第117話、護衛と共に王都から出発


 日が変わる頃、ラウディ王子のご一行は、王都エイレンを離れた。王国南部にあるという王の直轄地、王族の別荘に向けて。


 人目を忍んでの王都からの離脱。その護衛は、ジュダやメイア以外は、ラウディの真の性別を知っている黄金の騎士が六名。


 ――何故、男は俺だけなんだ……?


 ジュダは思う。

 ラウディの別荘行きの護衛が、全員、女性騎士だった。ヴァーレンラント王は、王子の性別を知る者に敢えて女性ばかりを選んだのではないか、と思う。


 こういう性別の偏りを見ると、王子が女好きで、自分の周りを護衛を女で固めているという風にも見える。真の性別を隠すには、そういう見方をされるほうがいいのかもしれないが。


「……ジュダ? どうした?」

「いいえ」


 顔に出したつもりはないが、ラウディに聞かれたので首を横に振っておく。……まるで王子様のハーレムみたいだ、と言ったら、周りも怒るだろうか。


 ジュダは馬車の周りを護衛する彼女たちを見やる。

 黄金の鎧をまとう彼女たちは、一応お忍び旅ということもあって外套がいとうを鎧の上から着込み、一見すれば黄金騎士には見えないようにはなっている。……近くから見れば、見えてしまうが。


 黄金騎士六名のうち、護衛隊長を務めるのはラハ。長い黒髪に、褐色の肌の持ち主で美人ではあるが、冷静沈着そうな顔立ちをしている。一見すると寡黙そうな印象だ。……が、話してみると、案外そうでもなかった。


「――君がジュダ・シェード君か。ジャクリーンから、君の話は聞いていたよ」

「教官をご存じなのですか?」

「あれは私と同期でね。よく一緒に剣を振るったものだ」


 ラハは、ジャクリーン・フォレス元教官と学生時代からの知り合いだという。なるほど、黄金騎士になるような人物だけあって、腕前は相当なものだろう。


「……それは災難でしたね」

「ん?」

「彼女、中々やめないでしょう? 一度剣を握ると」

「そうだな」


 ラハは静かに笑った。


「ジャクリーンのお気に入りなのだろう。期待している」

「どうも」


 ラウディの騎士になっても、黄金騎士にはならないぞ、とジュダは心の中で呟いた。スロガーヴは黄金が嫌いである。


 副長を務めるのはガリナ。隊の中でもっとも長身。素朴な感じで、おそらく最年長だろう。隊員を注意する時は、だいたいこの人なところから見て生真面目なのだろう。


「君も殿下のことは聞いているな? すでに耳にたこができるほど聞いているだろうが、くれぐれも秘密は守れよ」

「もちろんです」


 わかりきったことではあるが、それでも言うのが、ガリナという人間なのだろう。

 隊員たちの自己紹介の後、年上だか、うら若い乙女である黄金騎士たちにジュダは、興味本位に取り囲まれた。


「へえ、この子が殿下のお気に入りか」


 銀髪のグレースが、しげしげと見れば、カールした金髪の持ち主であるレオーネは疑うような目を向ける。


「王族を救った若き英雄らしいけれど……冴えないわね」

「でも、強いらしいですよ」


 赤毛の童顔女性はミーラ。ちょっと生意気そうで、軽そうな印象だ。


「それに、それを言ったらラウディ様のご機嫌が悪くなるんじゃないですか? 王族の見立てに否定的なのは、よくないと思いますよぉ」

「それはそれ、これはこれよ」


 レオーネはそっぽを向けば、ミーラは舌を出した。


「……」


 最年少、茶色い髪に無表情なシーニィは、特にコメントがなかった。初見のジュダに対してどういう感情を抱いたのか、まるでわからない。もしかして興味がないのか、とさえ思えるほど反応がなかった。


 グレースとミーラは値踏み、レオーネは警戒感を剥き出し、副長のガリナもどちらかと言えば否定的。好意的なのはラハ隊長だけだが、むしろこちらの方が珍しい。ジャクリーン元教官の同期として、彼女からよい印象をもっていたからであり、普通は他の隊員のように、得体の知れない騎士生を訝しむ。――それもラウディの性別を知っている、という点でも。


 ラウディ専属の護衛でありメイドであるメイアも、ジュダにはそっけないが、他の隊員たちに比べたらまだ好意的であろう。

 なお、旅には、ジュダ、ラウディ、メイア、黄金騎士六名の他、エクートのトニも同行している。



  ・  ・  ・



 南部への旅は、天候にも恵まれ、順調であった。黄金騎士たちは、行軍もお手のもので、ジュダが何かするでもなく、トントンと道中が進んでいった。


 黄金騎士たちは外。ジュダとメイアは馬車の中で、ラウディと一緒にいる時間が多かったが、時々、馬車を操る御者の交代で外に出たりした。

 御者だったり、警戒役の交代で外にいると、黄金騎士らから声を掛けられることも少なくない。


 ラハ隊長は、ジャクリーンという共通の知り合いがいるおかげか、ジュダとも好意的な話をした。しかし、当人がいない欠席裁判じみたやりとりは、いかがなものかと、思ったりもする。

 その辺りは、よくある雑談なのだが、困ったのは、グレースとミーラの時。


「ジュダ君は、ラウディ殿下とどこまで関係が進んでいるのかな?」

「関係、とは?」

「いやあ、君も知ってるでしょう? ラウディ殿下の秘密は。……そんな中で男を選んだって……ねえ」


 いわゆる恋愛的な男女の仲。こういうところは、学生も大人も変わらないのだなとジュダは感じた。


「俺からは言えませんよ。……どう思っているかは、殿下からお聞きください」

「わかってないなぁ、ジュダ君」


 ミーラは笑みを貼りつける。


「そんなこと、恐れ多くて殿下に聞けるわけないでしょ」


 それはそうなのだが、だったら――ジュダは口元を緩ませた。


「では、俺からも言えないことくらいは、想像がつきますよね? いや、残念です。俺も話ができませんから」

「君って、意地が悪いって言われない?」

「よく言われます」


 特に、ラウディからは。

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