第111話、遠征の前に


 ラウディが騎士学校を離れるという話は、生徒たちには事後報告となる。皆が知らないうちにさっさと出れば、王子の気を惹こうとするご令嬢方の面倒な接触も避けられるということだ。


 そしてジュダではあるが、教官陣に大臣からのお手紙を渡して簡単なご報告をした。クラス担当のイーレン・アシャット教官は、相も変わらず淡々とした調子で頷いた。


「了解した。……まあ、君ならしばらく講義を受けずとも成績自体に問題もないだろう」


 イーレンの兄が言ったなら皮肉だっただろうが、彼女はそういう悪意もなく、言葉通りと受け取ってもいいだろう。


「よい旅を」

「ありがとうございます」


 教官に挨拶を済ませた後、友人であるリーレと、コントロにだけは話をしておく。


「へぇ、王子様のお供ねぇ」


 リーレは皮肉げだった。


「上級騎士生殿は大変だねぇ。まあ、いってらっしゃい」

「ジュダ様、遠出するのであれば私もお供しますが……」


 コントロは進み出た。騎士生として復帰が認められ、今ではクラスメイトではあるが、彼はジュダの臣下のように振る舞っている。今の彼からすれば、学校よりもジュダが優先対象なのだ。


「途中まではいいけど、結局、肝心の王族の別荘は、許可した者しか入らないからな……。どの道、待ってる時間も費用も勿体ないし、今は学業を優先してくれ」


 ――お前は、ラウディの性別のことを知らないからな。頼んでも許可は出ないだろうけど。


「わかりました」


 渋々ながら、コントロは頷いた。


 挨拶を済ませ、寮に戻る。出発は深夜ということで、それまでに旅の準備を整えておくことになっている。

 なお、王家の別荘に移動する前に、ジュダはルーベルケレス侯爵家の王都屋敷を訪問することになっていたが、これについては――


「私も、もちろんついて行くからな!」


 呼ばれてもないのに、ラウディは同行する気満々だった。これについてのジュダの答えは。


「いいですよ」


 二つ返事で了承した。ルーベルケレス侯爵家が強引な形でジュダとサファリナの婚約話を進めてきた場合の、牽制役にちょうどよいと思ったからだ。

 サフィリナは、以前はともかく、今では割と親しい関係にはあると思うが、婚約となると事情も変わってくる。


 貴族の結婚事情は大人が決めるものだから、本人の意思はあまり考慮されないものだ。そうなると、より上位の存在の威を借るのが得策であろう。……実際に役に立つかはわからないが。


 実際に連れて行くことになるトニも含めて、早々に準備を終えたジュダは、出発の時間まで余裕があるので、王都に出ることにした。

 王都エイレンの亜人街を行き、隠れ家――情報屋のルーゴ・ヴォルガを訪ねるのだった。



  ・  ・  ・



「よう、旦那。久しぶり」


 隻眼の猫系亜人ガット人の友人は、陽気だった。


「ご機嫌だね、ルーゴ」

「また子供ができてね」

「……本当の子供じゃないんだろう?」


 ガット人の男女の営みは、人間のそれとだいぶ異なる。男たちは皆が父親を自称し、皆で生活費や養育費を出し合う。本当の自分の子かもしれないし、同族の男の子かもしれない。色や毛並みが違おうが、公平に出すのだから、関係した男たちは律儀である。


「それが、目の色がおれと同じだったんだ!」

「……おめでとう、と行っておくよ、ルーゴ」


 目の色だけで真の親を自称できるのが、いいことなのか悪いことなのか。


 ――まあ、俺には関係ない話だ。


「それで、何か用かい?」

「しばらく王都を離れることになった。だから、今のうちに情報を仕入れておこうと思ってね」

「なるほどね。……いつ出発するんだい?」

「今夜」

「……随分と急だな。それだと、あまりいいネタはないかもしれないぜ」


 出発の日程まで余裕があれば、その分、確度の高い情報を仕入れられる可能性もあるが、ここまで急だと現時点で、真偽不明な情報も含まれてしまうかもしれないのだ。


「大ざっぱな情勢くらいで構わないよ。最近、王都だと亜人解放戦線の話をあまり聞かないし」

「まあ、王都をメインに活動していた連中は、騎士学校の創立記念祭の時に、ほぼやられちまったって話だからな。そりゃこの辺りじゃ動きも不活発になるさ」


 ルーゴは肩を揺すった。今のところ、王国内でも亜人解放戦線の攻撃はいくつか見られているものの、大きなものではなく、地方の小競り合いに終始しているという。


「連中のことだから、このまま大人しく自然消滅ってわけはねえだろうな。……亜人を差別し虐待する人間がいる限りは」

「また、近いうちに大きな攻勢に出るかもしれない」

「今は準備期間と見るのが正しいだろう」


 片方だけなくなればいい、というほど単純なものではない。だからこそ争いが起き、血の連鎖が続いていく。誰から始めた、誰が悪いというのは、すでにきっかけが何だったのかわからないまま、傷つけられたから自分が反撃するのは正しいと、双方が同じ思いを抱いて争っている。……皮肉なものである。


「あんたも気をつけなよ、旦那。王子様の専属騎士様」


 ルーゴは笑った。


「正直、意外でもあるんだ。まさかあんたが、あれほど嫌っていたヴァーレンラント王の息子の部下になるって」

「それだけ『いい奴』だったってことだよ」


 皮肉げにジュダが返せば、ルーゴは苦笑した。


「違ぇねえ。旦那から、王子様の過去を洗えって言われた時も、嫌いなところを知りたい、だもんな」

「自分でも思うが、変なことを頼んだよな、俺は」

「まあね。あんたのことを好きだっていう亜人も多いが、王族の騎士になったことにガッカリした奴らもいたし、人間と亜人が仲良くやっていけるという前例を作ろうって事なんだろうと解釈していた奴らもいたよ」

「……随分と好意的な見方をしてくれるんだな」

「言ったろ。皆、旦那のことを好きなんだよ。恩人でもあるし」


 その恩人効果が大きいとジュダは思う。照れくさくもあり、その感情をつい皮肉で潰したくなるのを堪え、ふと思い出したことを聞いてみる。


「話は変わるが、ウルペ人の話は聞いているか? 幻狐の話だ」

「あぁ、騎士学校を襲った事件な。旦那もいたんだろう、その時」


 あれだけ騒ぎになれば、彼の耳に届かないわけがなかった。ジュダは頷く。


「そ。だから、その後のことで何か進展があったかと思ってね」


 幻狐は、裏切り者ヘクサ・ヴァルゼの行方を追っている。が、その後の話はまるで聞こえてこないのだ。


「ウルペ人が裏切り者を探しているのは、今も続いているみたいだぜ。あの様子じゃ、まだ見つかってないんだろうよ」

「……そうか」


 あのウルペ人が、王国に反逆しようとする勢力の一味か、それに繋がっているから気掛かりでもある。亜人解放戦線をそそのかしても、驚きはしない。


「ああ、そういえば思い出したが、旦那の学校に、リーレっていう赤毛の娘がいるよな?」

「あぁ。……それがどうかしたか?」


 突然リーレの名前が出て驚いたが、ジュダは取り繕った。ルーゴは言った。


「何か得体の知れない連中が、そのリーレって娘のことを探っているみたいだ」

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