第115話、サファリナの気持ち


 ラウディは、客間でサファリナとお茶をして時間を潰していた。……潰していたというのは建前、本音はサファリナの考えを探ろうとしていた。


「――王都にいたんだね。学校にいなかったから、領地の方に帰ったと思っていたよ」

「ええ、最初はそのつもりだったのですけれど、お父様がこちらに来ておりまして、ここに」


 学校に歩いていけないことはないが、エイレン騎士学校は基本寮で生活するから、王都に屋敷があってもいちいち外出許可が必要だった。それが手間なので、王都屋敷の方にいたという。


「それで、ここにいたのは、やっぱり婚約話のせい?」

「はい……。そうなりますわ」


 すっとティーカップに視線を落とすサファリナ。彼女の穏やかなその表情は、ラウディは初めて見たかもしれない。


「今回の婚約話、君はどう思うんだい?」


 ラウディは尋ねた。騎士学校でのジュダとサファリナ。転入した時、二人は対立していると言っていいほど、関係はよろしくなかった。


 しかし騎士学校の創立記念祭の直後から、サファリナの態度が軟化した。何やら不仲そうなやりとりを散見したものの、日を重ねるごとに、段々言動が柔らかくなっていったとラウディは感じ取っていた。


 好意を抱いている。むしろ、恋人関係を狙っているのでは、と、イベリエ姫絡みの事件のあった辺りで思ったのだ。


「悪い話ではないと思います」


 サファリナは澄ました顔になる。


「満更知らない仲ではありませんし、ジュダ君はすでに英雄に片足を突っ込んでいらっしゃる。家にとっても、いい話ですわ」

「……」


 そういう話じゃないんだ――ラウディが聞きたいのは、家とか建前とかではなく、サファリナ自身がどう思っているのか、ということだった。


「最近、ジュダにアプローチをかけていたのも、家からの指示なのかな?」

「!? ア、アプローチって、わたくしはそんな……」


 急に赤面し出すサファリナ。家からの指示だったなら、こういう反応はないだろう。つまり、サファリナも気持ちに素直に動いた故の行動だったに違いない。

 ラウディの中で、微かにモヤっとした感覚がよぎった。


 ――わたしはジュダが好きだし、ジュダもわたしのことが好き。


 それをサファリナに突きつけたい衝動が込み上げる。出会いこそ彼女の方が長いだろうが、ジュダに好意を抱いたのは自分が先だとラウディは自負があった。

 だが、それを口に出すことはできない。王子の身であり、好きな相手を公言できないのだから。どれだけ彼を愛していようとも、それを表で見せてはいけない。


 言いたい。でも――


 ラウディは深呼吸して気分を落ち着ける。自分で真実を言えないくせに、この心のもやつきを吐き出すわけにはいかない。ただ感情をぶつけては、八つ当たりだ。サファリナも困るだろうし、そこからラウディの秘密に気づかれても困る。


「……君は、ジュダのことが好きなんだね?」

「そ、それはその、好きと言いますか。い、いえ。家の都合ですから、わたくしはそんなことは――」


 何故隠そうとするのだろう? 顔を真っ赤にして狼狽えるさまは、滑稽でもあり、同時に妬ましくもあった。


 ジュダのことを想って赤面したり――思い返してみれば、自分もそうだったのでは、とラウディは思った。だから浮かんだ妬ましさはすぐに引っ込み、羞恥が込みあげてくる。


 ――私も、ひょっとしてこうだった……?


 ジュダ本人から指摘されることが度々あったが、それがこれだったのでは、と自覚する。これは確かに危ない。


 口では違うと言いながら、態度で丸わかりという。これは普段も気をつけないといけない。人を見て、自分を見直すきっかけになった。


「サファリナ」

「は、はい……! な、何でしょうか!?」


 どうやら考えに夢中になり過ぎて、サファリナは我を忘れていたようだ。ラウディは構わず言った。


「ジュダは……君との婚約を受けるだろうか?」

「……」


 サファリナは俯いた。しばし視線が泳ぎ、やがて口を開いた。


「わかりませんわ。決めるのは、おそらくジュダ君でしょうし」

「……だよね」


 ラウディも思う。ルーベルケレス侯爵が、ジュダの後見人であるペルパジア大臣に話を通して打診したにも関わらず、本人を呼ぶということは、最終的にはジュダが決めることと解釈できる。


 そしてジュダは、相手が王族や貴族だからと流されることはない。どこか権力を嫌っているところがあるから、気にいらなければおそらく自分を押し通すだろう。


「仮に、ジュダが君との婚約を受けた場合だけど――」


 ラウディはじっと、サファリナを見た。


「彼は私の騎士だ。だから私の行くところには、彼がいなくてはいけない。つまり、妻である君との時間より、私といる時間の方が長くなると思う。それでも、君は平気かい?」


 王子殿下の騎士とはそういうものだ。

 ラウディの問いに、サファリナは背筋を伸ばした。


「はい、わたくしはルーベルケレス家の娘。王国とヴァーレンラントの血筋に忠誠を抱いています。ジュダ君がわたくしの夫となったとしても、我らが主であるラウディ様のために身を捧げることこそが、貴族の娘としての務めでございますわ」

「そうか……」


 それが本心からの覚悟ならばいいのだけれど――ラウディは思った。王族に対する忠義に厚いルーベルケレス家ではある。彼女もその血を色濃く受け継いでいるのは、王族としてありがたいことだ。


 事実、彼女がラウディにとってきた行動を振り返れば、嘘偽りはないのがわかる。一緒に死地に飛び込み、そして自分の身を犠牲にすることができる子だ。こういう人との付き合いは大事にしないといけない。


 同時に、胸の奥がチクリと傷む。ラウディは女であり、皆の知らないところで、ジュダとの関係をより強く、深く望んでいる。表向き公言できないからこそ、裏で逢瀬を重ねることは、言ってみれば不倫のようなもので、正式にサファリナがジュダと婚約した場合、彼女を裏切る行為になるのではないか?


 ――浅ましい。本当はわたしのほうが先なのに……。


 ジュダが断ってくれれば、一番簡単ではある。そうすればサファリナを裏切ることもなくなる。


 しかし、サファリナもジュダにはほのかな恋心を寄せている。家のための婚約話も、彼女は乗り気だ。そこで断られたら、彼女もショックを受けるだろう。以後の友人関係もギクシャクしたものになる。


 もちろん、裏切らずに済むなら、それが一番だとはわかるのだけれど。

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