第112話、ルーベルケレス侯爵家の評判


 リーレ・ミッテリィについて探っている者たちがいる。


 ガット人の情報屋であるルーゴは、そうジュダに忠告した。一体何者が、という問いには、ルーゴは首を横に振った。


「何せ、怪しい連中が町の住人に聞き込みをしているところを、耳を澄ませていた亜人が聞き取っただけだからな。詳しいことはわからねえ」


 いわゆる他人の会話に聞き耳を立てていたら入ってきた情報というものだ。直接問われたわけではないから、聞いていた亜人が質問したりする機会はないということだ。


「俺も、彼女については知らないことばかりだ」


 クラスメイトであるが、家族構成や過去を聞くようなことはなかった。これはジュダ自身が、友人でもその背後情報に関心が薄かっただけからでもある。

 しかしよくよく考えれば、いやに実戦慣れしていて、魔法のレベルも高く、騎士生でありながら、正直そこらの騎士より強いのでは、とジュダは彼女を評価していた。


「探っている奴がいるっていうのは、穏やかじゃないな」


 ジュダは視線をルーゴに向ける。


「危なくない範囲で、リーレの情報洗えるか?」

「まあ、こっちはそれが仕事なところもあるからな。依頼ってんならやるだけだが……。ヤバそう?」

「そりゃあ、騎士生を探る奴がいるって、相当なものだと思うが?」


 それが得体の知れない者たちとくれば、なおのことだ。彼女のこれまでを見ていると、ただ素行調査をしているだけ、とは思えない。実はさるところのご令嬢で、家に関係して壮絶な戦いがあったとか、普通ではない過去が出てきそうではある。


「どうかな、それを言ったら旦那のことを知りたがっている奴も少なくないぜ」


 ルーゴは皮肉った。ジュダも皮肉で返す。


「俺も有名人になったものだ」


 騎士学校絡みの事件で、王族の命を救った英雄などに祭り上げられた身である。英雄なんてまっぴらごめんだが、押しつけられたから面白くない。


「ちなみに、どんな奴が俺を知りたがっているんだ?」

「前々から言っているが、亜人解放戦線とか。人間の貴族の手の者が幾つか、探りを入れていたな。……全部じゃないし、噂レベルで裏はとれていないのもあるが、知りたいか?」

「頭の片隅に入れておく。ちなみに、俺が王都から出掛ける用件の前に、とある貴族様の呼び出しが一件あってね」

「ほぅ。それはそれは……。もしかしたら名前があるかもしれねえな。よし――」


 一度席を立ったルーゴが、奥に引っ込む。少しして彼は戻ってきた。メモに目を通すジュダ。


 ――ふうん、やっぱりあったか。


 ルーベルケレス侯爵家の文字。娘の婚約者候補――それが貴族でもなんでもない平民出となれば、下調べもするだろう。実際に会って話す時に、自分たちの持っていきやすい方向へ誘導しやすくなる。


 ――つまり、ただ有名な騎士生だから、と思いつきで俺を選んだわけではない、ということか。


 とはいえ、実際に会ったら雑な扱いをされるかもしれないが。あくまで素行調査であって、やはり平民だからとなめた態度を取られるかもしれない。

 そこまで考え、ふと会ってもいない人間によくそこまで悪い想像ができるものだと自嘲した。


「どうしたんだい、旦那?」

「いや、俺は悪い貴族しか見たことがないから、どうも悪く感じ取ってしまうものだと思ってね」


 亜人差別主義者の有力者となれば貴族も少なくなく、そういう者を処分してきたジュダである。自然と悪党ばかりなのでイメージも悪くなるが、騎士学校でも貴族生は、横柄で差別的な者も多いから、やはりイメージの悪さを補強するのだ。


「で、リストを見て、何かピンときたものはあるかい、旦那」

「どこかで聞いた名前がちらほらあるが――やっぱりこのルーベルケレス侯爵家だな。俺が行くのは、そこなんだ。この家のこと、知ってるかい?」

「ルーベルケレス家ねぇ……」


 複雑な表情を浮かべるルーゴ。


「何とも評価が難しいところだなぁ。人間にとっては、そう悪くはねえ。侯爵家が厳格で、不正とかあんま聞かない。だが亜人にとっては――」

「よろしくない?」

「差別はあるし、よい場所かと言われると疑問だな。ただこれについては、どこを基準に置くかで評価が変わるんだ。よくはない、が、悪いとされるところと比べると、まだマシってところだな。亜人として引っ越し先を探すなら、ルーベルケレス領はおすすめに上がる」

「ふうん……」


 ジュダは、サファリナの言動を思い返してみて、何となく理解した。よくはないが、しかしそこがおすすめに上がるほど、他での差別は酷いという裏返しでもある。


「プライベートな話だけど、いいか?」

「おういいぞ。何だい、旦那」

「このルーベルケレス家の娘と俺で婚約話がある」

「ひぇっ!? そりゃ……おったまげた。本当かよ、旦那!?」


 大げさなほど、ルーゴは驚いた。その反応はジュダの予想外だった。


「嘘を言ってどうなる。俺がルーベルケレス家を訪ねるのもそれが理由だ」

「貴族の娘との婚約!? 旦那が?」

「受けるとも決まってないけどね。先方から会いたいってさ」


 そこまで大きな反応されると調子が狂う。普段の自分を振り返れば、亜人のルーゴが正気を疑ってくるのもわからないでもない。


「旦那、貴族になるのか?」

「受ければ、そうなるのかな」

「侯爵家を継ぐの?」

「いや、侯爵家の娘が嫁ぐわけだから、俺は適当な爵位をもらって、ルーベルケレス家とは別の貴族になるってことじゃないかな」


 ただ、侯爵家の親類ということで、ルーベルケレス家の派閥に組み込まれるだろう。

 その働きは、いざ戦などがあった時、英雄と言われるジュダの武勲を大いに期待するというところか。ルーベルケレス派閥の武闘派、というところを所望しているのだと思う。


 ジュダ本人からすれば迷惑な話だが、王族を救った将来有望な騎士生を自陣営に取り込みたいという上位貴族の思惑というやつだ。

 そのために侯爵家本家の娘を差し出してきた、というのが、今回の話なのだろうとジュダは理解していた。


「受けるか受けないかで言えば、後者寄りではある」

「ほう……?」

「決めかねているというか、これを上手く利用できないかとも考えていたりする」


 特にラウディの騎士を務めるはいいが、表向き独身を貫いていると、余計なちょっかいや色仕掛けの的にされかねない。王子であるラウディでさえそうなのだから、同じような問題に悩まされるのは御免蒙る。


 偽装結婚。しかしこれには、サファリナに対してどう扱うか、という非常に重い話もついてくる。

 妻に何も知らせず、欺き、ラウディへの関わりを続けるのか。気持ちについて告白し、あくまで形だけの結婚だと、サファリナに理解させるた上で夫婦を演じるか。――酷いやつだな、これは。


「ルーベルケレス領や侯爵家について、嫌う理由ができればね。そこまで悩むこともないんだけど」


 その時は、ばっさり断れるから。何か言ってきても、ラウディを山車に突っぱねる。王族への忠誠云々。騎士の誓いを出せば、厳格なルーベルケレス侯爵家の受けも悪くはないだろう。


「ま、旦那がよければ侯爵家の娘ももらっちまっていいんじゃねえかね」


 ルーゴは気楽な調子で言った。


「旦那も奥さんも、何人いてもいいんだから」

「……」


 それは猫系亜人の考え方だ――ジュダは苦笑だけして、感想は言わなかった。


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次話より週1回更新ペースとなります(次話は、おそらく来週月曜)

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