第114話、ルーベルケレス家と面談


 ルーベルケレス侯爵が頭を下げた。これにはジュダは面食らう。まさか、生まれのわからぬ若造に、上級貴族が頭を下げるなど想像だにしていなかったから。


「いえ、私の手の届く範囲での出来事でしたから……」

「君のおかげで、我が娘を失わずに済んだ。侯爵家としても、君には礼を尽くさねばなるまい」


 ガリスト・ルーベルケレスは席についた。彼の隣にいるルネード・ルーベルケレスが口を開いた。


「私たち兄妹にとっても、あの子は特別だからね。兄として、私からも礼を言う。ジュダ・シェード君」

「恐縮です」

「正直、あれのクラスメイトという以外にも、君には特別な縁を感じているのだ」


 ガリストは真顔で告げた。


「君がいなければ、あれも命はなかった。数度も助けられたとあれば、もうこれは運命と言ってもよい」

「……」

「あれも、君への好意を抱いているようだ。ぜひにあれを貰ってやってはくれないか、ジュダ・シェード君」


 書簡にあった本題、つまるところの婚約話である。この様子だと、ご家族はこの婚約に反対の者はいない。

 時間があまりないからなのか、実に単刀直入だった。もっと回りくどい話やら何やらの後で切り出されると思っていたジュダである。


「私に聞いてくださるのですね……」


 ジュダは頭の中の整理も兼ねて、用意されていたお茶に手を伸ばした。


「どういうことかな、ジュダ・シェード君?」

「いえ、貴族のこの手の婚約話というのは、親同士で決まるものだと思っていたので」


 わざわざ、当人に確認や許可をとらないと思っていた。それは偏見かもしれないが、貴族令嬢たちの婚約や相手探しなど、家の都合が全て関係していると知っている。

 中には恋愛もあるが、当人たちと家の都合が合致しないことが多いから、そちらではあまりよい話は聞かない。


「最初は、ペルパジア殿に話を持っていったのだがね」


 そこでガリスト・ルーベルケレスは皮肉げに口元を緩めた。


「君については、直接会って話し合った方がいいと言われてね。……何でも君は、貴族嫌いだそうじゃないか?」

「――!」


 これは、その貴族であるルーベルケレス侯爵の前で言ってしまっていいことだろうか。ジュダは表情にこそ出さないが迷った。

 相手は上級貴族であるわけで、軽はずみなことを言って機嫌を損ねるのはよろしくない。闇討ち対象ならば適当にあしらってもいいが、そうでもないなら、下手に一族を敵に回すと面倒なことになるのだ。貴族というは権力を用いて、嫌がらせに関しては手段を選ばないからたちが悪いのだ。


 とはいえ、ここで猫を被ってもしょうがないという気もある。ラウディの後ろ盾があるから、というわけではないが、素を出してしまってもよいのかもしれないとも思う。


 貴族嫌いであるというジュダの悪い面を、あからさまに公言したのは侯爵である。娘と婚約を進めようとしている彼が、それを承知の上で言っているのだから、かえって取り繕う方がよくない気がしてくる。


「貴族嫌いな面はあります」


 ジュダは正直に認めた。


「なにぶん、騎士学校では、貴族生から散々因縁をつけられましたから」

「一時期話題になっていたね」


 ルネードは楽しそうな顔になった。


「騎士学校で傍若無人に振る舞う騎士生がいる。君が入学してから、すでに一部では有名人だったからね」

「そうなんですか?」

「サファリナが、とても怒っていた。我が弟が彼女にあげた剣をへし折られたと、まああの時は大騒ぎだったよ」

「あぁ、そんなこともありましたね」


 無礼だからと突っかかられて、模擬戦を挑まれた。そこでサファリナ愛用の剣をへし折った。ジュダも覚えている。あれで蛇蝎の如く嫌われた。


「当時は、まさかこんなことになるとは思っていなかったんだがね。不思議なものだ」

「そうですね」


 一族から恨みを買っただろう事件が過去にあって、その2年後に、その男が娘の命を何度も救い、こうして婚約の話となる。確かに想像できないだろう。


「一族の方々からは、どこの生まれもわからぬ若造と、サファリナ嬢と婚約するという話に反対された方はいなかったのですか?」

「初手の反応は、反対もあったよ」


 ルネードは答えた。


「ただ、妹の恩人という点を強調したら、受け入れてくれたよ」


 ――このお兄さんは、賛成派だったんだな。


 反対派を説得したという口ぶりである。反対したのは、ここにはいない弟――おそらくサファリナのもう一人いるらしい兄だったかもしれない。妹に剣をあげたお兄さんか。


「話は変わりますが、婚約した場合、私はルーベルケレス家とはどういう関係になりますか?」

「私たちは義理の兄弟ということになるね」


 ルネードは言ったが、ジュダが聞きたいのはそれではない。ガリスト・ルーベルケレスは言った。


「君の好きなように決めていい。シェード家にサファリナを嫁がせてもいいし、君が望むなら婿養子として受け入れよう」


 そう、それが聞きたかった――ジュダは頷いた。


「なるほど」

「ただ、後者の場合でも、侯爵家を継ぐことはないだろうがね」


 ガリストは、隣を見た。


「我が家には男子が三人いるからな」


 後継者は充分にいるから、ルーベルケレス家に組み込む必要もなく、シェードのままでもいいと言うことだ――ジュダは納得した。

 あくまで将来有望と見られる若者を、ルーベルケレス家の近しい位置に引き入れるための婚約ということが、はっきりした。


 ――となると、返答が難しくなるな、これは。


 ラウディの騎士であること、王子殿下のそばにいること。それがサファリナとの婚約を進めても両立できてしまうから。婚約したらラウディの騎士としての仕事ができません、というのなら、わかりやすくお断りもできた。そのためなら、ラウディも口添えできるだろう。


 が、別にシェード家としてサファリナと結婚したとしても、王子殿下の騎士という役目の阻害要素にはならない。王族の騎士は独身でなければいけない、というルールがあったなら断るのも簡単だったのだが。


「考える時間はいただけるのですか?」

「もちろんだ」


 ガリスト・ルーベルケレスは頷いた。


「君にとって今は、将来をどうするか決める大事な時間であるのは承知している。だからこそ、将来の伴侶候補として娘を紹介したまでのこと。君が王家に対して篤い忠誠心を持っているのは知っている。それは我が家の家風とも合致する。……悪い話ではないと思うがね」

「ジュダ・シェード君」


 ルネードは言った。


「君から見て、サファリナはどう思う? 何か不足はあるかね?」

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