第113話、侯爵邸、訪問
ラウディ・ヴァーレンラント王子が休養ということで、王都エイレンを出る。王の別荘がある南へ……行く前に、ジュダは王都にあるルーベルケレス侯爵家の王都屋敷へと行く。
これは完全に私用である。ルーベルケレス侯爵家ご令嬢との婚約話、それについて話し合いがしたいという侯爵家からのお達しに応えるためである。
さすがに、ルーベルケレス侯爵家も、ジュダも学業があるから領地に呼びつけたりはしなかった。
その娘であるサファリナは、騎士学校では王国北東領付近の出身者で固められている雪狐寮の生徒である。つまり、王都から遠いのだ。
ラウディの目的地のほぼ反対方向にあるから、王都で会おうというのは、ジュダにとっても、頼まれてもいない訪問をかまそうとしているラウディにとってもありがたい話だった。
「いいんですか、一緒に来ても」
ジュダが確認すれば、ラウディは口元に笑みをたたえた。
「もう、先方にも通知しちゃったからね。いまさら行かないという選択肢はないよ」
そうなのだ。王子の来訪となれば、さすがに侯爵家とてそれなりの準備が必要になる。貴族社会にも礼儀はある。だが当日に王子の電撃訪問は、通知しただけマシとはいえ、あまりよろしいものではない。
「私に黙って、ジュダに手を出そうとした罰だ」
――表向きは、俺はフリーなんだけどな。
ラウディと親密な関係というのは、ジュダと彼女の間だけの秘密のようなものだから、周りが知らないのも仕方がない。
なので、ラウディの言い分は酷でもあるのだが、ただ、好きという感情を募らせ、想いを告げた彼女には、それを言う資格はあった。
王都には領地が遠方の貴族たちの屋敷があって、ルーベルケレス侯爵家の屋敷もある。さすが上級貴族の侯爵邸ともなると、外観も立派であり、見るものを威圧する。
もっとも、ジュダ個人としては、亜人差別主義者の貴族狩りにこの手の貴族屋敷に何度も踏み込んでいるから、妙な気分になる。いつもは寝静まった真夜中あたりに忍び込むからだろう。
「ようこそ、ラウディ殿下」
王子殿下のご来訪ということで、さすがに侯爵家の人間と屋敷で働く面々が整列して待ち受けていた。……ジュダが訪れるだけのはずだったのに、主役がすっかりラウディになっている。
ジュダは王子歓迎の人の中に、サファリナがいるのを見逃さなかった。婚約話を持ちかけられたから、ある程度想像はついていたが、領地から王都にしっかり戻ってきていたらしい。学校に来ていなかったから、何かあったのではと不安もあったが、元気そうな姿を見て、ひとまず安心しておく。
「ルーベルケレス侯爵、出迎えご苦労様です」
ラウディが、ルーベルケレス侯爵――白髪の年配の男に会釈した。
「急な来訪をお許しいただきたい」
「まさに、急でございましたな。この老骨には少々堪えます」
かすかに皮肉を滲ませるルーベルケレス侯爵。しかし嫌味ではなく、わずかに戸惑いのほうが大きかった。相応の年齢だが、背筋も伸びていてまだまだ剣を振るえそうな体をしている。
「不躾ながら、今日はどのような用件で来られたのでしょうか、殿下」
「私の用ではないのです。彼の――」
ラウディの視線がジュダへと向いたので、ジュダも侯爵に一礼する。
「私の騎士であるジュダ・シェードとこれから王都を出る用事があるのです。それで、しばらく戻ってこられないと思うので、その前に彼の用件を済ませておこうということになったんです。……ジュダ・シェード君に用件があるとか」
「……」
ルーベルケレス侯爵は考えたのか少し間があったが、すぐに頷いた。
「わざわざ我が家の用件のために、お時間を割かせることになってしまい、殿下にお詫び申し上げねばなりませんな」
「私も急に王都を離れることになりましたから。……侯爵が王都にいらっしゃるうちにお話してくるようにと、私が彼に言ったのです」
「ひょっとして、王都を離れるのはすぐだったり?」
「はい。明日の朝には王都にはいない予定です。急ではあるのですが、侯爵には申し訳ないと思い、そのお詫びもかねてご挨拶に参ったのです」
ラウディは丁寧に言ったが、要するにジュダと長々と話し合うのは許さないよ、と暗にプレッシャーをかけている。
夜も遅いから泊まっていきなさい、からの、色仕掛けなどでの既成事実の阻止が狙いというところだ。
「では、あまり引き留めるのもよろしくありませんな」
ルーベルケレス侯爵は言った。ラウディが牽制している理由を知っているかは別にしても、時間があまりないというニュアンスは充分伝わった。
「ジュダ・シェード君にするつもりの案件について、王子殿下はご存じでしょうか?」
「……家同士のことは、当人同士で決めることですから」
ラウディは躊躇いがちに言った。知ってるが口出しは自重する、と解釈できる。ルーベルケレス侯爵にすれば、どうして王家が口出しするのか首をかしげるところだろうが、ひとまず当人同士での話には参加しないと受け取った。
「では、殿下。ジュダ・シェード君をお借りします。――サファリナ、王子殿下をご案内せよ」
「はい、お父様」
サファリナが一歩出て、恭しく頭を下げた。親子だと言うのに、人前だと他人行儀に移る。
・ ・ ・
「さて、ジュダ・シェード君。改めて名乗ろう。ガリスト・ルーベルケレス侯爵だ。……サファリナの父である」
侯爵屋敷の応接室にて、ガリスト・ルーベルケレスは言った。机を挟んで応接用ソファーを椅子に向かい合う。
「ジュダ・シェードです。この度はお招きに従い、参上致しました」
「よく来てくれた。……まあ、座ってくれ」
「失礼します」
まず侯爵が座り、彼の連れ――おそらく親族の男性が座ってから、ジュダも着席した。――侯爵の隣は、サファリナと同じ緑髪で、おそらく兄だろう。
「こちらは、ルネード。サファリナの兄だ」
「よろしく、ジュダ・シェード君」
「はい」
予想通り、サファリナの兄だった。半分イベリエ人の血が入っている一族らしく、兄も中々の美形である。
ガリスト・ルーベルケレスは、じっとジュダを見つめた。
「なるほど、君は只者ではないな」
「どういう意味でしょうか?」
「うむ、君のその立ち振る舞いだ。君の生まれは貴族ではないと、ペルパジア大臣から聞いていたが、だが平民とは思えんな」
侯爵と話す中で、どこかで出てくると思っていた『平民』というワード。ジュダはさらりと答える。
「大臣の教育の賜物でしょう」
「だろうな」
ルーベルケレス侯爵は淡々と言った。
「ただの平民の騎士生が、侯爵を前に堂々と振る舞えるだろうか? 貴族の子だろうと、私を前にすれば、緊張を隠せないものだ。そんな私と相対して、君は畏縮する様子は微塵もない」
「普段から王子殿下のおそばにいますから」
偉い人と向き合うのは慣れています、と言葉には出さずとも、意味は伝わった。ルネード・ルーベルケレスがクスリと笑った。ガリストは首肯した。
「それで、時間もあまりないから本題といこう。……だがその前に」
ガリスト・ルーベルケレスは立ち上がった。
「我が娘、サファリナの命を何度も救ったことに礼を言わせてもらう。ありがとう」
ルーベルケレス侯爵は深々と頭を下げた。
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