくる気配を読み取る。馬車をひっくり返されたら、ラウディが危ないから、当然ながら阻止させてもらう。


 ジュダは拾った片手斧を、力一杯放り投げた。回転する斧は、フェルス人の戦士、その額を割って突き刺さった。さすが頑丈な猪。人間だったなら頭が吹き飛び、後ろにいる者もやられていただろう。


 ズゥン、巨躯が地面に倒れる。直後、口笛が聞こえ、亜人たちは攻撃を諦めて方々に逃げた。


 さすがに数字的に不利になったと悟ったのだろう。逃げる亜人盗賊たちだが、ラハたちは追尾はせず、敵の遺体確認を始めた。襲撃者の正体を探ろうというのだろう。死体は喋らないが、多くの情報をもたらす。

 ジュダはさっさと馬車のもとに戻る。ラウディが顔を覗かせた。


「終わった、みたいだね。……大丈夫だった?」

「ええ、もちろん。特に怪我人もいないようです」


 ジュダは、黄金騎士たちを見れば、ラウディは唇を尖らせた。


「君のことだったんだけどね。まあ、いいか」

「俺が盗賊に後れを取るとでも?」

「盗賊なの?」


 馬車から見える亜人戦士の死体を見やり、ラウディは眉をひそめた。ジュダは頷く。


「少なくとも、亜人解放戦線ではないですよ」

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