第116話、ラウディの気持ち、ジュダの考え


 王子殿下の事情が優先される。ラウディが王都エイレンを離れ、その護衛の一員としてジュダも同行する。


 そんなわけだから、ルーベルケレス家のサファリナとジュダの婚約話としては、話だけ聞いて保留。また王都に戻ってきてから、ということで、この場は決着した。


「――それでは、名残惜しいですが」


 ラウディが、ガリスト・ルーベルケレス侯爵に挨拶すれば、侯爵家当主も礼で答えた。


「この次は、ごゆるりと滞在できる時にまたお越しください。いつでも歓迎いたします、殿下」


 そしてガリストは、ジュダに視線を移した。


「前向きに考えてくれることを期待する、ジュダ・シェード君」


 ジュダは頷きで応え、そして侯爵邸を後にした。


 帰りの馬車に乗って、騎士学校へ帰る。結局、ジュダは、サファリナと話す機会なかった。お見送りの場にいたのだが、婚約する当人同士が一言もなしとはどうなのだろう、とジュダは思った。


「それで、ジュダ」


 馬車の中で向き合いながら、ラウディは切り出した。


「婚約の件、どうするつもり?」

「その話は保留にしましたよね?」


 侯爵にはそう言った。それが許されるだけ、対等に話し合おうという態度であり、ジュダ個人としては、ガリストに多少の好感を抱いた。


「考えてるんだ」

「そりゃあ、考えますよ」

「断らないんだ」


 ラウディは、どこか突き放すように言いながら視線を逸らした。拗ねているのか、とジュダは思った。賢い彼女とて、貴族の話を気分で断れないくらいわかっているはずだ。それでも、断ってほしかったというのが、ラウディの乙女心というものだろう。


「断ってほしかったですか?」

「わかっているくせに……」

「本音と建前ってやつは、ややこしいもので、時々何が正解かわからなくなることもあります」


 何となく察したつもりでも、それが正しいかどうかはわからない。はっきり言ってくれないと、すれ違い、勘違いなどが起きて面倒になる。わかったつもり、というのが、実は一番危ない。


「断ってほしかったですか?」


 ジュダは繰り返した。ラウディはその場でノビをするように体を動かした。


「本音を言えば、そう! 断ってほしい」

「それで済むなら、話は簡単なんですが」

「……そうだね」


 ラウディは同意した。やはり、ルーベルケレス侯爵家のお話を断るには、先方を納得させるだけの理由が必要になるのを、彼女も理解しているのだ。


「受けるメリットもあるんですよ」


 ジュダは淡々と言った。


「俺が身を固めることで、周囲の雑音が収まります。今回のような婚約話、ルーベルケレス侯爵家が先鞭をつけたことで、これから似たような話があると予想されます」


 不本意ではあるが、ジュダは王族を守った英雄という、将来有望な騎士と見られている。ラウディの騎士になるということで、就職先の勧誘はなくなるが、妻となるべき女性を送り、自陣営に加えようとする貴族も出てくるだろう。


「騎士学校のトイレ事件ではありませんが、俺の周りが騒がしいと、あなたの警護にも支障が出ます。俺に近づくせいで、間違ってラウディの秘密に触れてしまうような事故は避けなくてはいけない」

「私のため……?」

「そうですよ」


 ジュダはさらりと言ってのけた。


「あなたを守るためにも、余計な面倒はないほうがいい」


 サファリナと婚約した場合、彼女の家は上級貴族である侯爵家。そこと結びつきを得たならば、下級貴族は手を出すのが難しくなる。侯爵家のお怒りを買うことになるからだ。


「後は、俺が女性とお付き合いすることで、ラウディの男色疑惑がなくなるかも……」

「え……?」

「お気づきになられていない?」


 ジュダは冗談めかした。


「あなたが俺に対してメスの顔をされるので、一部でそのような噂があったりなかったり……」

「そ、そんな噂が……って、どっちなんだ? あるのか、ないのか」

「さあ、表立って噂はないですが、裏ではそうなっているかも。気をつけてくださいよ」


 ラウディは顔を赤らめて、そっぽを向いている。自覚があるのか、あるいは思い出して恥ずかしくなったのか。……そういえばイベリエ姫騒動の時も、そんな男色云々という話をした記憶があるジュダとである。


「め、メスの顔って何だ……」

「鏡あります? 今のご自分の顔を見ればわかると思いますよ」

「意地の悪い男だ。本当に、君をいう奴は」

「もうちょっと拗ねた感じでお願いします」

「からかうな」


 からかいたくもなるジュダである。今後の身の振り方にも影響する話し合いの後なのだ。気を抜きたいところである。


「それはともかく、男は、何かと理由を作るよな」

「何です、ラウディ?」


 いきなり真面目ぶって。ラウディは眉をひそめた。


「わかってる? 君がサファリナと婚約したら、私と付き合うのは世間では浮気ということになるんだよ?」


 どっちが先だろうが、浮気は罰せられる。罪である。相手がラウディというだけで、王族を巻き込むスキャンダルに発展は確実であり、そこから性別問題に飛び火する恐れだってある。諸刃の剣なのだ。


「それです。婚約話を受けた場合のデメリットがそれです」

「サファリナは君に好意を抱いている。それってつまり、彼女を裏切ることにもなる」


 正義感が強いラウディは、その辺りが気にかかるようだった。昔のジュダならば、目的のためなら、相手の気持ちなどどうでもいいと思っていた。だがある程度知っている仲となると、やはり裏切っているという感情はよろしくない。


 かといって、婚約話を断った場合、有望騎士であるジュダを取り込みたい勢が、様々な勧誘に動くことになる。ルーベルケレス侯爵家との仲も悪化するだろう。貴族を敵に回すのはジュダ個人としては構わないのだが、それが王族――ラウディに迷惑がかかることに繋がるとなれば、軽々しい判断はできなかった。


「一番簡単なのは、真実をサファリナやルーベルケレス侯爵家に明かすことじゃないでしょうか」


 ジュダの発言に、ラウディは目を剥いた。


「それって、私の……」

「ええ、あなたの性別込みで、俺とあなたの関係を明かした上で、ルーベルケレス侯爵家の婚約を進める」

「ジュダ、それは――」

「ルーベルケレス侯爵家は王家の忠誠に篤い。あなたの性別問題を明かしたとして、敵に回るとも思えませんが」


 秘密にするのが後ろめたいのなら、真実を明かした上で、話を進める。この場合、偽装結婚ということになるのか。


 ――俺に好意を抱いているというサファリナには、いい話とは言えないが。


 少なくとも、当人たちの間で嘘をつく、隠すということはなくなる。偽装婚約なら、その時点で偽りではあるのだが、少なくとも当人たちは知っているなら、話も変わってくる。


「私は、そう簡単に割り切れないけれど……。ジュダは、それでいいの?」

「あなたのためならば。秘密を明かせないなら、それはそれで俺がサファリナを騙し続ければいいわけでしょう?」

「それはダメだ!」


 ラウディは強い口調になった。ジュダにだけ泥をかぶせるようなことは、ラウディの潔白な精神は許容できなかったのだ。


「……このことは、もう少し時間をかけよう。今すぐ決めるものでもないし」

「そうですね」


 ジュダは頷いた。

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